燃え尽きる炎の中で
ガキン! ガキン! ガキン!
エリックはまだ鉄猿に殴られ続けていた。
(なぜあそこに一匹だけ魔物が?)
ロナンは必死に立ち上がろうとしていた。
体は震え、足は自分の体重すら支えきれない。
震える手で杖を前に向けた。
ゆっくりと、オレンジのマナオーラが杖の先に集まり始めた。
だんだん光が濃くなって、赤くなっていった。周りの空気も震え出した。
【 M-MINI HELL FIRE 】
杖の先の光が急に消えた。彼はうつ伏せに倒れて、気を失った。
その瞬間、俺は最弱の速さで、何も考えずにエリックに向かって走り出した。
(もしあいつが死んだら、俺の「遊び舞台」が一つ失われる……!)
鉄猿の足元の地面が突然オレンジ色に変わり、ロナンの魔力発動によって赤く染まった。
「ハアアアア!!」
エリックの怒りの叫びが響いた。
右手の鉄のガントレットを強く握りしめ、鉄猿の頬を殴りつけ、その魔物は横に倒れ込んだ。
その一撃の後、彼の体はふらつきながらも前に進み、鉄猿が立っていた場所に取って代わり、その足は熱を帯び、今にも爆発しそうな地面を踏みしめた。
「ドォォン!!」
炎の爆発が彼の立っていた場所で炸裂した。赤い炎が空を焼き尽くした。
燃え盛る炎の中、一瞬だけ黒い影が見えた。
俺たちは息を呑んで立ち尽くす。
やがて炎は弱まり、次第に縮んでいく。
焼け焦げた地面には、赤い火がかすかに揺れていた。
そこに…
…エリックはまだ立っていた。
体は前かがみに折れ、鎧は焼け焦げている。呼吸は荒い。
今にも倒れそうなまま、動かない。
ガキン! ガキン! ガキン!
鉄猿の拳が容赦なくエリックに浴びせられた。速い、重い、連続だ。
一発一発が空気を切っていた。
そして——
鉄猿の攻撃を無視して、エリックは真っ赤な目で、こっちを見ていた……俺と仲間たちの方をまっすぐ見た。
俺たちも彼と目があった。その瞬間…なんか変だった。
(さっきの目は……何だ?まるで『なぜすぐに助けない』とでも言いたげな……それとも別の意味か?リンは怪我をしてる。キャシーは魔力切れ。ロナンは気絶。残っているのは俺だけ…)
「いいだろう。」
俺は真剣に前を見た。
(少しだけ速く。もう少しだけ…)
俺は最弱の動きのまま、わずかに速度を上げた。
「危ない!」叫んで、鉄猿に飛びかかった。
両手で後ろから魔物の腕をガッチリとロックした。
鉄猿は動けず、ただ暴れて逃れようとするだけだった。
「エリック!今だ!」
「はっ…?」
近くで見ると、その体はもうボロボロだった。
エリックの目がゆっくりと動き、状況を理解しようとしているようだった。
「す、すまない……」
彼は右手を動かし、木に突き刺さった剣を引き抜こうとする。
「そうじゃない!!」鉄猿をロックしながら叫んだ。
エリックの剣を掴もうとした手が止まった。迷っているようだった。
「目には目を!お前の拳で、この魔物をぶっ倒せ!……お前、ハンターだろ!」
俺の叫びが響き、彼の決断を揺さぶった。
しばらく、彼は黙ったまま。何も言わなかった。そして……
「そうだな、お前の言う通りだ」
エリックは両手をぎゅっと握りしめた。
うつむいたまま目を閉じ、肩を小さく震わせる。
まるで感情を押し殺しているかのように。
「ハアアアア!!」
ボゴボゴボゴ!
その拳が鉄猿を何度も何度も殴り続けた。
日差しの中、エリックの兜の横で小さな白い光がチラチラ光っているのが見えた。
(泣いてるのか?)
俺は少しだけ笑った。彼の気持ちがわかる気がした。
鉄猿が地面に倒れて動かなくなった後、俺はエリックの前に手のひらを差し出した。
「お前の気持ち、わかるよ。」
パンッ
彼も手を合わせた。ハイタッチした。
「お前にはわかんねえよ。」
◆◆◆
大きく茂った木の影の下、戦闘の後の空気はどこか静まり返っていた。
キャシーはエリックのそばにしゃがみ、両手から柔らかな光を放ちながら、ゆっくりと傷を癒している。
幹の反対側では、ロナンが粗い樹皮にもたれるようにして、ぐっすりと眠っていた。
まるで体が限界を迎えたかのように。
風が静かに吹き、頭上の葉を揺らし、揺れる影を地面に落とす。
リンの短剣から血が落ちていた。彼女は鉄猿の死体のそばでしゃがんでた。
地面にはマナクリスタルが集められており、まだ血の染みが残っているものもある。
濃い灰色のものもあれば、小さな青い核が入っているものもあった。
俺は彼女の前にしゃがみ込む。
「それ、何に使うんだ?」
「ギルドに持っていけば売れるんだ。品質次第で値段は変わるけどな」
(本に書いてあった通り……)
「アンタもハンターでしょ?アンタの地域じゃマナクリスタルどうしてるの?」
「川に捨てる」
(やばい!適当に答えてしまった。)
「マナクリスタルは水に溶かすとポーションになるって聞いたことがある……
ってことは、アンタの地域ではポーションを作ってるの?」
俺は焦って汗をかき、視線を逸らして現実から目を背ける。
「…あ、ああ……」
リンは真剣な目で俺を見つめた。
『 こいつ、また嘘をついてる… 』
リンはわずかな疑いも見せず、そのまま話を続けた。
「おそらく……あんたがここに迷い込む前にいた場所は、『AXELIA』って街だな。
『ATLANZ』からだと、一週間ぐらいかな。」
「情報ありがとう。ところで……」
俺は両手を上げて、前でしゃがんでる彼女の前に出した。
「水、もらえるか?」
リンは俺の前で、自分の両手に付いた血を見つめていた。まるで今になって気づいたかのように。
「……あっ」
それから彼女は、地面に投げ出されたパーティーバッグの方を見た。
二人でうつむいて、バッグの中身を冷たい目で見た。楽しいものじゃないって分かってるみたいに。
バッグは開けっぱなしで、中身が地面に散らばってた。
水を入れる大きな箱がその横に転がっていた。
蓋は開いたままで、こぼれた水が地面に染み込み、はっきりと湿った跡を残している。
俺たちは、エリックとロナンの横で仰向けに倒れているエリックの近くに立っていた。
冷たい目でエリックを見てる。リンは、一滴も出ない水袋を、まだ寝てるエリックの顔の上でひっくり返した。
「悪い…」エリックの声は平坦で、罪悪感は欠片もなかった。
俺たちは旅を続けた。
空は晴れ渡り、広大な草原の上に青く広がっている。
太陽は強く照りつけ、風に揺れる一面の緑へ光を落としていた。
周囲に木は一本もない。
俺はロナンを背負っていた。エリックとキャシーは、だるそうに背中を丸めながら歩いている。
やがて、透き通った青い川にたどり着いた。
俺は浅い川に、そのまま寝転がった。
服もそのまま水に沈み、冷たい流れが体を包み込む。
すごく気持ちよかった。
夕暮れが近づき、キャシーが歩み寄ってきた。
頭を下げ、半分水に浸かった川辺に横たわる俺の上に身をかがめる。
ピンクの髪が下に垂れ、ほとんど水面に届きそうだった。
彼女は静かな声で、小さなことを淡々と話している。
キャシーは川に杖を向けた。
【 ICE BIND!】
川は一気に凍りつき、氷が四方へ広がって対岸にまで届き、流れていた水の流れを断ち切った。
俺はまだ、流れのある川辺に寝転がっていた。
岸ではリンとキャシーが、凍りついた川を見てはしゃいでいる。
リンは氷の上に乗って、うさぎみたいにピョンピョン跳ねながら歩いて、満面の笑みを浮かべていた。
しかし次の瞬間、彼女は足を滑らせた。
リンの手の中で、二本の短剣が高速で回転する。
【 BRUTAL STABS 】
彼女は楽しそうに、凍った氷の表面を素早く削っていった。
次々と場所を移動する。
魚たちは次々と岸へと投げ出され、キャシーの近くに積み上がっていく。
◆◆◆
木陰の中で焚き火の音が響いていた。焼き魚の匂いがロナンの鼻をくすぐる。
彼はゆっくりと目を開けた。
「もう飯の時間か?」ロナンが小さく呟く。
俺は木に刺したままの焼き魚に息を吹きかけた。
ロナンはそのまま座り直し、焼かれている魚を見つめながら嬉しそうな顔で待っていた。
エリックは木に刺した焼き魚を手に持ち、すでにかじった跡が見えていた。
彼はそれを噛みながら俺を見た。
「寒くないのか?」
水が頭から足先まで全身を濡らしていた。
服もびしょ濡れになり、座っていた場所には湿った跡が残っている。
「いや、もう慣れてる」焼き魚を見ながら俺は言った。
ロナンは立ち上がり、座っている俺の方へ歩いてきた。
「それは困る……街はもうすぐ近いんだ」
俺の後ろで止まり、肩を掴んだ。
【 FIRE BREATH 】
服から熱い蒸気が立ち上り、一瞬で乾いた。俺が座っていた地面も、あっという間に乾いていく。
「っ……ありがとう……」
魔法で服を乾かしたことに驚きながら、俺はそれを見ていた。
「どういたしまして」
ロナンは自分の場所に戻り、再び座って焼き魚を食べ続けた。
リンは焼き魚を手で持ち、すでにかじった部分をそのままにして、大きな木の根の上でキャシーの近くに座る。彼女は上から俺を見下ろしていた。
「ノイトラマ……アンタ、もうかなり迷ってるんじゃない?街の門に入るための身分証は持ってるの?」
『んぐ…』俺の口は焼き魚を噛みしめたまま動き続けた。
「やっぱり……」 心の中で彼らは同時に思った。
「登録も支払いも、私が手配します。ROCK HORNと戦った時の恩がありますから」 とキャシーが言った。
俺の視線は上に動き、キャシーを見上げた。
「あ、ありが…」
俺が言い終わる前に、リンがキャシーを見ながら言葉を遮った。
「私もノイトラマに借りがある。登録は私に任せて」
突然、背筋に冷たいものが走った。
(恩があるだと?お前を助けたのは俺じゃないぞ…)
「自分の世話もできないくせに、人の世話なんて……無理でしょう……」
「はっ! ……んだと、きさま……」
「何も……」
「速さを見せろ! 今、ここで!」
「誠意を見せてください。できないなら、あなたはゴミと同じです。」
—— キャシーはリンを見つめた。
「あなたを助けたのはエリックです。ノイトラマではありません」
「でも、あいつだって私を助けようとして飛び出したんだろ!?同じだろが!」
「まあまあ、落ち着いて」ロナンが二人の喧嘩を止めようとしていた。
彼らの声は俺の耳には遠く、くぐもって聞こえていた。
……手に持った焼き魚を見ながら、俺はエリックが鉄の猿と戦っていた時のことを思い出した。
正確には、彼がボコボコにされていた時のことだった。
(……素晴らしい。大勢の前で、完膚なきまでに叩きのめされ、手も足も出ない。
これこそが至高の弱者の姿……。くくく、俺は想像以上に完璧な弱者を刻めるだろうな。)
「いつか…必ず!」
そして食べた。
◆◆◆




