No.10 前駆体
母には、まだ、連絡していない。
いつかするのか、しないのか、わからない。電話番号は、消していない。けれど、かけようとして、何度も指が止まる。
わたしは、長いあいだ、こう思って自分を責めていた。母を理解したら、許さなければならない。許せないのは、わたしの心が狭いからだ、と。
でも、カウンセリングを通して、わたしは、それが間違いだと知った。
母を理解することと、母を許すことは、別だった。
わたしは、母を理解しようとは思う。母にも、母なりの事情があったのだろう。母自身、その母――わたしの祖母から、十分に愛されなかったのかもしれない。可愛がられ方を知らない人間は、可愛がり方も知らない。
毒は、たいてい、上から下へ、何世代もかけて流れてくる。
けれど、理解しても、許せないものは、許せなくていい。許せない自分を、責めなくていい。それを、わたしは、ようやく自分に許せるようになった。
わたしは、たぶん、一生、母を許さないかもしれない。あるいは、いつか、許せる日が来るかもしれない。どちらでもいい。それは、わたしが決めることで、誰かに強制されることでも、世間に求められることでもない。
許さないまま、母とのあいだに距離を置いて生きることを、わたしは、わたし自身に許可した。




