第18話:切れた灯りの下で(2)
ぱち、と小さな音がして、居間の照明が一瞬だけ明滅する。次の瞬間、部屋の灯りがふっと落ちた。
「うわ……」
「切れましたね」
鍋島の落ち着いた声が暗闇に響く。窓の外の街灯がわずかに入る程度で、部屋の中はだいぶ暗い。
「この家、本当に急に切れるんですよね……。予備の電球、押し入れの上にあったはずです」
「俺がやりますよ」
立ち上がった鍋島を、杏里は手で制した。
「大丈夫です。これくらい自分でできますから」
「そう言う人ほど危ないんですけど」
「何ですかそれ」
「経験則です。人生の」
「……ふわっとしてますね」
杏里は物置から脚立を引っ張り出してくると、暗がりの中で予備の電球を見つけ出し、慎重に脚立に乗った。古い家の照明カバーは少し固い。腕を伸ばし、指先を動かす。
「見えます?」
すぐ下から鍋島の声がする。
「大丈夫ですって」
古い電球を外し、新しいものを差し込む。そこまでは順調だった。けれど、最後にカバーを戻そうとした瞬間、脚立の足がわずかにきしんだ。ほんの少しだけ、重心が外側に傾く。
「……っ!」
足元の感覚がずれる。落ちる、と思った次の瞬間――。
「危ない!」
低い声と同時に、ぐらりと揺れた体が強い力で支えられた。鍋島の腕が腰に回り、そのまま抱きとめられる。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。驚くほど近くに鍋島の顔がある。暗闇の中で視線が重なり、杏里の呼吸が止まった。
「大丈夫ですか」
鍋島の声は、本気で心配している時のトーンだった。それが余計に、杏里の心臓をうるさいほど跳ねさせる。
「……だ、大丈夫、です」
「ケガは?」
「してない、です……」
支えられたまま答えると、鍋島がようやく小さく安堵の息を吐いた。
「よかった……」
その声があまりに優しすぎて、杏里はパニックになりそうになる。
「……あの、離してください」
「あ」
鍋島がやっと距離の近さに気づいたように目を瞬き、慌てて手を離した。
「すみません」
「いえ……」
居間に、気まずい沈黙が落ちる。
「……電球、俺が替えます」
「……お願いします」
さっきまでの強気はどこへやら、杏里は素直に場所を譲った。
数秒後、ぱっと灯りが戻る。急に明るくなった部屋で、杏里はますます顔が熱くなるのを感じた。
「さっき、間に合ってよかったです」
脚立を降りてきた鍋島が、少しだけ視線を逸らして言った。その時、こたつの下からハヤブサが顔を出した。杏里は逃げるようにしゃがみ込み、ハヤブサを抱き上げる。少しでも息を整えるためだ。
「……びっくりした」
「それはこっちのセリフですよ」
「鍋島さん、ああいう時だけ動き早いんですね」
「反射ですから」
「……重くなかったですか?」
「全然」
鍋島は即答したけれど、ほんの少しだけ彼の耳が赤い気がして、杏里はそれ以上何も言えなくなった。部屋の灯りは戻ったはずなのに、胸の奥だけが、まだ妙にざわついたままだった。




