第十六話 師走
書くことがなにもない作者です!ペンネームはふざけてますが内容はふざけてません!
十二月に入った。
朝、息が白くなった。ルミナの家から学校へ向かう道で、吐いた息が白く広がって、すぐに消えた。それを見て、冬になったのだと思った。秋が終わって、冬になっていた。
季節が変わるたびに、少し驚いた。
気づかないうちに、時間が動いていた。
「寒いね」とルミナが言った。マフラーを巻いて、僕の隣を歩いていた。
「うん」
「アイル、マフラーしてないの?」
「家に置いてきた」
家、というのは自分の家のことだった。ルミナの家には、マフラーを持ってきていなかった。冬になることを、あまり考えていなかった。
「うちにあるやつ使っていいよ」ルミナが言った。「どうせ余ってるから」
「いい」
「遠慮しなくていいのに」
「遠慮じゃなくて」と言いかけて、やめた。
遠慮じゃなくて、なんなのか。うまく言葉が出てこなかった。ルミナのものを使うことへの、何か。抵抗、とも違った。ただ、なんとなく、嫌だった。
でも、その感覚を言葉にする前に、ルミナが「じゃあ今日帰ったら出してあげる」と言った。
僕は頷かなかった。でも、否定もしなかった。
昼休み、窓際の席でルミナと食べていた。
外は曇っていた。雲が厚くて、光が少なかった。
「アイルって、冬好き?」とルミナが聞いた。
「どちらでもない」
「どちらでもないって、どういうこと」
「好きでも嫌いでもない」
「そっか」ルミナが少し笑った。「私は好き。なんか、二人でいる感じがするから」
「二人でいる感じ?」
「うん。寒いと、くっつきたくなるじゃん」ルミナが僕の腕に寄りかかった。「こういう感じ」
温かかった。ルミナの体温が、伝わってきた。
悪くなかった。
悪くなかったが、窓の外の曇った空が、少し気になった。シエルの家の空も、今頃こんな色をしているだろうと思った。
「アイル、また空見てる」
「ごめん」
「謝らなくていいけど」ルミナが少し首を傾げた。「何を考えてるの、空見てる時」
「なんとなく、見てるだけ」
「本当に?」
「本当に」
ルミナが少し黙った。僕の腕に寄りかかったまま、外を見た。
「……冬の空って、なんか遠い感じがするよね」ルミナが静かに言った。「夏より、ずっと遠い感じ」
「うん」
「アイルも、なんか、遠い感じがする時がある」
ルミナが、独り言みたいに言った。
「遠い?」
「うん。隣にいるのに、どこか遠くにいるみたいな」ルミナが顔を上げた。「気のせいかな」
「気のせいだよ」と言った。
ルミナがまた寄りかかった。「そっか」と言った。「ならよかった」
よかった、という言葉が、少し空洞に聞こえた。
放課後、ルミナの家に着くと、玄関に見慣れないマフラーが出ていた。
紺色の、シンプルなものだった。
「これ使っていいって言ったやつ」とルミナが言った。
「……ありがとう」
「明日から使ってよ」ルミナが笑った。「似合うと思うから」
手に取った。柔らかかった。新しいものではなかった。
「誰のだったの」
「私の前のやつ。サイズが合わなくなったから」ルミナが軽く言った。「捨てようと思ってたんだけど、アイルに似合いそうで」
捨てようと思っていたものを、もらう。
なんとなく、また引っかかった。でも、ルミナがすでに靴を脱いで上がっていたので、そのまま手に持って中に入った。
夕飯の後、ルミナの部屋で過ごしていた。
ルミナがスマートフォンを見ていた。僕は窓の外を見ていた。冬の夜は暗くなるのが早くて、まだそんなに遅い時間でもないのに、外は真っ暗だった。
シエルにメッセージを送ろうと思った。
スマートフォンを取り出した。シエルとのトーク画面を開いた。最後のメッセージが、四日前だった。
何を書けばいいか、少し考えた。
元気ですか、では変な気がした。今どうしてる、でも変な気がした。今週末帰る、と書こうとして、本当に帰れるかどうか分からないから、やめた。
結局、何も書かなかった。画面を閉じた。
「誰かに連絡してたの?」ルミナが聞いた。
「しようとしてたけど、やめた」
「誰に」
「……シエルに」
ルミナが少し黙った。スマートフォンから目を上げた。
「何か用事があったの?」
「ない。なんとなく」
「なんとなく連絡したくなったの」ルミナが繰り返した。
「うん」
ルミナがスマートフォンを置いた。少し、表情が変わった。笑っていたが、目の奥が少し違った。
「……アイルって、シエルのことが好きなの?」
また、その質問だった。
「家族みたいなものだから」と答えようとして、少し止まった。
今日は、その答えが、前より空っぽに感じた。
「……よく分からない」と言った。
ルミナが少し目を細めた。
「よく分からない、って言ったの、初めてだよね」
「そう?」
「うん。いつも家族みたいなものって言ってたのに」
そうだった。いつも同じ答えを返していた。今日は違う答えが出た。なぜかは、自分でも分からなかった。
「……シエルのことはよく分からない。ずっとそばにいたから、当たり前すぎて」
ルミナが黙った。
少し長い沈黙だった。部屋の外から、ルミナの母がテレビを見ている音が、かすかに聞こえた。
「アイル」とルミナが言った。
「うん」
「私のことは、分かる?」
僕は少し考えた。
ルミナが笑う時のこと、泣きそうになる時のこと、鞄に手を入れる時のこと。それは分かった。でも、ルミナが何を考えているのか、何を求めているのか、本当のところは、よく分からなかった。
「……分からないところもある」と正直に言った。
ルミナが少し笑った。
「正直に言ってくれてありがとう」ルミナが言った。「私も、アイルのことが全部分かるわけじゃないから」
「うん」
「でも」ルミナが続けた。「アイルのことを、一番分かりたいと思ってる。他の誰よりも」
一番分かりたい。
その言葉が、胸に落ちた。温かい言葉だった。でも、どこかが引っかかった。
一番、という言葉が。
「……うん」と僕は言った。
他に言葉が出てこなかった。
その夜、ルミナが眠ってから、僕はまたスマートフォンを見た。
シエルとのトーク画面を開いて、上の方にスクロールした。一週間前、二週間前、一ヶ月前。少しずつ、メッセージの量が減っていった。最初の頃はもう少し長い文章を送っていた。シエルからも、少し長い返信が来ていた。それが、だんだん短くなって、今は一言ずつになっていた。
もっと上をスクロールした。
半年近く前のやりとりが出てきた。ルミナと付き合う前だった。
『今日の昼に来てたよね』と僕が送っていた。
『見ていました。ほうれん草、残してましたね』とシエルが返していた。
『残してない』
『残してる顔してましたよ』
そんなやりとりが、あった。
今は、こういう話をしていなかった。
画面を閉じた。天井を見た。
シエルが「残してる顔してましたよ」と言ったのは、いつだったか。あの頃は、昼休みに窓の外から声をかけてきていた。今は、メッセージすら来なくなっていた。
来なくなったのは、僕が返さないからだろうと思った。
返せない理由は、分かっていた。ルミナがいるから、だった。ルミナがいる時に連絡するのは、なんとなく、しにくかった。ルミナがいない時は、寝ているか、学校にいるか。
いつ返せばいいのか、分からないまま、四日が経っていた。
ルミナが寝返りを打った。気配がした。僕はスマートフォンをそっと置いた。
暗い部屋の中で、天井を見た。
半年前のやりとりが、頭の中に残っていた。
嘘ついてる顔してましたよ。
今のシエルに言われたら、何と返すだろうと思った。
今の自分の顔が、どんな顔なのか、自分では分からなかった。
百合っていいよね…




