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第一標本「可愛げ」ーどんな黒も白に見えるー  作者: 本咲 サクラ


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3/11

No.3 潜伏

 高校を出て、わたしは家を離れたかった。

 けれど、家を出るには理由が要った。理由もなく出ていけば、母は「育ててやった恩を忘れて」と言うに決まっていた。

 だから、わたしは大学を東京で選んだ。「いい大学だから」という、母が反対できない理由で。


 奨学金を借りて、バイトをして、わたしは何とか一人暮らしを始めた。仕送りは、ほとんどなかった。

 遥が同じ年に私立の専門学校に行きたいと言ったときには、母は学費を全額払ったのに。

 わたしのときは、「大学なんて、自分で何とかするものでしょ」だった。


 大学を出て、東京の小さな印刷会社に就職した。校正の仕事だった。

 来る日も来る日も、刷り上がる前の紙面を赤ペンで見ていく。誤字、脱字、行間のずれ、写真のキャプションの間違い。誰も気づかないような小さな間違いを、わたしは見つけるのが得意だった。


 たぶん、子どものころからずっと、間違いを探されて生きてきたからだと思う。

 そして、自分自身が、この世でいちばんの間違いだと言われ続けてきたからだと思う。


 会社では、わたしは「丁寧で正確な人」だった。

 ミスをしない、納期を守る、文句を言わない。

 けれど、誰もわたしを「明るい人」とか「一緒にいて楽しい人」とは言わなかった。それでよかった。期待されなければ、裏切られることもない。


 わたしは、人と深く関わることを、注意深く避けて生きていた。

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