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第一標本「可愛げ」ーどんな黒も白に見えるー  作者: 本咲 サクラ


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8/11

No.8 開示

 立花のことを、わたしはまだ、完全には信じきれていなかった。それでも、信じてみたい、とは思っていた。


  謝罪のあと、わたしたちは、ゆっくりと、また前のように話すようになった。昼休みに同じテーブルに座り、帰りに駅まで一緒に歩く。

 ただ、以前と違ったのは、わたしが、彼の優しさを撥ねつけなくなったことだった。撥ねつけたくなる衝動は、まだ、ある。優しくされると、今でも身構える。

 けれど、そのたびに、わたしは思い出した。逃げても、また戻ってくればいい、と彼が言ったことを。


 ある夜、いつもの帰り道、川沿いの土手で、わたしたちは少しだけ立ち止まった。理由はなかった。ただ、川を流れる対岸の灯りが、その夜は妙にきれいだった。


 わたしは、なぜか、その夜なら話せる気がした。


 「立花くん」とわたしは言った。「前に、わたし自分のことを、めんどくさい人間だって言ったでしょ」

 「言ってたね」

 「あれ、ちゃんと話しておきたくて」


 彼は、急かさなかった。ただ、川のほうを見たまま、待っていた。


 わたしは、ぽつぽつと話した。

 普段なら、絶対に話さないことを。妹のこと。妹ばかりが可愛がられたこと。ランドセルの色が違ったこと。習わせてもらえなかったピアノのこと。母に「可愛げがない」「気味が悪い」と言われ続けたこと。満点のテストを、自分でゴミ箱に捨てたこと。


 話しながら、わたしは何度も「でも、これくらいのことで」と言いそうになって、そのたびに、口をつぐんだ。カウンセラーの言葉を思い出したから。あなたは、痛みを取り下げる、と。


 「だから、優しくされると、どう受け取っていいか、わからなくなるの」とわたしは言った。「これは何かの間違いだ、いつかバレる、いずれ離されるって、心のどこかで思っちゃう。だから、その前に、自分から壊しておきたくなる。あなたにしたみたいに」


 立花は、長いあいだ、黙って聞いていた。彼が、こんなに静かに人の話を聞くのを、わたしは初めて見た。


 話し終えると、彼は、小さく息を吐いた。

 「話してくれて、ありがとう」

 それだけだった。可哀想に、とも、つらかったね、とも、彼は言わなかった。わたしを憐れまなかった。励まそうともしなかった。ただ、ありがとう、と言った。それが、わたしには、いちばん楽だった。


 「いつか失うのが怖いって、わかるよ」と彼は言った。「でも、失うのが怖いから最初から持たないっていうのは、なんか、もったいない気がするけどな。俺は」


 わたしは、何も言えなかった。


 川は、暗いなかを流れていた。その水の色は、黒に見えた。けれど、灯りの当たるところだけ、わずかに、別の色を含んでいた。

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