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第一話 青と緑

皆さんこんにちは!

作者のフンバルト=ヘイデルです!

初投稿ですので文が拙いですが優しく見守ってくれると幸いです!

 世界には、近づいてはいけないものがある。


 崖の縁。毒を持つ花。そして――この髪と、この目を持つ者。


 そのことを、私は物心ついた頃から知っていた。知っていたというより、体で覚えさせられた、と言った方が正確かもしれない。視線が触れるたびに人が避けていく感覚。廊下を歩けば、さざ波のように左右に割れる人の群れ。誰も言葉にはしない。ただ、そうなる。それが私の日常だった。


 原因は分かっている。この髪と、この目だ。


 青い。深海の底みたいな、昏い青。生まれた時からずっとこの色で、染めたわけでも呪いをかけられたわけでもない。ただ、そういう血が流れているというだけのこと。そしてもう一つ。右目は青く、左目は緑色をしている。どちらも澄んでいて、どちらも普通ではないと、一目で分かる色をしている。


 オッドアイ、と人は呼ぶ。珍しい、と言う人もいる。でもその「珍しい」の後に続く言葉は、たいてい沈黙だ。


 今日も、そうだった。


 昼休みの教室。窓際の自分の席に座って、私は弁当箱を開いた。白米と卵焼きと、ほうれん草のおひたし。シエルが作ったものだ。料理が得意なわけではないと本人は言うけれど、毎朝きちんと作ってくる。文句を言いながら、きちんと。


 教室の温度が、微かに変わる。


 気のせいではない。私が弁当を広げると、周囲の会話が少しだけ小さくなる。誰かが誰かの袖を引く気配。視線が集まって、散る。私はそれを、もう数えるのをやめた。


「……また無視されてるじゃないですか」


 声が聞こえた。


 でも、教室の中からではない。窓の外。三階の窓際、私の斜め後ろ。物理的にそこに誰かがいられるはずがない場所から、その声はした。


 私は箸を止めずに答えた。


「聞こえてたの」


「ずっと聞こえてます。ていうか見えてます」


「学校まで来なくていいって言ったじゃない」


「暇なので」


 ため息をついた。窓の外、誰にも見えない場所に座っているそれに向かって。


 シエル、と私は心の中で呼ぶ。声に出すと面倒なことになるから。


 シエルは私の家に仕える者だ。正確な肩書きを説明しようとすると少し複雑になるので、私はいつも「世話係」と言っている。本人は「その表現は不本意」と言うけれど、じゃあなんなのかと聞くと黙るので、結局いつもうやむやになる。


 我が家には昔からそういう者がいて、シエルはその中の一人だった。人間ではない。でも詳しいことは、私もあまり知らない。知ろうとしなかった、というのが正確かもしれない。


 今は姿を消して窓の外に浮いている。私にだけ声が届くように、薄い何かを張って。こういうことが、シエルは得意だった。


「ほうれん草、食べてますか」


「食べてる」


「本当に? 端に寄せてませんか」


「……食べてる」


「嘘ついてる顔してます」


 私はおひたしを口に入れた。じゃきっとした食感。思ったより悪くない。シエルには言わないけれど。


 教室の喧騒が、遠くなる。私の周囲だけ、いつも少し静かだ。慣れた静けさ。慣れすぎて、もはや何も感じない静けさ。


 私は窓の外を見た。青空。雲。その手前の、何もない空間に、シエルはいる。


「なんで来たの、本当に」


「……別に」


 珍しく、間があった。シエルが言葉に詰まるのは珍しい。


「アイルさんが昼に一人でいると、なんか、落ち着かないので」


 私は何も言わなかった。


 言葉を返す前に、チャイムが鳴った。午後の授業の始まりを告げる音。私は弁当箱を閉めて、机の中に仕舞った。ほうれん草は、半分残した。


 シエルはもう、何も言わなかった。


 ただ、授業が終わるまで、窓の外にいた。


 放課後。


 校門を出ると、いつも人の流れが二つに分かれる。友人と帰る者と、部活へ向かう者。私はどちらでもなく、ただ真っ直ぐに歩く。人の波が自然に開いて、私の通り道を作る。


 もう気にしない。


 気にしていたのは、もっと小さい頃の話だ。どうして誰も話しかけてくれないのか、どうして私の隣の席だけいつも空くのか、どうして名前を呼んでもらえないのか。そういうことを、泣きながらシエルに聞いた夜が、確かにあった。


 シエルはそのとき、なんと答えたっけ。


 覚えていない。でも、翌朝には泣き止んでいた。それだけは覚えている。


「アイルさん、傘持ってますか」


 隣から声がした。もう姿を現している。暗い赤の目で格好も制服ではなく、黒いシャツに細身のパンツで、どこからどう見ても普通ではないのに、不思議と浮かない。


「傘ならある」


「正解。降りますよ、もうすぐ」


 空を見上げた。確かに雲が厚くなっている。天気予報を見ていなかったけれど、シエルが言うなら間違いない。空気の流れを読むのが、やけに得意だから。


「シエルも入る?」


「結構です。濡れても平気なので」


「そういうことじゃなくて」


 シエルは少し、黙った。


「……じゃあ、少しだけ」


 ぽつ、と雨が落ちてきた。私は鞄から折りたたみ傘を出して、広げた。シエルが隣に入る。白い髪に、雨粒が一滴だけ落ちて、光った。


 二人で歩く。同じ歩幅で、同じ速さで。


 こういう時間が、私には一番静かだった。誰かに避けられるわけでもなく、誰かに気を遣うわけでもなく。ただ、隣にシエルがいるというだけの時間。


「シエル」


「なんですか」


「今日の夕飯、何」


 シエルがまた、少し間を置いた。今日はやけに間が多い。


「……アイルさんが食べたいものでいいです」


「……思いつかない」


「親子丼」


「じゃあそれにする」


 雨が強くなった。傘に当たる音が大きくなる。私たちはそのまま歩き続けた。会話もなく、でも沈黙でもなく。


 ただ、歩いた。


 それが、あの頃の私には、世界のすべてだった。


 夜。


 自室のベッドに寝転がって、私は天井を見ていた。シエルは窓際の椅子に座って、本を読んでいる。読んでいるというより、眺めている。ページがほとんど進まない。


「シエル」


「なんですか」


「本、全然進んでないけど」


「……気のせいです」


 私は目を閉じた。


 静かだった。雨はもう止んでいて、虫の声だけが窓の外から聞こえる。シエルのいる気配がする。それだけで、なんとなく眠れる気がした。


 明日も同じ一日が来る。同じ教室で、同じように人が避けて、同じように静かな昼を過ごす。それが私の日常で、私はそれ以外を知らなかった。


 知らなかった、から。


 気にしていたのは、もっと小さい頃の話だ。どうして誰も話しかけてくれないのか、どうして私の隣の席だけいつも空くのか、どうして名前を呼んでもらえないのか。そういうことを、泣きながらシエルに聞いた夜が、確かにあった。


 シエルはそのとき、なんと答えたっけ。


 覚えていない。でも、翌朝には泣き止んでいた。それだけは覚えている。


「アイルさん、傘持ってますか」


 隣から声がした。もう姿を現している。銀色に近い白い髪と、暗い赤の目。制服ではなく、黒いシャツに細身のパンツという格好で、どこからどう見ても普通ではないのに、不思議と浮かない。


「傘ならある」


「正解。降りますよ、もうすぐ」


 空を見上げた。確かに雲が厚くなっている。天気予報を見ていなかったけれど、シエルが言うなら間違いない。空気の流れを読むのが、やけに得意だから。


「シエルも入る?」


「結構です。濡れても平気なので」


「そういうことじゃなくて」


 シエルは少し、黙った。


「……じゃあ、少しだけ」


 ぽつ、と雨が落ちてきた。私は鞄から折りたたみ傘を出して、広げた。シエルが隣に入る。白い髪に、雨粒が一滴だけ落ちて、光った。


 二人で歩く。同じ歩幅で、同じ速さで。


 こういう時間が、私には一番静かだった。誰かに避けられるわけでもなく、誰かに気を遣うわけでもなく。ただ、隣にシエルがいるというだけの時間。


「シエル」


「なんですか」


「今日の夕飯、何」


 シエルがまた、少し間を置いた。今日はやけに間が多い。


「……アイルさんが食べたいものでいいです」


「……思いつかない」


「親子丼」


「じゃあそれにする」


 雨が強くなった。傘に当たる音が大きくなる。私たちはそのまま歩き続けた。会話もなく、でも沈黙でもなく。


 ただ、歩いた。


 それが、あの頃の私には、世界のすべてだった。


 夜。


 自室のベッドに寝転がって、私は天井を見ていた。シエルは窓際の椅子に座って、本を読んでいる。読んでいるというより、眺めている。ページがほとんど進まない。


「シエル」


「なんですか」


「本、全然進んでないけど」


「……気のせいです」


 私は目を閉じた。


 静かだった。雨はもう止んでいて、虫の声だけが窓の外から聞こえる。シエルのいる気配がする。それだけで、なんとなく眠れる気がした。


 明日も同じ一日が来る。同じ教室で、同じように人が避けて、同じように静かな昼を過ごす。それが私の日常で、私はそれ以外を知らなかった。


 知らなかった、から。


 翌日に、あの子が声をかけてくるまでは。

しばらくは毎日投稿するつもりなので次の話が気になった方は定期的にチェックしてください!最後まで見てくれてありがとうございました!

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