第17話 重力は、盾では返せない
ノノの足首が治るまで、俺たちは地上にいた。
診療所で歩き方を確かめ、短い坂を三人で回る。
痛みが残る日は、出発しない。
再び三十七層へ入った時、切れた台座は調査のために囲われていた。
旧通路は閉じ、使っていい道には新しい印が付いている。
四十層へ着くと、天秤の衛兵が待っていた。
大きな石の身体に、左右へ伸びた長い腕。
腕の先には、浅い皿が一つずつ掛かっている。
床へ足を入れた途端、盾が重くなった。
靴も、鞄も、身体そのものも。
俺は反射の膜を出した。
何も返らない。
身体に掛かる重さが、盾へ飛んでくるわけではなかった。
リディアも、膝を曲げた。
ノノが足を止め、白い印の床へ戻る。
そこへ入った瞬間、彼女の肩が少し上がった。
「場所で違う。白い方は、軽い」
衛兵の左の皿が下がり、右が上がった。
床の白と黒が、入れ替わる。
ノノが指を二本立てた。
俺たちは、動く前に止まった。
軽くなった床をすぐ走れば、次に重くなる場所へ入ってしまう。
衛兵が、腕の下から刃を一枚投げた。
俺は返そうとしたが、重い盾が間に合わない。
身体をずらし、刃を床へ落とした。
刃が、黒い石へ当たる。
床の角が割れた。
その下には、皿へ続く金属の線がある。
ノノが、俺と床を交互に見た。
「次、同じ所へ落とせる?」
「軽い場所へ立てれば」
リディアが、白い石の上へ薄い氷を張った。
重い方へずれないよう、靴を置く縁を作る。
俺は盾を身体へ引き、次の皿の動きを待った。
白い床が来る。
衛兵の刃が飛ぶ。
俺は一度だけ、盾を振った。
刃を、割れた床の角へ返す。
金属の線が切れた。
左の皿が大きく沈み、床の重さが片側へ偏る。
俺たちのいる側は、軽くなったまま止まった。
衛兵自身が、沈んだ皿へ身体を引かれている。
だが、まだ倒れない。
右の腕を振り、扉の前を塞いだ。
俺はその腕の下へ入り、盾で刃を外へ流した。
直接傷を作る力は、俺にはない。
かわりに、大きな腕が戻る道を空けた。
リディアの立つ場所へ来ない向きに、押し出す。
ノノが、衛兵の首の接ぎ目を指した。
隠れていた緑の核が、傾いた身体から出ている。
リディアは一度、杖を握り直した。
床へ細い氷を出す余力を残し、太すぎない槍を作る。
槍が、核を貫いた。
衛兵の天秤が下がり、床から重さが消えた。
盾が、いつもの重さへ戻る。
俺は、そのことに少し笑った。
いつもは重いと思う道具が、今は軽い。
ノノが歩いてきて、右足を確かめた。
痛みはない。
リディアも、杖を脇へ立てた。
「今日は、私の槍でしたね」
「よく当たった」
俺が答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。
俺の反射だけが、最後の一撃になる必要はなかった。
四十層の昇降門が、刻印を照らした。
ここから先は、資料の空白が多い。
俺たちは灯りを三つ並べ、帰り道を登録した。
下へ進むたび、戻れる場所が一つ増えた。




