第17話 月原家の肉食長男(2)
「お兄ちゃん」
「なに」
「今、完全にそっちモード入ってるでしょ」
「入ってるけど何」
「認めるんだ」
「だって分かりやすい方がいいだろ」
「よくないよ」
「いや、別にいいでしょ」
健人は杏里の方を見る。
「今度、ごはんでも行かない?」
「早い」
結衣が言う。
「ほんとに早い」
「早くないよ。ちゃんと一回ごはん行きたいって言ってるだけじゃん」
「その一回が早いの」
杏里はちょっと困ったように視線を落とした。
嫌とか怖いとか、そういうわけじゃない。
でも、こうやってストレートに来られると、どう返していいのか分からない。
「いや、その」
言葉を探しながら杏里が口を開く。
「急に言われても、ちょっとびっくりするので」
「そりゃそうか」
健人はそこで初めて少しだけ引いた。
でも引き方まで軽すぎず重すぎずで、妙に手慣れている。
「じゃあ今日は顔合わせだけにしとく。いきなり詰めるのも違うし」
「今日はって何」
結衣がすぐに言う。
「次ある前提やめて」
「いや、可能性くらい残したいだろ」
「保険屋みたいなこと言うな」
「保険屋なんだよ」
「そうだった」
そのやり取りが少しだけおかしくて、杏里はつい小さく笑ってしまった。
健人はその瞬間を見逃さなかったみたいに目を細める。
「今の笑った顔、かなりいい」
「ちょっと、お兄ちゃん」
「なに」
「ほんとそのへんにしな」
「はいはい」
言いながらも、全然懲りていない顔だった。
でも、その押しの強さのわりに嫌味がないのは、結衣の兄だからなのか、元々そういう人なのか。
杏里にはまだ分からなかった。
ただひとつ分かるのは、久しぶりに会ったはずの相手に、こんなにまっすぐ好意を向けられるのは、やっぱり少し落ち着かないということだった。
結衣はそんな杏里を横目で見て、ふっと息をつく。
「……まあ、でも」
「なに」
「杏里がほんとに嫌そうじゃないから、余計めんどくさい」
「嫌そうじゃないって何」
「だって、お兄ちゃんみたいなのほんとに無理だったら、もっと冷たく切るでしょ」
「そんなことないけど」
「あるよ。杏里、そういうとこはっきりしてるし」 結衣はコーヒーの氷を鳴らしながら言った。
「お兄ちゃんは、そういうとこちゃんと見てから調子乗って」
「乗ってないよ」
「乗ってる」
「ちょっとだけだろ」
「認めた」
健人は笑って、それから杏里に向き直った。
「じゃあ今日は、久しぶりに会えてうれしかったってことで切り上げとく」
「切り上げとく、って」
「言い方」
結衣が即座につっこむ。
「絶対また来るやつじゃん」
「いや、だってせっかく再会したんだし」
「そういうのを調子乗ってるって言うの」
「でも、また会えたら普通にうれしいけど」
健人が言う。
その声はさっきまでより少しだけ落ち着いていた。
杏里はグラスを持ち直して、小さく息を吐く。
「……それは、まあ」
「お」
結衣がすぐ反応する。
「ちょっと脈あるみたいな返ししないでよ」
「してないけど」
杏里がすぐに言い返す。
「じゃあ何」
「別に、久しぶりに会えて変な感じだっただけ」
「それ、俺にはだいぶ前向きな情報だな」
健人がさらっと言う。
「だからそういうとこだって!」
結衣が言うと、健人は肩をすくめた。
そのあとも会話は続いたけれど、最初ほどの勢いはなかった。
健人は押す時と引く時の加減をちゃんと分かっているらしく、あとはマチアプの愚痴をもう少しして、結衣に雑に切られて、杏里がたまに相槌を打つような流れになった。
気づけば、久しぶりの再会のはずなのに、ランチの時間はだいぶ賑やかに過ぎていた。
ただ、健人が店を出る前に杏里へ向けた視線だけは、最初よりずっとはっきりしていた。
結衣はそれに気づいて、また少しだけ深いため息をついていた。




