第八話 削られていくもの
作者です!見に来てくれた人ありがとう!
四ヶ月目に入った頃から、私はルミナの家に行くことが増えた。
最初はルミナが誘ってきた。「うちに来ない? 二人でいたい」と。私の家ではなく、ルミナの家を選ぶ理由を特に聞かなかった。聞いても、たぶん「二人でいたいから」と言われるだけだと思ったから。
ルミナの部屋は、私の部屋より少し狭かった。でも温かかった。棚にぬいぐるみが並んでいて、カーテンが淡いピンクで、ルミナらしい部屋だった。
「かわいい部屋だね」と私が言うと、ルミナが嬉しそうに笑った。
「そう? アイルの部屋はどんな感じ?」
「普通」
「普通ってどんな感じ」
「……何もない感じ」
ルミナが少し目を細めた。「寂しい部屋」
「そうかな」
「うん。今度行っていい?」
私は少し止まった。シエルがいる。シエルを説明するのが、面倒だと思った。人間ではない何かが家にいる、というのは、どう説明すればいいのか分からなかった。
「……また今度」
「今度って、いつ」
「決まったら言う」
ルミナが少し頬を膨らませた。でもそれ以上は言わなかった。
ルミナの家で過ごす時間は、最初は週に一度くらいだった。
それがいつの間にか、週に二度になり、三度になった。気づいたら、放課後はほとんどルミナの家にいた。
おかしいとは思わなかった。ルミナが一緒にいたがるから、一緒にいた。それだけのことだった。
ただ、帰る時間が少しずつ遅くなっていった。
最初は夕方には帰っていた。それが夜になり、夕食をルミナの家で食べることが当たり前になった。ルミナの母親は優しい人で、いつも「アイルちゃんの分もあるから」と言ってくれた。断る理由が見つからなかった。
シエルから、ある夜メッセージが来た。
『今日も遅いですか』
私は少し考えてから返した。
『もう少しで帰る』
『分かりました』
それだけだった。シエルは何も言わなかった。でも、何も言わないことが、何かを言っているような気がして、私は少しだけ急いで帰った。
家に帰ると、シエルがリビングにいた。珍しく、キッチンにいなかった。ただ、テーブルの前に座っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。夕飯、食べてきた」
「そうですか」
シエルが立ち上がった。「お茶、淹れますか」
「いい、もう寝る」
「そうですか」
また、それだけだった。
部屋に戻ってから、私はシエルの顔を思い出した。テーブルの前に座って、待っていたような。でも待っていたとは言わなかった。
気のせいかもしれなかった。
変化に気づいたのは、ルミナだった。
ある日、ルミナの家で並んで勉強していると、ルミナがふいに言った。
「ねえ、その髪留め、どこで買ったの」
私は手を止めた。「この前、駅前で」
「かわいいけど」ルミナが少し首を傾げた。「アイルには、なんか、合わない気がする」
「そう?」
「うん」ルミナが私の髪を見た。「アイルって、もっとシンプルな方が似合うと思う。フリルとかじゃなくて」
髪留めを見た。薄い青のリボンがついた、シンプルなものだった。フリルはついていない。
「フリルはついてないけど」
「そうだけど、なんか。ふわっとした感じが、アイルじゃないかなって」
アイルじゃない。
その言葉を、私は頭の中で繰り返した。アイルじゃないものを、私はつけていたのか。でも、気に入って買ったものだった。
「……そっか」
「気に悪くした?」
「してない」
「よかった」ルミナが笑った。「アイルには、もっとクールな感じが似合うと思うんだよね。なんか、かっこいい感じの」
かっこいい感じ。
私はその言葉を、あまり深く考えなかった。ルミナがそう思う、というだけのことだった。人の好みは違う。それだけだと思っていた。
翌週、髪留めをしないで学校に行くと、ルミナが嬉しそうだった。
「その方が絶対いい」
「そう?」
「うん、すっきりしてる。アイルっぽい」
アイルっぽい。
さっきの言葉と反対のことを言っている気がしたが、うまく言葉にできなかった。ルミナが嬉しそうだったので、まあいいかと思った。
その日の放課後、鞄を漁っていたら、髪留めが出てきた。つけていくのを忘れたのではなく、意識してつけなかったのだと気づいた。
なぜそうしたのか、少し考えた。
ルミナが喜ぶから、だった。
それだけのことだった。でも、それだけのことが、少し、引っかかった。
ある夜、シエルと話していた時に、シエルが聞いた。
「アイルさん、最近、帰りが遅いですね」
「ルミナの家にいることが多くて」
「そうですか」シエルが少し間を置いた。「楽しいですか」
「……まあ」
「まあ、ですか」
シエルが私を見た。珍しく、少し真っ直ぐな目で。
「アイルさんは、最近、自分でものを選んでいますか」
唐突な質問だった。
「どういう意味」
「……たとえば、今日の服とか。鞄の中身とか」
私は少し考えた。今日の服。黒いシャツと、細身のパンツ。いつからかこういう格好が多くなっていた。前は、もう少し違う色のものを着ていた気がする。
「選んでるけど」
「そうですか」シエルが視線を落とした。「すみません、変なことを聞きました」
「変じゃないけど、なんで聞いたの」
シエルがまた少し黙った。
「……アイルさんが、アイルさんのままでいるか、気になったので」
アイルさんのまま。
その言葉が、胸の中に落ちた。落ちて、沈んで、消えた。
「アイルのままだけど」
「そうですか」シエルが小さく笑った。笑ったように見えたが、自信はなかった。「ならいいです」
私はシエルの言葉の意味を、しばらく考えた。でもうまく答えが出なくて、やめた。
アイルのまま。
ル
私のままでいる、というのが、どういうことなのか、その時の私にはよく分からなかった。
分からなかったことも、すぐに忘れた。
翌朝、ルミナが「その服かっこいい」と言って笑ったから。
どうだったー?面白かったって思った人は感想で伝えてねー




