第8話 できないことも、契約に入れておく
十四層の報告を出したあと、俺たちは二日休んだ。
ノノは、ギルドへ提出する地図の写しを作った。
リディアは、術式の見え方を別紙へ書く。
俺は盾の傷を確かめ、鏡から戻る一撃の受け方を練習した。
少し疲れが抜けると、つい余分に振ってしまう。
練習場の端で、リディアが声を掛けた。
「休みの日に壊すと、予定が延びますよ」
俺は盾を下ろした。
「これは、勤務か?」
「休みをなくす相談なら、私にも先にしてください」
彼女は、笑って言った。
ノノが持ってきた地図の裏へ、三人の苦手を書こうと提案した。
免許の表に載る数値だけでは、わからないことだ。
俺は最初に書いた。
同時の二撃。毒の霧。地面からの崩れ。受ける量が魔力を超える一撃。
リディアは、強い術を続けると細かい氷を作れなくなる、と書いた。
火力と、狭い場所での制御を、同時に上げるのは難しい。
ノノは、耳に届く音が多すぎる場所では、罠を聞き分けづらいと書いた。
「雨とか、大きい滝とか。耳がいいから、平気だと思われる」
彼女はペンを置いた。
「前の隊だと、わからないって言うと、早くわかれって返されてた。だから、止めていいって、書いておきたい」
俺は、地図の下へ一行足した。
誰かが止まると言ったら、まず止まる。
理由を聞くのは、足が止まってから。
リディアが頷き、署名した。
ノノも名を書いた。
俺が最後に書くと、紙は正式な契約の補足になった。
午後は、それぞれの買い物へ出た。
俺は新しい靴を見に行き、値札の前で長く立った。
店の奥から、リディアが出てくる。
細い靴の紐を買ったらしい。
「古い靴、まだ使えます?」
「使えるが、右の踵が滑る」
「なら、買いましょう。踵の滑る盾役と組む方が、高くつきます」
彼女は別の靴を持ってきた。
軽いものより、底が厚く、足首を動かせるもの。
俺が履いて店の床を歩くと、彼女はしゃがんで踵を見た。
「これなら、返す時に沈みにくそう」
顔が、近かった。
俺は少し視線を逸らした。
彼女が立つと、髪の先が俺の袖へ触れた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
そのあとで、彼女も少し目を逸らした。
俺だけが意識しているわけではない、と気づいてしまった。
帰り道、噴水の脇で焼き栗を買った。
二人で一袋ずつ。
迷宮の外で、並んで座って食べるのは初めてだった。
リディアは、以前いた上級隊の話をした。
腕は認められたが、攻撃を長く続ける役ばかりだった。
大きい術で通り切ったあと、細い道を誰に守らせるか、考える時間が欲しくなった。
「あなたは、急いで先へ行きたいですか」
聞かれ、俺は栗の殻を割った。
「最下層は見たい。でも、毎回歩いて戻りたい。戻ったあと、こういう時間があると、次も行きたいと思える」
彼女は、袋の中へ目を落とした。
「私もです」
それだけの返事だった。
俺は、次の栗を彼女へ渡した。
皮を剥いた方を渡してしまい、あとから少し恥ずかしくなった。
宿へ戻ると、ノノが新しい地図を広げていた。
地上の食堂と、靴の店にも印がある。
「帰る場所も、覚える仕事だから」
彼女はそう言った。
俺たちは明後日の出発時刻を決め、その晩は早く寝た。




