第22話 噂の過熱
昼休みの県立彩波高等学校。二年A組の教室は、いつもと変わらぬ喧騒と、見えない同調圧力の波に包まれていた。
いつものように机を寄せ合った西園寺舞のグループでは、ミーハーな情報屋である飯田梨沙が、興奮気味にスマートフォンの画面を突き出していた。
「ねえねえ、今日のトレンド見た!? また『緑のヒーロー』の話題で持ちきりだよ!」
梨沙の指先が画面をスクロールするたびに、夜の街を駆け抜ける緑色のブレたシルエットや、ひったくり犯が後ろ手で縛り上げられている写真が次々と現れる。
当初、その存在は「不良を襲う幽霊」や「異常な速さで移動する緑の影」として、都市伝説や不気味な化け物のように恐れられていた。しかし、ここ数日でひったくりや空き巣といった明らかな犯罪者を次々と成敗していくにつれて、世間の風向きは完全に一変していた。
「ほんとだ! 最初は赤い発光体とか言われててめっちゃ怖かったけど、今は完全に『街を守る正義のヒーロー』扱いだよね。警察より先に犯人捕まえちゃうなんて、映画みたい!」
流行に敏感でクラスの空気を作り出す舞が目を輝かせると、桜井くるみもホッとしたように小さく頷いた。
「う、うん。夜道も少し安心だよね……」
「でしょ! ネットの掲示板でもファンクラブみたいなのができてるし、もはや彩波市のスターだよ! 私も一度、生で見てみたいなぁ」
梨沙の声に、周囲のクラスメイトたちも「かっこいい」「助けてもらいたい」と口々に賞賛の声を上げる。
その華やかな輪の中心で、神尾菜々花は頬を引きつらせながら、完璧な愛想笑いを浮かべていた。
(まいったな~♪ 私ってば、完全に街のアイドルじゃん!)
表面上は「えー、でも得体の知れないスーツとかちょっと気味悪くない?私なら遠慮しちゃうかも」などと周囲の空気に同調(擬態)しつつも、内心では世間からの熱狂的な支持に完全に調子に乗っていた。
これまでは、無意識に周囲の期待に応え、「明るくて完璧な人気者」という仮面を被ることに息苦しさを感じることもあった。しかし、ヒーローとしての活動は違う。
自分の正義感がダイレクトに形になり、名前も顔も知らない人々から純粋に感謝される。誰かに強制されたわけではない、自らの意志で勝ち取った称賛に、菜々花の心は羽ばたくように浮き足立っていた。
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同じ頃、一年生の教室の片隅では、星野結衣が自分の席でひっそりと息を潜めていた。
周囲では同級生たちがグループを作り、楽しげに談笑している。内気で引っ込み思案な結衣は、空気を読み合う学校の同調圧力にどうしても馴染めず、クラスの中で完全に孤立していた。
しかし、今の彼女には、その孤独を忘れさせてくれる絶対的な心の支えがあった。
机の上に広げられた一冊のノート。そこには、新聞部が発行した学校新聞の切れ端や、SNSで拡散されている「緑のヒーロー」の写真、目撃情報などが、几帳面な文字と共に丁寧に切り貼りされていた。
結衣は特撮ヒーローやオカルトが大好きだという生粋のオタク気質を持っている。そんな彼女にとって、彩波市に現れた緑の影は、単なるネット上の流行り言葉ではない。
「私の、ヒーロー……」
結衣は、切り抜かれた不鮮明な緑色のシルエット写真を指先でそっと撫でた。
数日前、薄暗い路地裏で不良たちに囲まれ、絶望の淵にいた自分を救ってくれた、あの透明で不思議な存在。世間では面白半分の都市伝説として消費されている側面もあるが、結衣にとってあのヒーローは違う。
理不尽な暴力から自分を助け出し、名前も名乗らずに去っていったあの姿は、幼い頃からテレビ画面の向こう側に憧れ続けた、本物の「正義」そのものだった。
(私も……いつかあんな風に、堂々と自分を出せるように強くなりたいな)
ヒーローの存在は、息苦しい日常を耐え忍ぶ結衣にとって、何よりも眩しい希望の光となっていた。彼女はスクラップブックを大事そうに胸に抱きしめ、誰にも見せない小さな、けれど力強い笑顔を浮かべた。世間の熱狂の裏には、結衣のような一人の少女の純粋な憧れと感謝が、確かに息づいていたのだ。




