No.5 拒絶反応
わたしは、立花を試した。
今になって振り返れば、はっきりそうだったと言える。
わたしは、彼の優しさが本物かどうか、確かめずにいられなかった。本物のはずがない、と思っていた。
だから、それを暴いてやろうとした。彼が、いつか他の人たちと同じように、わたしから手を離すところを、見届けてやろうとした。
わたしは、わざと冷たくした。
彼が昼休みに話しかけてくると、「今、忙しいから」と素っ気なく返した。駅まで一緒に歩こうとすると、「先に行って」と突き放した。彼が気をつかってくれればくれるほど、わたしはそれを撥ねつけた。
優しくされると、心がぐらつく。ぐらついた心が、また期待を始める。期待は、必ず裏切られる。だから、その前に、わたしのほうから壊しておきたかった。
いちばんひどいことをしたのは、彼の誕生日だった。
立花が、めずらしく改まった様子で、「今度の土曜、空いてる? 一緒にメシでも」と誘ってきた。
土曜が彼の誕生日だということを、わたしは知っていた。前に雑談で聞いていたから。つまり彼は、自分の誕生日に、わたしと過ごしたいと言っていた。
それが、わかった瞬間、わたしは怖くなった。
この人は、本気でわたしに近づこうとしている。本気で。そう思った瞬間、わたしのなかで、警報が鳴り響いた。だめだ。これ以上近づいたら、いつか必ず奪われる。離される。あの新生児室のガラスの前で、母に手を離されたときのように。
わたしは、その誘いを断った。「ごめん、その日、用事がある」と。
本当は、何の用事もなかった。それどころか、わたしは、彼が誘ってくれたことが、本当はどうしようもなく嬉しかった。嬉しかったから、断った。嬉しいものほど、失うのが怖いから。
そして、わたしは、断っただけでは飽き足らず、こう言ってしまった。
「立花くん、わたしに構うの、もうやめたほうがいいよ。わたし、めんどくさい人間だから。あなたが思ってるような、いい人じゃない」
立花は、少し驚いた顔をして、それから、いつものようには笑わなかった。
「……そっか」
彼は、それだけ言って、自分の席に戻っていった。
その週末、わたしは一人で部屋にいた。何の用事もなかった。カーテンを閉めきった部屋で、わたしは膝を抱えて座っていた。
今ごろ、立花は誕生日をどう過ごしているだろう。きっと、わたしなんかいなくても、楽しく過ごしているに決まっている。彼には友達がたくさんいる。わたしみたいな、めんどくさい人間に構う必要なんて、最初からなかったのだ。
これでいい、と思おうとした。
これで、わたしは傷つかずに済む。最初から手を握らなければ、離される悲しみもない。子どものころから、ずっとそうやって生きてきた。それのどこが悪い。誰にも迷惑をかけていない。誰も傷つけていない。
――本当に?
わたしは、立花の、いつものようには笑わなかった顔を思い出した。
わたしは、たしかに、彼を傷つけた。優しくしてくれた人を、自分が傷つくのが怖いという、ただそれだけの理由で。
母がわたしにしたことを、わたしは、立花にした。一方的に決めつけて、突き放して、相手の気持ちを聞きもしないで。
わたしは、母を憎んでいたはずだった。
なのに、わたしのなかには、母がいた。母とおなじやり方で人を遠ざける、母とおなじ冷たさが、わたしのなかに、しっかりと根を張っていた。
その夜、わたしは初めて、自分が怖くなった。




