第七話 繰り返す
作者です!見に来てくれた人ありがと!終わった後感想とか書いてくれると嬉しいです!
それから、同じことが繰り返された。
喧嘩になる。ルミナが鞄に手を入れる。私が謝る。ルミナが落ち着く。また普通に戻る。
そのサイクルが、少しずつ短くなっていった。
最初は数週間に一度だったものが、一週間に一度になり、気づいたら数日に一度になっていた。きっかけはいつも些細なことだった。返信が遅かった。約束の時間に少し遅れた。他の誰かと話していた。それだけのことで、ルミナの声が低くなった。
その度に、私は謝った。
謝ることが、一番早かったから。
謝ればルミナが落ち着いた。落ち着けば、また笑顔に戻った。笑顔に戻れば、普通の時間が続いた。だから謝った。それが正しいことかどうかは、考えなかった。考えると、よく分からなくなったから。
初めてはっきり見たのは、付き合って三ヶ月目のことだった。
放課後、ルミナと帰る途中で、私がクラスメイトの男子に話しかけられた。委員会の連絡事項で、一分もかからない話だった。
男子が去ってから、ルミナが黙った。
「ごめん、委員会の話で」
「……男子と話してたね」
「うん。連絡があって」
「私がいるのに」
私は少し止まった。私がいるのに、という言葉の意味を、うまく理解できなかった。ルミナがいることと、委員会の連絡を受けることは、関係がないように思えた。でもルミナにとっては、繋がっているらしかった。
「必要な話だったから」
「必要」ルミナが繰り返した。「私との時間は必要じゃないの」
「そういうことじゃない」
「じゃあどういうこと」
また、同じやりとりだった。私が何を言っても、ルミナには届かないような気がした。届かないのか、届いていても違う意味になるのか、どちらなのかも分からなかった。
ルミナが鞄に手を入れた。
私はもう、その動作の意味を知っていた。知っていたから、今日は聞いた。
「鞄、何が入ってるの」
ルミナが手を止めた。
「……なんでもない」
「見せて」
「なんでもないって言ってる」
「ルミナ」
ルミナが顔を上げた。目が赤かった。今にも泣きそうな顔だった。
「……怖い?」ルミナが小さく言った。「私のこと」
怖い、という言葉に、私は少し詰まった。
「怖いって言ったら、嫌いになる?」
ルミナの目から、涙が一粒落ちた。
「嫌いにならないで」ルミナが言った。「アイルに嫌いって言われたら、私、どうにかなっちゃうから」
どうにかなっちゃう。
その言葉が、胸に刺さった。
私は、ルミナの鞄に入っていた手を、そっと引いた。ルミナの手を握った。鞄から引き出した手を、両手で包んだ。
「嫌いじゃない」
「……本当に?」
「本当に」
ルミナが泣いた。声を上げずに、静かに。私は何も言えなくて、ただ手を握っていた。
しばらくして、ルミナが息を整えた。「ごめんね」と言った。「変なとこ見せて」
「変じゃない」
「変だよ」ルミナが苦笑いした。「アイル、優しいね。私みたいなのに」
私みたいなの、とルミナはよく言った。その言葉が出るたびに、私は何も言えなくなった。否定すればいいのか、肯定すればいいのか、どちらも違う気がして。
帰り道はまた、普通に戻った。
でもその夜、鞄から引き出したルミナの手のことを、私はずっと考えていた。手首に、細い傷が一本あった。古い傷だった。かさぶたになっていた。
私は、その傷を見て見ぬふりをした。
見てしまったら、どうすればいいか分からなかったから。
シエルには、話さなかった。
話せなかった、の方が正確だった。シエルに話せば、シエルが何かを言う。何かを言われると、考えなければいけなくなる。考えると、よく分からなくなる。だから話さなかった。
でもシエルは、気づいていたかもしれない。
その夜、私が部屋に戻った時、シエルがいつもより早く顔を上げた。私の顔を見て、少し眉を寄せた。
「……大丈夫ですか」
「大丈夫」
「そうですか」
シエルはそれ以上聞かなかった。いつも通り、本を開いた。ページは進まなかった。
私はベッドに横になって、天井を見た。
ルミナの手首の傷のことを、考えた。考えて、やめた。考えて、またやめた。
シエルの気配がした。窓際で、静かにしている。
「シエル」
「なんですか」
「……なんでもない」
言いかけて、やめた。
シエルが少し間を置いた。それから、静かに言った。
「アイルさん」
「うん」
「何かあったら、言ってください」
いつもと同じ言葉だった。でもその夜は、少しだけ重く聞こえた。
「うん」と私は答えた。
答えただけで、何も言わなかった。
シエルも、それ以上は聞かなかった。
翌朝、ルミナはいつも通り笑っていた。
「おはよう、アイル」
「おはよう」
「昨日はごめんね」
「いい」
「ほんと優しい」ルミナが笑った。「あのさ、今日の帰り、また一緒に帰ろ。昨日の埋め合わせしたい」
「別に埋め合わせとか」
「したいの、私が」ルミナが言った。「アイルに嫌なとこ見せちゃったから。楽しいとこも見せたい」
私は頷いた。
ルミナは機嫌がよかった。昨日のことが嘘みたいに、明るかった。笑って、喋って、授業中に小さなメモを回してきた。『今日どこ行きたい?』と書いてあった。
私は少し考えてから、書き返した。『どこでもいい』と。
ルミナから返ってきたメモには、『じゃあ私が決める』と書いてあって、最後にハートが描いてあった。
私はそのメモを、机の中にしまった。
昨日の手首の傷のことは、今日のルミナを見ていると、遠い出来事みたいに感じた。
遠い出来事みたいに感じてしまうことが、正しいのかどうか、その時の私には分からなかった。
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