No.3 潜伏
高校を出て、わたしは家を離れたかった。
けれど、家を出るには理由が要った。理由もなく出ていけば、母は「育ててやった恩を忘れて」と言うに決まっていた。
だから、わたしは大学を東京で選んだ。「いい大学だから」という、母が反対できない理由で。
奨学金を借りて、バイトをして、わたしは何とか一人暮らしを始めた。仕送りは、ほとんどなかった。
遥が同じ年に私立の専門学校に行きたいと言ったときには、母は学費を全額払ったのに。
わたしのときは、「大学なんて、自分で何とかするものでしょ」だった。
大学を出て、東京の小さな印刷会社に就職した。校正の仕事だった。
来る日も来る日も、刷り上がる前の紙面を赤ペンで見ていく。誤字、脱字、行間のずれ、写真のキャプションの間違い。誰も気づかないような小さな間違いを、わたしは見つけるのが得意だった。
たぶん、子どものころからずっと、間違いを探されて生きてきたからだと思う。
そして、自分自身が、この世でいちばんの間違いだと言われ続けてきたからだと思う。
会社では、わたしは「丁寧で正確な人」だった。
ミスをしない、納期を守る、文句を言わない。
けれど、誰もわたしを「明るい人」とか「一緒にいて楽しい人」とは言わなかった。それでよかった。期待されなければ、裏切られることもない。
わたしは、人と深く関わることを、注意深く避けて生きていた。




