No.7 経過観察
カウンセリングに通っても、何かが劇的に変わったわけではなかった。
ドラマみたいに、過去の傷が一回の対話で癒えるなんてことは、なかった。
わたしは相変わらず、人の優しさを警戒したし、自分を責める癖も、そう簡単には抜けなかった。
ただ、ほんの少しだけ、自分を観察できるようになった。
今、わたしは、傷つくのが怖くて、逃げようとしている。今、わたしは、母の言葉を、自分の言葉として繰り返している。そういうことに、行動の最中ではなく、せめて後から、気づけるようになった。
それだけでも、わたしにとっては、大きな変化だった。
立花に、もう一度ちゃんと謝ろう、と思えたのも、その変化のおかげだった。
ある日の帰り際、わたしは、勇気を振り絞って、立花を呼び止めた。
「立花くん。この前のこと、謝りたくて」
彼は、立ち止まって、わたしを見た。前のように笑ってはいなかった。
当たり前だ。わたしは、彼の誕生日の誘いを断り、構うなと突き放したのだから。一度傷つけた相手が、すぐに元どおりの笑顔を向けてくれるなんて、そんな都合のいいことは、ない。
「あのとき、わたし、ひどいこと言った。あなたの優しさが、怖かったの。優しくされると、いつか失うのが怖くなるから。だから、その前に、自分から壊そうとした。あなたを傷つけた。ごめんなさい」
立花は、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「俺さ、正直、けっこう傷ついたよ」
その言葉に、わたしは、ほっとした。彼が、傷ついた、と言ってくれたことに。なかったことにされるより、ずっとよかった。
「でもさ。なんとなく、わかってたんだよね。あんたが、優しくされ慣れてないってこと。普段の、ちょっとしたことでさ。優しくすると、すぐ身構えるだろ。だから、ああ、逃げたんだなって、思った。腹も立ったけど」
「……ごめん」
「いいよ。でもさ、一個だけ言わせて」
彼は、めずらしく、まっすぐにわたしの目を見た。
「俺は、あんたを助けてあげたいとか、救ってあげたいとか、そういうつもりはないから。俺、そんな立派な人間じゃないし。ただ、一緒にいると、なんか落ち着くから、一緒にいたいだけ。あんたが俺を必要としてくれなくてもいいんだよ。俺が、勝手に、あんたといたいだけだから」
わたしは、その言葉を、うまく飲みこめなかった。
わたしは、ずっと、誰かに必要とされなければ、その場にいる資格がないと思って生きてきた。役に立たなければ、愛されないと。
けれど、立花は、わたしに、何も求めなかった。必要としてくれなくてもいい、と言った。そんなことを言われたのは、初めてだった。
それでも、わたしは、すぐには彼を信じきれなかった。
信じたい、と思った。けれど、信じて、また裏切られたら――そう考えると、足がすくんだ。長年かけて凍りついた場所は、温かい言葉ひとつで溶けるほど、やわではなかった。
「……ありがとう」とわたしは言った。「でも、わたし、たぶん、これからもあなたを傷つけると思う。すぐには変われないから。また、怖くなって、逃げるかもしれない」
「うん。いいよ、それで」と彼は言った。「逃げても、また戻ってくればいい。俺、たぶん、そんなにすぐいなくなんないから」
わたしは、泣きそうになるのを、こらえた。




