第23話 帰還と静かな声(後編)
医療棟での簡単な処置が終わった後、マイケルは村長室に隣接する小会議室へ移動した。
照明はさらに落とされ、窓からは夕暮れの残光だけが入っていた。
佐伯村長、白峰凛、霧島零、そして泉透が同席した。
マイケルの証言
マイケルは簡易ベッドに体を預け、掠れた声でゆっくりと話し始めた。
泉透が隣に座り、必要に応じて簡単な通訳を挟んだ。
マイケル:
「……When the quake hit, I was in the underground fuel maintenance room on level 3.
The corridor collapsed. I couldn’t get back up.
A few hours later……the Wave came.」
(地震が起きた時、私は地下3階の燃料点検室にいました。通路が崩れて、上に戻れなくなりました。数時間後……波が来ました。)
彼は目を細め、遠い記憶を辿るように続けた。
マイケル:
「I heard it. First the shaking stopped……then everything became too quiet.
No voices. No footsteps. Just……a low humming. Like the whole world was vibrating inside my head.
After that, I never saw anyone again.」
(聞こえました。揺れが止まってから……急に何もかもが静かになりました。声も足音もなくなって。ただ、低い響きだけが頭の中で続いていました。それ以来、誰とも会っていません。)
部屋に重い沈黙が落ちた。
泉透は静かに頷き、自分の波紋視界に思いを馳せた。マイケルが感じた「音」は、彼の視界に浮かぶ「波紋」と確かに響き合っていた。佐伯村長が低く唸った。
「3年……よく耐えたな……」
零の解析
その頃、三輪すずは医療棟の隣の作業小屋で、マイケルが持っていた古い軍用タブレット端末の解析を始めていた。
無口な少女は画面をじっと見つめ、時折キーボードを叩く。
霧島零が後ろから覗き込みながら聞いた。
「どう? すず、何か分かる?」
「……低周波の観測データ。地震発生からWave到達まで、約4時間12分。
人工的なパルスは……検出されず。
自然発生の共振パターン。」
すずは淡々と答えた。
画面には、基地の簡易センサーが記録した波形が表示されていた。
巨大な地震の後、地球規模の超低周波が徐々に増幅し、人体に影響を及ぼした痕跡が残っていた。
「自然……だった、のか。」
零が小さく息を吐く。
すずは無表情のまま、最後に一言だけ付け加えた。
「……でも、波はまだ、残ってる。」
村民の反応
日が完全に落ちた頃、マイケルは村人たちの前に姿を見せた。
村の広場では、燃料ドラムが慎重に運び込まれていたが、人々の視線はやはり新来のアメリカ人に集中していた。
好奇心、警戒、わずかな希望。
さまざまな感情が混じり合っていた。
野々村静香が、温かいお茶と一緒に近づいてきた。
柔らかな笑顔で湯飲みを差し出す。
「まあ、随分と瘦せていらっしゃるのね……。
『波間の湯』のお湯、使ってくださいな。温まれば、少しは人心地がつくでしょう」
マイケル:
「……Thank you, ma’am.」
(ありがとうございます。)
静香の穏やかな態度に、マイケルは初めて小さく頭を下げた。
少し離れたところで、子供たちが遠巻きに彼を見つめていた。
朝比奈ひよりが子供たちを優しくまとめながら、
「ほら、怖がらないの。マイケルさんは、長い間一人で頑張ってたんだよ。
お友達になろうね」
と明るく声をかけた。子供の一人が小声で
「髭、すごい……」
と呟き、周囲がくすくすと笑う。
緊張した空気が、少しだけ和らいだ。
しかし、全員がすぐに受け入れたわけではなかった。
年配の村民の中には、まだ距離を置いて見守る者もいた。
マイケルは静香に礼を述べた後、ふと泉透の方を振り返った。
泉透は少し離れた場所から、静かにその光景を見守っていた。
彼の胸の奥で、3年間の孤独を生き延びた男が村に溶け込んでいく様子が、静かな波紋のように広がっていた。




