第2話 上級魔術師が、俺の盾を買いたいと言った
荷車の御者が、知り合いの宿へ話をつけてくれた。
一晩分の代金は、救助の礼として払ってくれた。
俺は狼の討伐確認を翌朝ギルドへ届け、残りの時間を盾の修繕に使うことにした。
鍛冶場のドランは、盾の縁を一度叩いた。
「骨は生きてる。革だけ替えれば、まだ働けるな」
彼は四十六歳のドワーフで、俺の盾を三年前から見ている。
俺が暁の剣を抜けたと伝えると、驚くより先に、革の値段を言った。
「後払いにするなよ。お前、前の盾代も、ひとりで背負ってたからな」
「わかってる」
銀貨を出すと、入口の鈴が鳴った。
濃い赤の外套を着た女が、杖を片手に入ってくる。
黒髪を首の後ろで結び、腕には上級探索者の白い帯があった。
「レン・オルトさん?」
俺は頷いた。
「昨日、外周の魔狼を倒した方ですね。リディア・フロストと申します。あなたの盾を、一日借りたいんです」
「道具だけなら、使いやすくはないと思うが」
「持ち主も、ご一緒に」
ドランが、笑いを噛み殺した。
女は二十七歳で、炎と氷を扱う魔術師だった。
ギルドで御者の報告を聞き、俺を探していたという。
仕事は、都市の北にある廃坑の調査。
古い術式が暴走し、炎を通路へ吹きつけている。
鉱石を調べに入った組合員が、奥から出られなくなっていた。
「私の氷で道は作れます。でも、炎が次々来て、奥まで保たない。昨日の話が本当なら、炎の行き先を変えられるでしょう」
俺は、依頼書を読んだ。
彼女は実際に入口で試したこと、奥の人数、まだ確認していない危険を、順番に話した。
最後の頁に、依頼者の連絡先と報酬がある。
「私が先に受けた仕事です。道具代と薬代を引き、残りは二等分。それで、どうですか」
俺は、依頼書を二度見た。
「攻撃力は、零だぞ」
「火力は、私が出せます」
返事が、早かった。
「一撃にどこまで耐えられるかは、先に確かめましょう。試す相手を、いきなり最大の炎にはしません」
俺は、少し肩から力を抜いた。
その条件なら、引き受けられる。
ドランが、新しい革を締めながら言った。
「一日で燃やしきるな。明後日にも仕事がある顔になってる」
午後、ギルドの練習場で試した。
リディアが小さい火球を撃つ。
俺は盾で横へ返し、砂の山へ落とした。
二発目は少し強い。
腕へ掛かる重さが増え、三発目を頼む前に、俺は手を下ろした。
「このくらいなら、十数回は返せる。それ以上は、途中で休む」
「連続で来たら?」
「一発ずつなら。一息も空かない二発は、二つ目を返せない」
彼女は、杖を下げた。
「では、間を作るのは私の役目です」
俺たちは、合図を三つ決めた。
止まる。盾を右へ出す。休む。
複雑な言葉は、炎の音の中で聞こえない。
帰り際、リディアが俺の盾へ目を落とした。
「反射には、あなたの攻撃力を使わないんですね」
「当たった術の力が、そのまま残る。俺から足せる力はない」
「それで十分です」
彼女は、俺を見た。
「敵が大きな炎をくれるなら、借りましょう」
俺は、盾の新しい持ち手を握った。
勇者に要らないと言われた翌日だった。
明日の仕事には、俺の名前がきちんと書かれていた。




