第10話:嵐のあとの温度(2)
三日月ロケットのネタ見せは、今日もきれいにウケた。
林田が勢いよく前へ出れば、鍋島が少し遅れてずらす。その呼吸に、客席が何度も揺れる。屋外イベントらしい開けた空気の中でも、二人のテンポは確実に届いていた。
袖に戻った鍋島は、軽く息を吐いてマイクをスタッフへ返す。その横で林田が、さっきまでのテンションを引きずったまま言った。
「今日、だいぶいい感じじゃない?」
「毎回それ言ってるよな」
「いや、今日はマジで。客席との距離もよかったし、俺の仕上がりも乗ってた」
「最後のは知らない」
「そこ大事なんだって」
鍋島は呆れたように笑いながらも、さっきより少し肩の力が抜けていた。
そのまま入れ替わりで、虹色トランジスター☆の三人がステージへ上がる。出囃子と一緒に歓声が起きて、空気がぱっと華やいだ。
「やっぱ強いな」
「だろ?」
なぜか林田が得意げに言う。
「お前の手柄じゃないだろ」
「こういうのは共演者として盛り上がってる空気も込みだから」
「理屈だけはそれっぽいな」
短い歌コーナーが終わると、司会が明るい声で次のコーナーを告げた。
「ここからは合同ゲーム対決です!」
ステージ中央に簡単なゲーム用の台が運び込まれていく。
「チーム分けはこちら! 鍋島さんとゆみりんさん! そして林田さんとみみぃさんです!」
「よっしゃ!」
先に声を上げたのはみみぃだった。
「絶対勝つし!」
「こっちの台詞だよ。こういうの、俺わりと持ってるから」
林田が不敵に笑う。
「何を?」
鍋島が聞くと、林田は胸を張った。
「華と、運」
「まとめてふわっとしてるな」
その横で、ゆみりんは小さく姿勢を正した。
「よろしくお願いします、鍋島さん」
「こちらこそ。気楽にいきましょう。こういうのは楽しんだ方が勝ちやすいので」
「はい!」
ゲームは「お題ジェスチャー伝言」だった。一回戦の林田・みみぃチームは、林田が「美しさ」にこだわりすぎて自爆。ぐだぐだのまま時間切れになり、客席を爆笑させた。
「続いて、鍋島さん・ゆみりんさんチーム、お願いします!」
司会に促され、鍋島が前へ出る。ジェスチャーが始まると、ゆみりんは少し迷ったように目を瞬かせた。鍋島は大げさすぎず、けれど確実に伝わるように動きを繰り返す。
「えっと……」
ゆみりんが焦りかけた、その時だった。
鍋島が客席に聞こえないくらいの声で、そっと囁いた。
「大丈夫、その読み方で合ってます」
ゆみりんは一瞬だけ鍋島を見た。責めるでもなく、急かすでもなく、本当に「大丈夫」と言っている顔だった。
それだけで、不思議と頭が落ち着く。
「……あ、分かった!」
ゆみりんが答えを叫ぶと、正解のブザーが鳴り響いた。客席がわっと沸く。
「すごい! 一発正解!」
二回戦目、今度はゆみりんがジェスチャー役になった。いざ前に出ると客席の視線が一気に集まり、思った以上に緊張する。動きが止まりかけた瞬間、鍋島が自然に笑った。
「今のでかなり伝わってます。そのままで大丈夫です」
その言葉に、また胸の奥がふっと軽くなる。ゆみりんは大きくうなずいて、もう一度動いた。鍋島は迷わず答えを口にする。
「正解! 勝者、鍋島・ゆみりんチーム!」
司会の声と同時に、ゆみりんは思わず「やった!」と声を上げた。そのままの勢いで手を上げる。鍋島もごく自然にそれに応じた。
ぱちん、と軽い音がして、ハイタッチが決まる。
「ナイスです」
鍋島が笑う。いつもの穏やかな声なのに、その一言がやけに近くに感じられた。
ゆみりんの心臓が、どくんと一回大きく跳ねる。
「……あ、はい!」
返事がほんの少し遅れた。
なんだろう、今の。
勝って嬉しいのは当然だ。でも、それだけじゃない何かが、一瞬胸の奥をかすめた気がした。
「えー! なんでそっちなの!」
みみぃが悔しそうに騒ぎ、林田と口喧嘩を始める。そんな賑やかな光景をよそに、鍋島はゆみりんの方を向いて軽く言った。
「助かりました。最後、ちゃんと伝わってましたよ」
「えっ……そ、それは……鍋島さんがフォローしてくれたからです」
「いや、ゆみりんさんが落ち着いてたからですよ」
さらっと返されて、ゆみりんは一瞬言葉に詰まった。
こういう言い方をする人なんだ。手柄を自分のものにせず、自然に相手へ返す。しかも、それが全然わざとらしくない。
「ゆみりん?」
みみぃが不思議そうに顔をのぞきこんできた。
「何ぼーっとしてんの?」
「してないよ! 今の勝ち方、ちょっとかっこよかったなって思っただけ!」
「誰が?」
「チームが!」
「ふーん?」
にやっとするみみぃを適当にあしらいながらも、ゆみりんはさっきのハイタッチの感覚が妙に手に残っていることに気づいてしまう。
手のひらの一瞬の触れ方。
勝った後に向けられた、あのやわらかい笑顔。
焦った時に、自然にかけてくれた「大丈夫」という声。
胸の奥が、もう一度だけ小さく鳴った。
(なにこの感じ……)
無意識に視線を逸らす。ステージ上では司会が次の進行を告げ、客席の熱はまだ冷めていない。
けれど、ゆみりんの中ではそれとは別の小さなざわつきが、静かに、けれど確実に残り始めていた。




