No.8 開示
立花のことを、わたしはまだ、完全には信じきれていなかった。それでも、信じてみたい、とは思っていた。
謝罪のあと、わたしたちは、ゆっくりと、また前のように話すようになった。昼休みに同じテーブルに座り、帰りに駅まで一緒に歩く。
ただ、以前と違ったのは、わたしが、彼の優しさを撥ねつけなくなったことだった。撥ねつけたくなる衝動は、まだ、ある。優しくされると、今でも身構える。
けれど、そのたびに、わたしは思い出した。逃げても、また戻ってくればいい、と彼が言ったことを。
ある夜、いつもの帰り道、川沿いの土手で、わたしたちは少しだけ立ち止まった。理由はなかった。ただ、川を流れる対岸の灯りが、その夜は妙にきれいだった。
わたしは、なぜか、その夜なら話せる気がした。
「立花くん」とわたしは言った。「前に、わたし自分のことを、めんどくさい人間だって言ったでしょ」
「言ってたね」
「あれ、ちゃんと話しておきたくて」
彼は、急かさなかった。ただ、川のほうを見たまま、待っていた。
わたしは、ぽつぽつと話した。
普段なら、絶対に話さないことを。妹のこと。妹ばかりが可愛がられたこと。ランドセルの色が違ったこと。習わせてもらえなかったピアノのこと。母に「可愛げがない」「気味が悪い」と言われ続けたこと。満点のテストを、自分でゴミ箱に捨てたこと。
話しながら、わたしは何度も「でも、これくらいのことで」と言いそうになって、そのたびに、口をつぐんだ。カウンセラーの言葉を思い出したから。あなたは、痛みを取り下げる、と。
「だから、優しくされると、どう受け取っていいか、わからなくなるの」とわたしは言った。「これは何かの間違いだ、いつかバレる、いずれ離されるって、心のどこかで思っちゃう。だから、その前に、自分から壊しておきたくなる。あなたにしたみたいに」
立花は、長いあいだ、黙って聞いていた。彼が、こんなに静かに人の話を聞くのを、わたしは初めて見た。
話し終えると、彼は、小さく息を吐いた。
「話してくれて、ありがとう」
それだけだった。可哀想に、とも、つらかったね、とも、彼は言わなかった。わたしを憐れまなかった。励まそうともしなかった。ただ、ありがとう、と言った。それが、わたしには、いちばん楽だった。
「いつか失うのが怖いって、わかるよ」と彼は言った。「でも、失うのが怖いから最初から持たないっていうのは、なんか、もったいない気がするけどな。俺は」
わたしは、何も言えなかった。
川は、暗いなかを流れていた。その水の色は、黒に見えた。けれど、灯りの当たるところだけ、わずかに、別の色を含んでいた。




