第16話:見えてしまう距離(1)
週末の大型ショッピングモールは、朝から人であふれかえっていた。
吹き抜けのイベントスペースには簡易ステージが組まれ、買い物客や走り回る子どもたちの声に混じって、リハーサルの音やスタッフの怒号が響いている。そのざわめきの中を、結衣はずんずんと進んでいく。
「だから言ったじゃん! 今日は絶対に来た方がいいって」
「来た方がいいの基準が、毎回結衣基準すぎるんだよ……」
杏里は少しだけ眉を寄せながら、その背中を追った。
「そもそも、休みの日にこの人混みに来る時点で、だいぶ自分を褒めてあげたいんだけど」
「そこは私がもっと褒めてあげる! 今日は三日月ロケットも虹トラも出るし、二ステあるし、かなりの神回なんだからね」
「はいはい」
温度差がひどい、と結衣が笑う。杏里は少し呆れつつも、ステージ前方で場所取りに余念がない親友の隣で、観覧しやすそうな位置に立った。
その頃、舞台袖では『虹色トランジスター☆』の三人が出番に向けて準備をしていた。
センターのゆみりんは、マイクを受け取りながら小さく息を整える。モールのような一般客が多い場は、通りすがりの人も足を止める。最初から自分たちを目当てに来ているファンばかりではない場所で空気をつかむのは、思っている以上に神経を使うものだ。
「ゆみりん、今日ちょっとガチガチだよ?」
みみぃが横から覗き込んできた。
「そんなことないよ」
「うそだー。朝から三回くらい水飲んでるじゃん」
「それは普通でしょ」
苦笑いして返したけれど、自分でも少し落ち着かないのは分かっていた。
視線が無意識に、少し離れた場所にいる『三日月ロケット』の二人へと向く。
相変わらずスマホを鏡代わりに前髪を気にする林田と、その隣で冷静にマイク位置を確認している鍋島。
(……あの日から、なんか変だ)
前回の共演以来、つい目で追ってしまう。声が聞こえるだけで、意識がそっちへ持っていかれる。けれど鍋島は、そんな乙女心にはまったく気づいていない顔で、いつも通り穏やかに立っていた。
一回目の歌ライブ。ゆみりんたちは、見事に会場の空気を掌握した。
けれどステージを降りて袖に戻る途中、衣装の肩飾りが何かに引っかかり、糸が緩んで垂れ下がってしまう。
「あ……」
「ゆみりん、大丈夫?」
みみぃが気づくが、次の動線を確認するスタッフも忙しそうだ。
そこへ、ちょうど鍋島が通りかかった。彼は一瞬で状況を見て、すぐに足を止める。
「大丈夫ですか。……こっち立ってください」
鍋島はそう言うと、ごく自然にゆみりんの前へ半歩だけ出た。客席側から見えにくい位置へ身体をずらして、スタッフが来るまでの視線をさりげなく遮る。
「すぐ直してもらえると思うので」
声も、態度も、いつも通り穏やかだった。大げさに心配するでもなく、ただ当然のように守ってくれる。
駆け寄ったスタッフが飾りを直す間、ゆみりんは少しだけ顔を上げた。
「……ありがとうございます」
「いえ。客席からはほとんど見えてなかったと思うので、大丈夫ですよ」
その言い方が、また妙に優しかった。
助けた、という顔を一切せず、ただ空気の流れの中で自然に支えて、終われば何事もなかったように離れていく。
「なにあれ。なべさん、だいぶ自然すぎない?」
みみぃが小声で囁き、ふわっちも「優しい人だね」とぼんやり頷く。
ゆみりんは平静を装ったけれど、胸の奥だけが少し、落ち着かなかった。




