第三話 冒険を始めよう
空気が……変わった。
目に見える変化ではなかった。
説明できるようなものでもなかった。
それでも、誰もが感じていた。
まるで……何かに見られているかのように。
悲鳴は続いていた。
逃げ惑う人々。
獲物を狩る怪物たち。
血に染まった街路。
そして――
光が降りてきた。
太陽からではない。
空からでもない。
ただ……突然、現れたのだ。
白い光が、その場のすべてを覆い尽くした。
混沌を止めた。
その瞬間を凍りつかせた。
ある怪物は、女性の体を引き裂こうとする寸前で、空中に静止していた。
ある男は膝から崩れ落ちていたが、地面に触れることはなかった。
すべてが……止まった。
静寂。
レンは周囲を見回した。
(時間が……?)
そのとき――
一つの影が、ゆっくりと降りてきた。
小さい。
軽やか。
背中には……昆虫のような翅。
妖精だった。
そいつは笑っていた。
だが、それは普通の笑みではなかった。
あまりにも……大きすぎる。
あまりにも……無理やり作られたような。
あまりにも……どこかがおかしい。
「ようこそ……地球人の皆さん。」
その声は、あらゆる方向から響いてきた。
どこにいようと関係ない。
その声は、直接頭の中に聞こえてきた。
「イベント……」
妖精は言葉を切った。
その目は、楽しげに輝いていた。
「『冒険をしよう』へ、ようこそ。」
沈黙が破られた。
「な、なんだこれは!?」
「お前は誰だ!?」
「家に帰せ!」
妖精は笑った。
甲高い笑い声。
耳障りで。
不快で。
耐えがたい。
「アハハハハ! その反応、大好き! 本当に!」
見世物を楽しむかのように、空中でくるりと回った。
「簡単に言えば……あなたたちはゲームをするの。」
誰も口を開かなかった。
誰も理解できていなかった。
「あなたたちは、さまざまなシナリオに参加することになる……サバイバル、戦闘、戦略……」
妖精は指を唇に当てた。
「順番は決まっていないわ。」
さらに笑みを深める。
「だって、順番が決まっていたら……あなたたちは対策を立てるでしょう?」
その視線が、冷たくなった。
「そんなの……つまらないもの。」
背筋に悪寒が走った。
「それぞれのシナリオで、あなたたちは評価される。」
「一つ一つの選択に……結果が伴う。」
「そして、間違えれば……」
妖精は身を乗り出した。
「死ぬことになる。」
沈黙。
今度は誰も叫ばなかった。
全員が理解したからだ。
これは冗談ではない。
「ああ、そうそう……」
妖精が手を持ち上げた。
「スポンサーと契約することもできるわ。」
眉をひそめる者もいた。
何を言っているのか、理解すらできない者もいた。
「でも、それはまだ先の話。」
妖精の笑みが戻った。
「ここはチュートリアルエリアよ。」
周囲を指さす。
「それから、助けを求めても無駄だからね。」
その目が、悪意に満ちて輝いた。
「あなたたちだけじゃないの。」
群衆の間にざわめきが広がった。
「そう……」
妖精は両腕を広げた。
「世界中の人間が……ゲームに参加しているのよ。」
恐怖の意味が変わった。
もはや、自分たちだけの問題ではなかった。
世界中の人々が巻き込まれている。
「でも、私だってそこまで残酷じゃないわよ?」
妖精は胸に手を当て、傷ついたふりをした。
「あなたたちの生存率を上げるために……」
指を鳴らした。
すると、一人一人の目の前に……
箱が現れた。
小さい。
黒い。
宙に浮かんでいる。
「あなたたちに能力をあげるわ。」
完全な沈黙。
「低ランクで……ランダム。」
「それに、あなたたちの性格に合わせて調整されるの。」
妖精の笑みが、さらに深くなった。
「だから、一つ一つが……」
その目が群衆を見渡した。
「唯一無二なのよ。」
ためらう者もいた。
すぐに箱を手に取る者もいた。
箱が次々と開かれていく。
光。
エネルギー。
ささやき声。
「何か手に入れたぞ!」
「俺もだ!」
「こ、これって本物なのか!?」
希望。
だが、レンは……動かなかった。
ただ、そこに立っていた。
観察していた。
(ランダムな能力……)
(性格に基づいて決まる……)
(評価システム……)
視線を移す。
そして、二人の人間を見つけた。
叫んでいない。
走ってもいない。
怯えてもいない。
落ち着いていた。
……落ち着きすぎていた。
(違うな。)
レンは目を細めた。
(気に入らない。)
周囲の人々が歓喜したり、恐慌状態に陥ったりする中……
レンは考えていた。
(もう、何も残っていない。)
その目から、再び光が消えた。
(だから、どうでもいい。)
妖精が、もう一度手を持ち上げた。
「さて……」
その声が、力強く響き渡る。
「始めましょう。」
空気が張り詰めた。
「最初のシナリオは……」
妖精が笑った。
「かくれんぼ。準備はいい?」




