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第一標本「可愛げ」ーどんな黒も白に見えるー  作者: 本咲 サクラ


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7/11

No.7 経過観察

 カウンセリングに通っても、何かが劇的に変わったわけではなかった。


 ドラマみたいに、過去の傷が一回の対話で癒えるなんてことは、なかった。

 わたしは相変わらず、人の優しさを警戒したし、自分を責める癖も、そう簡単には抜けなかった。

 ただ、ほんの少しだけ、自分を観察できるようになった。

 今、わたしは、傷つくのが怖くて、逃げようとしている。今、わたしは、母の言葉を、自分の言葉として繰り返している。そういうことに、行動の最中ではなく、せめて後から、気づけるようになった。


 それだけでも、わたしにとっては、大きな変化だった。

 立花に、もう一度ちゃんと謝ろう、と思えたのも、その変化のおかげだった。


 ある日の帰り際、わたしは、勇気を振り絞って、立花を呼び止めた。

 「立花くん。この前のこと、謝りたくて」


 彼は、立ち止まって、わたしを見た。前のように笑ってはいなかった。

 当たり前だ。わたしは、彼の誕生日の誘いを断り、構うなと突き放したのだから。一度傷つけた相手が、すぐに元どおりの笑顔を向けてくれるなんて、そんな都合のいいことは、ない。


 「あのとき、わたし、ひどいこと言った。あなたの優しさが、怖かったの。優しくされると、いつか失うのが怖くなるから。だから、その前に、自分から壊そうとした。あなたを傷つけた。ごめんなさい」


 立花は、しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと口を開いた。

 「俺さ、正直、けっこう傷ついたよ」


 その言葉に、わたしは、ほっとした。彼が、傷ついた、と言ってくれたことに。なかったことにされるより、ずっとよかった。


 「でもさ。なんとなく、わかってたんだよね。あんたが、優しくされ慣れてないってこと。普段の、ちょっとしたことでさ。優しくすると、すぐ身構えるだろ。だから、ああ、逃げたんだなって、思った。腹も立ったけど」

 「……ごめん」

 「いいよ。でもさ、一個だけ言わせて」

 彼は、めずらしく、まっすぐにわたしの目を見た。

 「俺は、あんたを助けてあげたいとか、救ってあげたいとか、そういうつもりはないから。俺、そんな立派な人間じゃないし。ただ、一緒にいると、なんか落ち着くから、一緒にいたいだけ。あんたが俺を必要としてくれなくてもいいんだよ。俺が、勝手に、あんたといたいだけだから」


 わたしは、その言葉を、うまく飲みこめなかった。


 わたしは、ずっと、誰かに必要とされなければ、その場にいる資格がないと思って生きてきた。役に立たなければ、愛されないと。

 けれど、立花は、わたしに、何も求めなかった。必要としてくれなくてもいい、と言った。そんなことを言われたのは、初めてだった。


 それでも、わたしは、すぐには彼を信じきれなかった。

 信じたい、と思った。けれど、信じて、また裏切られたら――そう考えると、足がすくんだ。長年かけて凍りついた場所は、温かい言葉ひとつで溶けるほど、やわではなかった。


 「……ありがとう」とわたしは言った。「でも、わたし、たぶん、これからもあなたを傷つけると思う。すぐには変われないから。また、怖くなって、逃げるかもしれない」


 「うん。いいよ、それで」と彼は言った。「逃げても、また戻ってくればいい。俺、たぶん、そんなにすぐいなくなんないから」


 わたしは、泣きそうになるのを、こらえた。

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