第1話 攻撃力ゼロの盾役は、もう要らない
「倒した魔物の数が、零だ」
勇者ガルドは、六枚の銀貨を卓へ並べた。
その向こうに、俺以外の四人分の報酬がある。
束の厚さを見比べなくても、差はわかった。
「レン。お前の取り分に、不満でも?」
「先日の毒針を受けた盾の修繕だけで、四枚掛かる。薬代も俺持ちだ。次から、道具代を先に引いて分けたい」
ガルドは、壁に掛けた測定板を指した。
レン・オルト。二十四歳。
攻撃力、零。防御力、百八十六。魔力、九十六。
十五歳の神授から、一度も変わらなかった零だ。
俺が自分の力で斬っても殴っても、魔物には傷一つつかない。
仕事で木を切ったり、食べ物を切ったりはできる。神授の数値は、戦う者へ与えられる加護だからだ。
「その攻撃力で、俺たちと同じように貰おうと言うのか」
「同じ額とは言っていない。誰を守った時に壊れたか、考えてほしい」
向かいの魔術師エルメが、目を伏せた。
先日の針は、彼の喉へ飛んでいた。
俺は盾を出し、横へ弾いた。彼はその間に、魔物へ火を撃った。
ガルドが椅子を引いた。
「なら、抜けろ。次は攻撃のできる者を入れる。五人で攻めれば、守りに掛かる金も減る」
俺は、銀貨を六枚取った。
盾は自分の持ち物だ。持ち手の革まで、俺が買っている。
返せと言われる物は、部屋の鍵だけだった。
「わかった。今日で抜ける」
ガルドは、引き止めなかった。
公認の勇者が率いる〈暁の剣〉。所属した二年間で、俺は随分、頑丈になった。
鞄の重さは、入った頃とあまり変わっていない。
迷宮都市リオールの宿は、日が暮れると値が上がる。
安い部屋を探し、外周の道へ出た時だった。
前を行く荷車の馬が、急に鳴いた。
道端の草から、黒い狼が三頭、現れる。
口の中が赤い。炎を吐く魔狼だ。
御者が手綱を引き、荷台の子どもを抱いた。
「伏せて!」
俺は、荷車の前へ入った。
一頭目の炎が来る。
いつものように真正面で受ければ、盾は保つ。俺の腕にも力が残る。
だが、次の二頭まで押し込んでくる。
俺は右足を引き、盾を斜めに置いた。
青い膜が、表面へ浮かぶ。
技能〈返盾〉。
盾へ触れた一撃の、行き先を変える。
威力を足すことも、取っておくこともできない。盾の向きと、俺の構えで決まる。
炎が当たった瞬間、肘を少し開いた。
赤い塊が、来た道を戻った。
狼の胸へ当たり、黒い毛が燃える。
一頭が倒れ、二頭目が飛び退いた。
俺は息を一つ吸った。
続けて二撃を返すことはできない。膜が戻る、その一息が要る。
二頭目が爪を出した。
盾で向きを逸らす。狼は俺の横へ転がり、三頭目が炎を吐いた。
今度は、盾を左へ傾けた。
炎が二頭目を呑んだ。
三頭目は、それを見て森へ逃げた。
追わなかった。
御者と子どもは、荷車の下で無事だった。
俺は盾を下ろした。
腕が少し熱い。魔力は、二度の反射で減っている。
何か特別な力を、急に授かったわけではなかった。
ただ、今日は「そこから動くな」という命令がなかった。
生まれ変わる前も、俺は敵を倒す仕事をしていなかった。
日本で工場に勤め、二十七歳の時、交通事故で死んだ。
この世界で七歳になった頃、前世の記憶が戻った。
学生時代に野球の捕手をしていたことも、覚えている。
球が来る先を見る。身体を置く。味方と合図を決める。
役立つのは、そういう小さな習慣だった。
御者が、狼と俺を交互に見た。
「強いな、あんた。攻撃の加護は、どのくらいなんだ」
「零です」
彼の口が、半分開いた。
俺は、まだ煙の出る盾を持ち上げた。
「今の炎は、狼のものです。返しただけなので」
荷台の子どもが、笑った。
その声を聞き、俺も少し笑った。
今夜、泊まる場所はまだ決まっていない。
だが、明日もこの盾で稼げる気がした。




