第十五話 秋の終わり
書くことがなにもない作者です!ペンネームはふざけてますが内容はふざけてません!
十一月になった。
朝、目が覚めると、ルミナの部屋の天井があった。それが当たり前になって、どのくらい経つだろうと思った。でも、正確には思い出せなかった。いつの間にか、そうなっていた。
カーテンの隙間から光が入っていた。秋の朝の光は、夏より少し傾いていて、部屋の中に長く伸びた。その光の中に、ほこりが浮かんでいた。ゆっくり、漂っていた。
ルミナはまだ眠っていた。
隣で、穏やかな寝息を立てていた。起こさないように、僕は静かに天井を見ていた。
こういう朝が、続いていた。
ルミナが目を覚ましたのは、それから三十分ほど後だった。
目を開けて、最初に僕を見た。それから、ほっとしたように息を吐いた。毎朝そうだった。目が覚めて、僕がいることを確認して、息を吐く。
「おはよう」とルミナが言った。
「おはよう」
「今日も、いてくれた」
今日も、という言葉が、少し引っかかった。いなくなるとでも思っているのか、と思ったが、言わなかった。言っても、ルミナが不安になるだけだと分かっていたから。
「いるよ」と言った。
「うん」ルミナが目を細めた。「よかった」
よかった。その言葉は、付き合い始めた最初の日から、ずっと変わらなかった。
朝食は、ルミナの母が作ってくれた。
トーストと、スクランブルエッグと、温かいスープ。ルミナの母はいつも「アイルちゃんの分もあるから」と言った。最初は遠慮していたが、今はただ「ありがとうございます」と言って座るようになっていた。
三人でテーブルを囲んで食べた。
ルミナの母が話しかけてきた。学校のこと、好きな食べ物のこと、最近寒くなってきたこと。僕は短く答えた。ルミナが笑いながら補足した。
悪くない朝だった。
ただ、シエルが作る朝食を、ふと思った。トーストと目玉焼きとコーヒー。シンプルで、いつも同じで、でも毎回きちんとしていた。
思っただけで、何も言わなかった。
学校へは、いつも二人で行った。
家から学校まで、徒歩で十五分ほどだった。最初の頃は、ルミナの家から学校へ行くことが不思議な感じがしていた。でも今は、それが普通になっていた。
歩きながら、ルミナが話した。昨日見た夢のこと。今日の授業で嫌いなものがあること。体育の時間に転んで恥ずかしかったこと。
僕は聞きながら、隣を歩いた。
道の途中に、小さな公園があった。ベンチが一つと、枯れかけた花壇があるだけの、小さな公園だった。春に付き合い始めた頃、ここで少し話したことがあった。その頃はまだ、花が咲いていた。今は枯れていた。
「ねえ、この公園、覚えてる?」とルミナが言った。
「覚えてる」
「最初の頃、ここで話したよね」
「うん」
「なんか、懐かしい感じがする」ルミナが笑った。「あの頃は、アイルと毎日話せるとは思ってなかった」
「今は毎日話してるね」
「毎日一緒にいるしね」ルミナが僕の手を握った。「幸せだな」
幸せ。
僕はその言葉を、少し頭の中で転がした。
幸せかどうか、自分ではよく分からなかった。悪くはなかった。でも、幸せと言い切れるかどうか、考えると、よく分からなかった。
ルミナが幸せそうにしているのは、分かった。それで十分だ、と思っていた。
公園を通り過ぎて、学校へ向かった。
昼休み。
いつも通り、ルミナと二人で食べた。
窓から見える空が、青かった。十一月の青空は、夏とは違う青さをしていた。薄くて、遠くて、少し寂しい色だった。
シエルのことを、少し思った。
今頃、家にいるだろう。掃除しているか、本を読んでいるか。メッセージを待っているかもしれなかった。今朝は送っていなかった。昨日も、一昨日も、短いものしか送っていなかった。
「アイル、聞いてる?」
ルミナの声で、考えが途切れた。
「ごめん、聞いてた」
「どこ見てたの」
「空」
ルミナが窓の外を見た。「青いね」と言った。「アイル、最近よく空見てるよね」
「そう?」
「うん。なんか、考えごとしてる時みたいな顔で」ルミナが少し首を傾げた。「何考えてるの」
「……なんとなく」
「なんとなく、じゃ分からないじゃん」
「うまく言えない」
ルミナが少し黙った。それから、「シエルのこと?」と聞いた。
少し、止まった。
「なんで」
「なんとなく」ルミナが笑った。笑っていたが、目は笑っていなかった。「最近、遠くを見てる時、シエルのことを考えてることが多い気がして」
「そんなことないけど」
「本当に?」
「本当に」
嘘だった。
嘘だと気づいていたが、本当にと言った。ルミナが不安になるから。そういう回路が、いつの間にかできていた。
ルミナが「そっか」と言った。「なら、いいんだけど」
弁当の続きを食べた。
窓の外の空が、また目に入った。薄い青。遠い空。
シエルが待っているかもしれない、と思った。でも、すぐに考えないようにした。
放課後、学校の帰り道。
ルミナの家に向かって歩いていると、途中で自分の家の方向への分かれ道があった。
毎日通っていた道だった。以前は毎日ここを曲がっていた。今は、まっすぐ進む。
今日も、まっすぐ進んだ。
でも、一瞬だけ、足が止まりそうになった。
なぜかは、分からなかった。何かが引っかかったような気がして、でも何なのかは言葉にならなかった。
ルミナが「どうしたの?」と聞いた。
「なんでもない」と答えた。
また歩き始めた。
分かれ道が、後ろに遠ざかっていった。
夜、ルミナの部屋で並んで教科書を広げていた。
ルミナが問題集を解いていた。僕も自分の課題をやっていた。静かな時間だった。ルミナが時々「ねえ、これ分かる?」と問題を見せてきた。分かる時は教えて、分からない時は一緒に考えた。
そういう時間は、穏やかだった。
ルミナが机に突っ伏した。「疲れた」と言った。
「もうやめる?」
「もう少しだけ」ルミナが顔を上げた。「アイルがいてくれると、頑張れる」
「勉強と僕は関係なくない?」
「関係あるよ」ルミナが笑った。「アイルがいないと、一人で頑張れない気がする」
一人で頑張れない。
その言葉が、少し引っかかった。いつからそうなったのだろうと思った。付き合う前のルミナのことを、僕はほとんど知らなかった。付き合う前も、こういう人だったのか。それとも、変わったのか。
「ルミナは、一人でいられる?」と聞いた。
ルミナが少し首を傾げた。
「アイルがいなければ、ということ?」
「うん」
「……いられるけど」ルミナがゆっくり言った。「いたくない」
「いたくない?」
「うん。アイルといる方が、ずっといいから」ルミナが問題集に目を戻した。「アイルは、一人でいられる?」
今度は僕が少し止まった。
一人でいられるか。
以前は、一人でいることが当たり前だった。誰もそばにいなくて、それが普通だった。シエルがいたが、シエルはいつも少し離れたところにいた。
今は、一人でいることが、ほとんどなかった。
「……分からない」と答えた。
「分からないって」ルミナが笑った。「アイルらしい答え」
アイルらしい。
その言葉を、今日は少し違う気持ちで聞いた。ルミナが言う「アイルらしい」と、クラスメイトが言っていた「アイルって感じじゃなくなった」が、また頭の中でぶつかった。
どちらが本当のことを言っているのか、今日も分からなかった。
夜遅くなって、ルミナが眠りについた。
僕はしばらく、眠れなかった。
天井を見ていた。ルミナの部屋の天井。傷の位置と、染みの形を、ほとんど覚えてしまっていた。
スマートフォンを手に取った。
シエルへのメッセージの履歴を見た。最後に送ったのは、三日前だった。『今日も遅くなります』という一言だった。シエルからの返信は『分かりました』だけだった。
それ以降、何もなかった。
シエルから連絡が来なくなっていた。いつ頃からか、少しずつ減っていた。以前は『今週帰ってきますか』とか『気をつけてください』とか、短くても何か来ていた。今は、僕が送った時だけ既読がつく。
シエルが何を考えているのか、分からなかった。
諦めたのかもしれない、と思った。連絡しても返ってこないから、諦めた。
その考えが、胸の中で静かに痛んだ。
痛みの理由が分かっていたが、考えないようにした。考えると、どうすればいいかが分からなくなるから。
シエルにメッセージを打とうとして、やめた。
夜中に送る理由が、やはり見つからなかった。眠れないから、だけでは、理由にならない気がした。
スマートフォンを置いた。
天井を見た。
ルミナの寝息が、静かに聞こえていた。
窓の外は、静かだった。秋の夜は、虫の声も少なくなっていた。夏より静かで、少し、寂しかった。
シエルがいる家も、今頃静かだろうと思った。
静かな家で、シエルが一人でいる。
それを思うと、また胸が痛んだ。
でも、明日の朝になったら、また忘れるだろうと思った。
ルミナが起きて、「いてくれた」と言って、息を吐く。そうしたら、また今日みたいな一日が始まる。
そういう毎日が、続いていた。
窓の外で、風が動いた。
木の葉が落ちる音が、かすかに聞こえた。
秋が、終わりに向かっていた。
ルミナの声で、考えが途切れた。
「ごめん、聞いてた」
「どこ見てたの」
「空」
ルミナが窓の外を見た。「青いね」と言った。「アイル、最近よく空見てるよね」
「そう?」
「うん。なんか、考えごとしてる時みたいな顔で」ルミナが少し首を傾げた。「何考えてるの」
「……なんとなく」
「なんとなく、じゃ分からないじゃん」
「うまく言えない」
ルミナが少し黙った。それから、「シエルのこと?」と聞いた。
少し、止まった。
「なんで」
「なんとなく」ルミナが笑った。笑っていたが、目は笑っていなかった。「最近、遠くを見てる時、シエルのことを考えてることが多い気がして」
「そんなことないけど」
「本当に?」
「本当に」
嘘だった。
嘘だと気づいていたが、本当にと言った。ルミナが不安になるから。そういう回路が、いつの間にかできていた。
ルミナが「そっか」と言った。「なら、いいんだけど」
弁当の続きを食べた。
窓の外の空が、また目に入った。薄い青。遠い空。
シエルが待っているかもしれない、と思った。でも、すぐに考えないようにした。
百合っていいよね…




