↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/30

第19話 ポルターガイスト作戦

 薄暗い路地裏で、不良の一人が結衣のスクールバッグを強引に奪い取ろうと手を伸ばした。

 透明化した菜々花は、すぐさま行動を開始した。前回の泥棒退治で犯人の顔を直接舐めてしまったという最悪のトラウマがあるため、今回は絶対に直接攻撃はしないと心に決めている。姿が見えないことを最大限に利用した、心理戦を仕掛けるのだ。


 菜々花はカメレオンの左右独立した視界で不良の動きを捉え、口を少し開いた。


 ヒュバッ!


 空気を裂く微かな音とともに、ピンク色の長い舌が射出された。舌先は不良の顔ではなく、結衣から奪ったスクールバッグの持ち手にピタリと吸い付いた。


「あ? なんだ、カバンが……」


 不良が戸惑った瞬間、菜々花は強烈な力で舌を引き戻した。


 スクールバッグは不良の手からすっぽ抜け、まるで意志を持っているかのように宙を舞い、結衣の足元へとポスッと落ちた。


「は……?」


 不良たちが目を丸くして硬直する。透明な人間が舌で引っ張ったため、彼らの目には「カバンが勝手に宙に浮いて飛んでいった」という完全なポルターガイスト現象にしか見えないのだ。


「お、おい……今の見たかよ。カバンが勝手に……」


 怯え始めた不良たちを見て、菜々花は内心でニヤリと笑った。さらに追い討ちをかけるべく、菜々花は再び舌を射出する準備を整える。ターゲットは、一番偉そうにしているリーダー格の不良が穿いている、ダボダボのズボンだ。


(直接肌に触れなければセーフ!)


 ヒュバッ!


 一直線に伸びた長い舌が、不良のベルトのバックルに器用に巻き付く。そして、勢いよく手前に引き下ろした。


「うおっ!?」


 ズルッという音とともに、不良のズボンが足首まで一気にずり下ろされた。派手なヒョウ柄のトランクスが薄暗い路地裏に晒される。


『ちょっ、菜々花さん!』


 インカム越しに、ドローンの映像を見ていた彰が慌てふためく声が響いた。


『直接攻撃しないのは良い判断だけど、舌先で男のズボンを下ろすって! 女子高生としてその攻撃手段はどうなの!?』


 彰のツッコミが菜々花の耳を打つ。


「だって、これが一番ダメージないしビビるでしょ!」


 菜々花が小声で言い返している間にも、路地裏の不良たちは完全にパニックに陥っていた。


「ヒッ……!! ズ、ズボンが勝手に……!!」

「お、お化けだァァァァッ!!」


 得体の知れない怪奇現象に震え上がった不良たちは、結衣を放り出し、半狂乱になって悲鳴を上げながら逃げ出していった。


 +++


 不良たちの足音が遠ざかり、路地裏には静寂が戻った。

 壁に背を向けてへたり込んでいた結衣は、目の前で起きた出来事に呆然としている。


(よかった、怪我はないみたい。……さてと、長居は無用よね)


 菜々花は透明な姿のまま、そっとその場から立ち去ろうと踵を返した。

 しかし、不良を無事に撃退できたという安堵感からか、擬態を維持するための集中力が一瞬だけフッと途切れてしまった。


 チカッ。


 空間が微かに揺らぎ、菜々花の体がほんの一瞬だけ透明から実体化してしまった。


「あっ……」


 結衣の目に映ったのは、薄暗い路地裏に浮かび上がった、緑色を基調とする特製タイツスーツのシルエットだった。顔には正体を隠すための覆面マスクがあり、胸元にはカメレオンのロゴが描かれている。


 それは、わずか一秒にも満たないほどの短い時間だった。菜々花はすぐに集中力を取り戻し、再び完全な透明へと戻る。


(しまっ……見られた!? またお化けだとか言われてパニックに……)

 菜々花が身構えたその時。


「あ、あの……!」


 結衣が、何もない空間に向かって身を乗り出し、震える声で呼びかけた。

 その瞳には、恐怖ではなく、特撮ヒーロー番組を見つめる時と同じような、キラキラとした純粋な輝きが宿っていた。


「助けてくれて……ありがとう、私のヒーロー!」


 路地裏に響いた結衣の純粋な感謝の言葉。


 幽霊や化け物ではなく、自分を救ってくれた「ヒーロー」として認識されたこと。その言葉は、菜々花の胸の奥底に、これまでにない温かく力強い感情を呼び起こした。


 学校で無意識に周囲の意見に同化し、期待される「人気者」の役割を無理して演じている時に得られる賞賛とは違う。誰かに強制されたわけでも、空気を読んだわけでもない。自分が自らの意志で行動し、誰かのために力を使ったことへの、本当の感謝だった。


(誰かのために動くのって……こんなに、胸が熱くなるんだ……!)


 スクールカーストの頂点で「すごいね」と持て囃されるのとは次元が違う、魂が震えるような充足感。計算も駆け引きもない、ただ純粋な善意だけがそこにあった。


 自分の中に、こんなにも熱くて、お節介で、正義感に溢れた気持ちが眠っていたなんて思いもしなかった。見返りのない善行の気持ちよさが、全身の血液を沸騰させるように駆け巡る。


 菜々花は透明な顔をほころばせ、声を出して「どういたしまして」と微笑んだ。


 この出来事が、菜々花にとっての決定的な転機となる。世間の期待や同調圧力に流されるのではなく、「自分の意志でヒーロー活動を続ける」という確固たる動機が、彼女の中で静かに、しかし力強く芽生えた瞬間だった。


 +++


 星野結衣を不良の手から救い出したその日を境に、菜々花のヒーローとしての意識は完全に覚醒した。


 数日後の夜。彩波市の商業エリアにあるビル群の隙間を、緑色の影が人間離れしたスピードで駆け抜けていた。


『右の路地へ! 対象との距離、およそ三十メートル。風速二メートル、舌の射出には影響なし!』


「了解! 彰くん、ドローンで視界確保お願い!」


 インカム越しに飛ぶ彰の的確なナビゲートを受け、菜々花はビルの壁面を垂直に這い上がる。


 眼下を走るのは、数分前にコンビニで強盗を働いた男だ。


 菜々花は男の足首に向けて舌を射出し、綺麗に巻き付けて強く引いた。


「うわぁっ!?」


 男は為す術もなく前のめりに転倒し、そのまま身動きが取れなくなる。


「確保完了! 警察に通報よろしく!」


『了解。完璧な連携だったね、菜々花さん!』


 菜々花は男を素早くロープで縛り上げ、手際よくその場を立ち去っていく。


「振動感知能力」で街の異変をいち早く察知し、彰のドローンと計算能力で敵を追い詰める。カメレオンの驚異的な身体能力と特製スーツの擬態を駆使し、菜々花は次々と街の悪党たちを捕まえていった。


 ただの女子高生が、化学オタクの少年と共に「街を守る正義のヒーロー」として本格的に動き出したのだ。

 次々と事件を解決していくその緑色の影は、やがて彩波いろは市の中で一部だけが知る都市伝説から、誰もが知る確かな希望の象徴へと変わっていくことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。