第19話 昨日の余韻と、余計な提案(2)
その日の収録現場は、都内のスタジオだった。
グルメ番組らしく、セットの一角には地方の名産品や出来たての料理が並べられ、食欲をそそる匂いが漂っている。出演者が座るひな壇には、芸人やタレントに混じって『虹色トランジスター☆』の三人もいた。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ゆみりんと鍋島が、互いにぺこりと頭を下げる。その横で、林田はすでに上機嫌だった。
「今日さ、俺ちょっとグルメ番組向きの顔してない? 食べ物映えする顔っていうか」
「どんな顔だよ」
鍋島の即座のツッコミに、スタッフからどっと笑いが漏れる。
収録が始まると、番組は想像以上に賑やかだった。
料理を食べるだけでなく、スタジオトークもテンポよく進む。MCが慣れた手つきで話を振ると、林田は待ってましたと言わんばかりに前に出た。
「林田さん、相方の鍋島さんって普段どんな方なんですか?」
そんな流れで質問が飛ぶと、林田はニヤリと笑った。
「鍋島、料理が趣味で、めちゃくちゃ腕いいんですよ。……実は今、ちょっと訳あって知り合いの家で居候してるんですけど、そこでは住まわせてもらう代わりに料理担当やってるんです」
スタジオが一気に沸いた。MCも面白そうに身を乗り出す。
「えっ、何それ。めちゃくちゃ生活感あるね!」
「でしょ? 鍋島、地味に家庭的なんですよ」
「お前、余計なことばっかり……」
鍋島が小声で釘を刺すが、もう遅い。
「じゃあ今はそこに住んでるの?」
「いや……」
鍋島は苦笑しながらマイクを取った。
「ちゃんと住むところは探してるんですけど。今はご厚意に甘えて、できることをやろうかな、という感じで……」
その何でもなさそうな答え方に、ゆみりんは少しだけ目を上げた。
料理ができて、誠実に役割を果たしている。そういう話を聞くだけで、彼への解像度が上がり、どうしようもなく惹かれてしまう。
(その「家の人」は……どんな人なんだろう)
聞く必要もないことまで考えて、ゆみりんの胸は小さくざわついた。
収録が終わり、出演者たちが楽屋へ戻っていく。
三日月ロケットの楽屋では、鍋島がペットボトルの水を飲みながら、林田を軽く睨んでいた。
「お前、さっきのは言いすぎだ」
「え、事実じゃん。番組的にはおいしかったでしょ?」
「それとこれとは別だ」
そこで楽屋のドアがノックされた。
「失礼しまーす!」
顔を出したのは、虹色トランジスター☆の三人だった。
「お疲れ様でした! いやあ、ちょっと気になっちゃって」
みみぃがニヤリと笑う。
「料理担当の話。……じゃあさ、住むとこ決まるまで、ゆみりんち行けばよくない?」
楽屋の空気が一瞬で凍りついた。
「え?」
鍋島が本気で聞き返す。
「家賃はゆみりん持ち! 鍋島さんは料理担当! めっちゃよくない?」
「ちょ、ちょっとみみぃ! 何言ってるの!」
ゆみりんが真っ赤になって叫ぶが、みみぃは止まらない。
「だって、ゆみりん。鍋島さんの料理、絶対食べたいでしょ?」
「それは……」
ゆみりんは言葉に詰まった。否定しきれない顔になってしまっているのが、一番の答えだった。
林田がそこでようやく、事の重大さに気づいたように目を丸くした。
「え、もしかして俺、余計なこと言った?」
「言ったよ」
鍋島が静かに、肘で相方を小突く。
鍋島は小さく息をつき、三人のアイドルの方を見た。
「いやいや、さすがにそれは。お気持ちだけで十分ですし、住むとかそういう話ではないですから」
できるだけ柔らかく、けれど明確に。みみぃは不満そうに頬を膨らませ、ゆみりんは俯いてしまう。
そこへ、ふわっちがぼんやりと言った。
「あ……ゆみりんが泣いちゃう」
「泣かない!」
必死に強がるゆみりんだが、声が上ずっている。鍋島は一瞬困った顔になった。きっぱり断るのは当然だが、このままでは彼女を真正面から傷つけてしまう。
「……じゃあ」
鍋島は少し考えてから言った。
「住むのは無理ですけど、一回だけ料理を作りに行く、ならできます」
「えっ!」
「ただし」
鍋島はすぐに釘を刺した。
「林田も一緒です」
「え、俺も?」
「責任取れってこと。余計なこと言ったのはお前なんだからな」
「そう来る?」「そう来るよ」
二人のやり取りを見て、みみぃが両手を合わせた。
「やったー!」
「よかった。ゆみりん、泣かなくて済む」
「だから泣かないってば!」
ゆみりんはまだ真っ赤な顔のままだったが、その瞳の奥にほんの少しだけ嬉しさが混ざっているのを、みみぃは見逃さなかった。
鍋島は、簡単に勘違いさせるようなことはしない。いざとなると、ちゃんと線を引く。けれど、その線さえも相手を傷つけない形に整えようとする。
(だから、余計に……)
ゆみりんは小さく息をつき、騒がしくなった楽屋の真ん中で疲れ果てた顔をしている鍋島を見つめた。
彼が引いた線の内側には、まだ入れていないけれど。それでも、約束された「次」に、胸の高鳴りを止められなかった。




