表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第一標本「可愛げ」ーどんな黒も白に見えるー  作者: 本咲 サクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/11

No.9 別個体

 その年の暮れ、遥から連絡が来た。

 「お正月、帰ってくる?」というLINEだった。

 わたしは少し迷ってから、「ごめん、帰らない」と返した。

 すると、「一回、二人で会えない?」と返ってきた。実家ではなく、二人で、と。


 わたしは、その文面を、長いあいだ見つめていた。


 遥のことを、わたしは、どう思っていたのだろう。憎んでいたわけではない。

 けれど、好きでもなかった。遥を見るたびに、わたしは、自分が選ばれなかった子であることを、思い知らされた。

 遥は、何の努力もせずに愛された。ただそこにいるだけで、可愛い、可愛いと言われて育った。

 わたしが、どんなに頑張っても手に入らなかったものを、遥は、生まれながらに持っていた。


 会いたくない、と思う自分がいた。

 けれど、会わなければ、何も変わらない、とも思った。

 わたしは、思いきって、遥と会うことにした。


 都内のカフェで会った遥は、記憶よりずっと大人びていた。

 笑い方だけは子どものころと変わっていなかった。あの、屈託のない笑い方。母が「愛嬌がある」と言った、わたしには真似できない笑い方。それを見たとき、わたしのなかで、古い感情が、ちりっと疼いた。


 近況をぽつぽつと話したあと、遥は、コーヒーカップを両手で包みながら、ふと言った。

 「お姉ちゃんさ、わたしのこと、ずっと嫌いだったでしょ」


 わたしは、すぐには答えられなかった。嫌い、という言葉が正確かどうか、わからなかった。


 「……嫌いっていうか」とわたしは言った。正直に言おう、と思った。取り繕えば、また何も変わらない。

 「あんたが、羨ましかった。可愛がられてて。それで、まっすぐ見られなかった」


 遥は、少し驚いた顔をして、それから、目を伏せた。

 「……そっか。わたしは、お姉ちゃんに嫌われてるって、ずっと思ってた。お姉ちゃん、わたしと目を合わせてくれなかったから」


 わたしたちは、しばらく黙った。


 「わたしもね」と遥が、小さな声で言った。「お姉ちゃんのこと、羨ましかったんだよ」


 「……何が」

 冗談だと思った。何を羨むことがあるのか。愛されていたのは、遥のほうだったのに。


 「お姉ちゃんは、頭よかったし、お母さんに何言われても、自分を持ってたから。わたしは、お母さんに気に入られることしか、考えてこなかった。可愛いって言われたくて、ずっとお母さんの顔色うかがって……それしかできなかった。今でも、わたし、自分が何が好きなのか、よくわかんないんだよ。全部、お母さんが喜ぶかどうかで決めてきたから」


 わたしは、それを聞いて、複雑な気持ちになった。


 たしかに、遥には遥の苦しみがあったのだろう。それは、わかる。頭では、わかる。

 遥もまた、母という同じ家の毒を、別の形で飲まされていたのかもしれない。

 選ばれた子もまた、選ばれるために、自分自身を差し出していたのかもしれない。


 けれど――それでも、わたしのなかには、簡単には消えない感情があった。


 あんたは、それでも、愛されたじゃない。

 その言葉が、喉まで出かかった。

 あんたは、選ばれた。可愛がられた。ランドセルを選んでもらえた。ピアノを習わせてもらえた。塾に行かせてもらえた。満点のテストを、ゴミ箱に捨てずに済んだ。あんたの苦しみと、わたしの苦しみは、同じじゃない。


 わたしは、その言葉を、飲みこんだ。口に出せば、また、傷つけ合うだけだとわかっていたから。

 でも、飲みこんだだけで、その感情が消えたわけではなかった。


 「遥」とわたしは言った。

 「あんたの話は、わかった。あんたにも、つらいことがあったんだね。それは、本当だと思う」


 遥は、顔を上げた。少し、ほっとしたような顔をしていた。


 「でも」とわたしは続けた。

 「ごめん。わたし、まだ、あんたを、完全には……うまく言えないけど。長い時間、わたしはあんたを羨んできたから。その気持ちが、一回話したくらいじゃ、すぐには消えないと思う」


 遥は、わたしの言葉を聞いて、少し悲しそうな顔をした。けれど、頷いた。

 「……うん。わかる。わたしも、たぶん、お姉ちゃんのこと、すぐには、わかんないと思う」


 わたしたちは、それ以上、無理に分かり合おうとはしなかった。


 別れ際、遥が言った。「また、会える?」


 わたしは、少し迷ってから、「うん。たまにね」と答えた。

 すぐに親友のような姉妹になれるわけではない。長年の溝は、一度のカフェで埋まるほど、浅くはなかった。

 けれど、「たまに会う」くらいなら、できる気がした。少しずつ。互いの傷を、無理に重ねようとせずに。


 完璧な和解ではなかった。でも、たぶん、それでよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ