第14話 地下の市場で、買わなかったもの
三十五層には、古い市場があった。
石の店が、丸い広場へ向かって並ぶ。
看板の絵は消えていたが、棚の高さだけで、売っていた物を少し想像できた。
今は探索者の休憩区画になっている。
何隊かが交代で管理し、奥へ入った人の戻りを待つ。
安全を確かめた部屋だけを使い、火を置く場所にも印があった。
ノノは物珍しそうに、古い戸を覗いた。
「ここの店主も、荷物を持つのは別料金だったと思う」
床に、荷運び用らしい小さい車輪が残っていた。
彼女は車輪へ触れず、地図に店の形を書いた。
リディアが、広場の隅の水槽を見つけた。
半分まで水があり、中を細い光が泳いでいる。
魚のように動く、魔力の塊だった。
俺たちは水槽の前で、少し立ち止まった。
戦うための術でなければ、まだ残るものもある。
光は尾を振り、三人の顔の前を回った。
「綺麗」
リディアが言った。
俺は、彼女の方を見ていた。
彼女に気づかれる前に、水槽へ視線を戻したつもりだったが、ノノがこちらを見ていた。
何も言わなかった。
その方が、少し困った。
休憩区画の店で、俺たちは薬と油を補充した。
持ち込む手間が掛かるぶん、地上より高い。
ノノは必要な分だけを数え、俺が追加しようとした矢の束を戻した。
「重くなる。帰り道で使う分は、ちゃんと残すから」
その時、奥の店から人の叫びが聞こえた。
古い棚へ入ろうとした探索者が、戸口で動けなくなっている。
彼の足元を、虹色の小さい蛇が這っていた。
綺麗な色の口から、白い霧が出る。
毒だ。
俺は盾を構えたが、膜を出さなかった。
返す形がない。
リディアが氷の板で風を区切り、霧が休憩区画へ流れるのを止めた。
ノノが、少し高い棚へ乗る。
風のない側から、蛇へ矢を放った。
一匹が倒れ、もう一匹が戸の下へ逃げる。
「レン、戸を閉めて!」
俺は蛇を挟まない位置から、石戸を押した。
重さはあるが、攻撃ではない。
最後の隙間へ楔を入れ、霧の道を塞ぐ。
動けなくなっていた男を、管理人と一緒に広場へ運んだ。
持参した薬を使ってもらい、浅い呼吸が戻るのを待つ。
奥の棚は、閉鎖の印を付けた。
中の術具を無理に取りに行くことはしなかった。
男は、銀の腕輪を買えそうな物だと思ったという。
誰も調べていない部屋に入れば、自分だけの発見になる。
焦る気持ちは、俺にも少しわかった。
だが、取り返せない怪我の値段まで、そこで払うつもりはない。
夕方、リディアが水槽の前へ戻った。
俺も横へ立った。
ノノは休憩所の寝床へ行き、地図を写している。
「宝庫を見つけても、全部持って帰れませんね」
彼女が言った。
「重い物も、危ない物もある」
「選ぶ時に、意見が違ったら?」
俺は少し考えた。
「まず、持ち帰ったあと、どこへ置くか聞く。使う場所がなければ、もう一度考える」
彼女は、光の魚を見た。
「私も、ここに置いておきたいです」
俺は頷いた。
二人の肩が、少し触れた。
水槽の光は、古い市場の壁へ柔らかく揺れていた。
その夜、三人は三十七層の探索順を決めた。
休憩区画の管理人が、そこには封鎖された旧通路があると教えてくれた。
俺たちは地図に印を付け、開いている方の道を選んだ。




