第二話 声をかけてきた子
こんにちは!作者です。
1話を見てない人は1話から見てね〜
その子が声をかけてきたのは、翌朝のことだった。
朝のホームルームが始まる前、私はいつも通り窓際の席に座って、外を見ていた。グラウンドで部活の朝練をしている生徒たちが、遠くに見える。走っている。笑っている。私には関係のない景色だった。
「あの、」
声がした。
私の方向から、だった。振り向くと、一人の女子が立っていた。私の席の、斜め前。クラスメイトだ。名前は確か――ルミナ、と呼ばれていた気がする。明るい茶色の髪を肩のあたりで切りそろえていて、制服のリボンが少しだけ曲がっている。
目が合った。
普通なら、そこで視線が逸れる。いつもそうだ。目が合った瞬間に、相手が気まずそうに顔を背ける。それが当たり前だったから、私も特に何も思わず、また外を向こうとした。
でも、逸れなかった。
「えっと、」とルミナは言った。頬が少し赤い。「アイルって席、ここで合ってる? 私、出席番号が近くて」
意味の分からないことを言っている、と思った。席は最初から決まっている。合っているもなにも、もう二ヶ月ここに座っている。
「合ってるけど」
「そっか、よかった」
よかった、の意味も分からなかった。でもルミナは笑った。少し安心したような、でもまだ緊張しているような、そういう笑い方だった。
それだけで、その日の朝は終わった。
次に声をかけてきたのは、昼休みだった。
いつも通り弁当を広げていると、隣の席の椅子が引かれる音がした。私は反射的に体を縮めた。誰かが間違えて座ろうとしている、と思ったから。でも。
「隣、いい?」
ルミナだった。
私は少し固まった。隣、というのは、私の隣のことだ。いつも空いている席。誰も座らない席。
「……いいけど」
なんで、とは聞けなかった。聞き方が分からなかった。
ルミナは椅子を引いて、当たり前のように座った。自分の弁当を広げて、「手作り?」と私の弁当を見て聞いた。
「家の人が作ってる」
「いいな。私は毎日購買」そう言ってコッペパンを取り出した。「怒らない?」
「何を」
「隣座っても」
怒る理由が分からなかった。怒るどころか、どう反応すればいいのかも分からなかった。誰かが私の隣に座ったのが、いつぶりのことか思い出せなかった。
「怒らない」
「よかった」またその言葉だった。「あなたのこと、前から気になってたんだよね」
「……私を?」
「うん」ルミナはパンを一口食べてから、続けた。「なんか、きれいだなって思って」
きれいという言葉の意味を、私はしばらく処理できなかった。この髪と目のことを、そう言われたことが、なかったから。
「髪と目、すごく珍しい色じゃない。私、最初見たとき息止まったもん」
「……怖くて?」
「違う違う」ルミナが笑った。「きれいすぎてびっくりして」
私は返事ができなかった。
きれい。その言葉が、胸の中で妙に静かに落ちた。
それから、ルミナは毎日隣に座るようになった。
強制したわけでもない。私が誘ったわけでもない。ただ気づいたら、昼になるとルミナがコッペパンを持って隣に来るようになっていた。
最初は戸惑っていた。何を話せばいいのかが分からなかった。でもルミナはよく喋った。今日の授業がつまらなかったとか、購買の新しいパンが微妙だったとか、そういう他愛のないことを、次々と話した。私はほとんど相槌を打つだけだったけれど、それでもルミナは気にしなかった。
「アイルって、無口なんだね」
「……そう、かも」
「いいじゃん。私が喋るから」
それが嬉しいのか、どうなのか、その頃の私には分からなかった。ただ、昼が少し違う時間になった。それだけは確かだった。
シエルは、その間ずっと窓の外にいた。
ある日、放課後に帰り道で、シエルが聞いた。
「最近、昼休み誰かいますね」
「クラスメイト」
「どんな人ですか」
私は少し考えた。
「……よく喋る人」
シエルは何も言わなかった。ただ、一瞬だけ、返事が遅れた。
ルミナが告白してきたのは、それから二週間後のことだった。
放課後、帰ろうとした私を、ルミナが呼び止めた。廊下の端、人が少なくなった場所で。
「ちょっといい?」
「うん」
ルミナは少し深呼吸をした。頬が赤い。昼休みに話しかけてきた最初の日みたいに、緊張した顔をしている。
「あのさ、」
「うん」
「私、アイルのことが好きで」
静かだった。廊下の向こうから、部活の声が遠く聞こえる。
「付き合ってほしいんだけど、ダメかな」
私は、しばらく何も言えなかった。
好き、という言葉の重さを、どう受け取ればいいか分からなかった。誰かに必要とされたことが、なかった。誰かに名前を呼ばれることすら、ほとんどなかった。なのにルミナは、二週間前から毎日隣に座って、今日、好きだと言った。
断る理由を、探した。
見つからなかった。
断り方も、知らなかった。
「……いいよ」
自分の声が、少し掠れた。
ルミナの顔が、ぱっと明るくなった。「本当に?」
「うん」
「やった」ルミナが笑った。今まで見た中で一番大きな笑顔だった。「絶対後悔させないから」
私は頷いた。
胸の中に、何かが灯った気がした。温かいような、くすぐったいような、よく分からない何かが。
誰かに必要とされるというのは、こういう感じなのか、と思った。
その夜、シエルに話した。付き合うことになった、と。シエルはしばらく黙っていた。それからゆっくりと、「そうですか」と言った。
「……アイルさんが、いいならいいです」
その声が、いつもより少しだけ低かったことに、私は気づかなかった。
どうでしたか?
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しばらく毎日投稿するつもりなので定期的に覗きに来てくれると嬉しいです!




