第20話:ゆみりんの家の晩ごはん(2)
フライパンに油を引く音がして、部屋の空気が少しずつ美味しそうな匂いに染まっていく。
「何か手伝うことあります?」
みみぃが早速キッチンに入り込んできた。
「トマト洗ってもらえますか」
「任せて!」
その横で、ゆみりんもアボカドを手に取る。
「私も何か……」
「じゃあ、それを切りましょうか。このくらいの大きさで大丈夫です」
鍋島が少し場所をあけると、二人は並んで立つ形になった。急に近くなった距離に、ゆみりんの手元が怪しくなる。
「ゆみりん、包丁持つ手、凝視しすぎ」
「見てない!」
みみぃの揶揄をかわしながら、必死に作業を進める。
鍋島はじゃがいもとベーコンを炒め、卵液を流し込んだ。半熟のオムレツが綺麗にまとまっていく。
「すごい……本当にお店みたい」
「いえ、これはまだ家庭料理ですよ」
「鍋島、盛る前から強いんだよね。家でもこういう感じだよ」
林田がリビングから口を挟むが、鍋島は「余計なこと言うな」と小さく肘で制す。その一挙一動が、ゆみりんには堪らなく魅力的に映った。
次に鍋島は、トマトとアボカドとクリームチーズをさっと和えた。
「え、かわいい! これ絶対写真映えするやつ!」
みみぃが声を上げる。さらに餃子の皮でベーコンとチーズを包んで焼き、最後に鶏もも肉を香草と塩で仕上げた。
料理がすべてテーブルに並んだ時には、部屋の空気はすっかりパーティーモードになっていた。
「すご……こんなになるなんて」
ゆみりんが素直に感動を口にすると、鍋島はいつものように言った。
「材料がよかったんですよ。あと、白い皿が多いのも助かりました」
「皿……ですか?」
「ええ。こういうのは皿でだいぶ変わりますから。ゆみりんさんの家、そこがちゃんとしてるなって思いました」
「え、そんな……」
何気ないその一言が、ゆみりんには「自分自身を見てもらえた」ようで、また顔が熱くなる。
「いただきます」の後は、とにかく賑やかだった。
「おいしい!」と叫ぶみみぃ。「全部好き」と無心で食べるふわっち。「俺のプロデュース力のおかげだな」と威張る林田。
ゆみりんは、誰かに食べてもらうために動いている時の鍋島を、何度も盗み見てしまう。ステージの上とは違う、柔らかくて落ち着いた手際。
(こういう人が、もし家にいたら……)
不意にそんな妄想がよぎり、胸の奥がぎゅっとなる。
「なべさーん、もう住んでほしいくらいなんだけど!」
みみぃが身を乗り出すと、鍋島はふっと微笑んだ。
「それは無理ですよ。料理くらいなら、また機会があれば作りますけど」
言い方は優しいけれど、引き方はきっぱりとしている。
ゆみりんは小さく目を伏せた。そういう人だからこそ、好きになったのだ。誰にでも優しいけれど、無責任な期待はさせない。線を引くべきところは、ちゃんと引く。
帰り際、玄関まで見送ったゆみりんは、少しだけ声を震わせて言った。
「今日は……本当に、ありがとうございました。また、来てくれたら嬉しいです」
「機会があれば、ぜひ」
その返事は曖昧なようでいて、温度があった。
扉が閉まった後も、ゆみりんはしばらくその場に立ち尽くしていた。
「……完全に、好きじゃん」
後ろからみみぃが声をかける。
「うるさい……」
小さく返したけれど、否定はできなかった。
今夜の料理の匂いも、柔らかな声も。そして「白い皿」を褒めてくれた一言も。全部が大切に胸に刻まれて、もう忘れられそうになかった。




