適当流『NAMELESS STYLE』
過去
質素な古い木の家の中、俺は古びたテーブルに座っていた。
『THE OUTSIDE WORLD』っていうタイトルの古い本が、横に置いてあった。
俺の前には、タイトルのないボロボロの紫色の表紙の本があった。
(俺は強くなりすぎた。強さの果てに何がある?ヴェドラの森の魔物や獣どもと戦い続けても、世界はただ静かになっていく……すべてがもう退屈になったんだ。)
俺はその紫の本を開く。そこには何も書かれていない白紙のページが広がっていた。
右手に羽ペンを握っていた。
俺の視線は、机の上に置かれた黒い剣へと移った。本の隣に静かに並べられている。
(この剣を握るたび、退屈な気持ちが湧いてくる。まるで、全ての欲求も楽しみも、この剣に奪われたみたい。)
(かつて俺は、あえて一太刀で魔物を斬るのを避けようとしたことがある。)
記憶が蘇る。 RIPPER SNAKEとの遭遇だ。
体幅二メートル、全長は数十メートルにも及ぶ巨大な蛇。
黒い体に黄金の模様が走っていた。
ザシュッ!
俺の剣が一閃、その尾の先を綺麗に切り落とした。
暗い血がボロボロの切断面からにじみ出る。
俺はただ立っていた。背後には、幅二メートルほどの木がある。視線は下に落としたまま、表情は変えない。
蛇は痛がってシューッと鳴き、巨大な体をくねらせ、二本の大きな牙で俺に飛びかかってきた。
牙が迫る――
その瞬間、背後の木は粉々に砕け散った。だが、そこに俺の姿はなかった。
気づけば俺は、巨大な蛇の側面をゆっくりと歩いていた。剣の切っ先が地面を軽く叩き、乾いた音を何度も響かせる。
そして………
ガキン………………!
俺は剣を素早く一閃、上へと振り上げた。剣が風を裂き、鈍い唸りが空気を震わせる。鋭い金属音が響いた。
それと同時に、地面の枯れ葉が舞い上がり、木の葉までもが切り裂かれるように落ちていく。
………ザシュッ!
俺の横を通り過ぎていった巨大な蛇の体から、幾度も斬撃を浴びたかのように、血が空中へと吹き出した。
その蛇は怯えたように慌てて、俺から離れていった。
俺は黙ったまま。
カチャ…カチャ…
剣から血が滴る音。
「リーパーバニーが蛇を狩る時、いつもこのような感覚を味わっているのだろうか……」
俺は鼻で笑った。
「悪くない。」
血にまみれた体を引きずりながら蛇が背を向け、逃げ出そうとした瞬間、俺はすぐに構えを取った。
突きの構えのまま、剣先をまっすぐ前へと向ける。
両手で柄を強く握りしめ、剣を頭の横まで引き上げた。いつでも飛び出せるように。
シュッ――!
俺の体は素早く前方へ飛び出した。
足元の枯れ葉が、動きによる風の波で散らされ、吹き飛ばされた。
ザシュッ!
真っ直ぐに通り抜けた。次の瞬間、蛇の背中から血が吹き出した。
シュッ――!
俺の足は静かに立ち木の幹へと降り立った。そのまましゃがんで、体のバランスを整えた。
周囲の空気がゆるやかに渦を巻き、着地の衝撃を吸収して木をその場に留めた。
木の根元に積もっていた枯れ葉が、俺の衝撃波に巻き込まれ、四方へと舞い散った。
俺は逃げる蛇の体へと再び素早く飛び出した。
再び通り抜けた。蛇の背から血が噴き出した。
しゃがんだまま、俺の足は立ち木の幹に音もなく着地した
俺はその攻撃を何度も繰り返した。
ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!
黒い稲妻のごとく木から木へと跳び移りながら、俺は追い続けた。
通り抜けるたびに、蛇の体から血が止めどなく噴き出した。
上から見れば、必死に逃げていた蛇は少しずつ動きが鈍くなり、通った後には血の跡が続いていた。
殺すことなく、ただ傷だけを刻む斬撃を何度も何度も。
ドクン!
突然、心臓の鼓動が響いた。
俺は跳躍の途中で即座に動きを止め、そのまま地面へと着地する。
顔が強張り、恐怖が込み上げていた。
オレンジ色の夕空を見上げた。
黒い炎のオーラに包まれた人影が、空に浮かんでいた。
放たれるマナオーラがすごく強くて濃い。俺を威圧するほどに…
体が震える。冷や汗が顔を伝う。恐怖が包み込み始める。
空に浮かんでいたのは、長い白髪を持つ一人の老人だった。
その髪は解かれたまま、夕風にゆらゆらとたなびいていた。
老人の目がゆっくりと下を向き、俺へと鋭い視線を落とした。
片側が鋭く、もう片側が鈍い大剣が、片手で首の後ろへと担がれていた。《 GREAT SWORD 》
赤黒いオーラが全身を覆い、その濃さと重さは周囲の空気そのものを歪めているかのようだった。
【 JUSTICE…】
老人は大きな剣を頭上に掲げ、両手でしっかりと握った。
(重い…)
そのマナオーラから放たれる威圧感は非常に強く、周囲の空気が押し下げてくるかのようで、俺は少し膝を折った。
シュッ――!
灼熱の黒い炎が、黒い流星が空から落ちるかのように、素早く下方へと落ちていった。
【 SLASH!】
老人は瀕死の蛇を力一杯斬りつけた。
ドォォン!!
その攻撃の爆発で、土が空高く舞い上がった。
「うぐっ!!」
衝撃波が広がり、俺に直撃して大きく吹き飛び、地面を転がりながら何度も転がされた。
老人を中心にした黒い炎が急速に広がり、地面を這うような炎が俺を通り過ぎていった。
「ぐはっ!!」
俺の体は、彼が作り出した黒いマナオーラの壁に激突し、無理やり膝をつかされた。
口から血が出た。
(甘い…)
目の前の景色が見えた。
老人がぼんやりと見える。
彼は大きな剣を片手で肩に担ぎ、ゆっくりと俺に向かって歩いてきた。
黒い霧が辺りを包み込んだ。
老人以外は、何も見えなくなった。真っ暗だ。
まるで、暗闇の中の彼と俺だけの決闘場みたいだった。
(甘すぎた…この男の前じゃ、俺はまだまだ弱い!)
老人は俺の前で足を止め、膝をついて息を切らしている俺を見下ろした。
「動物や魔物を、遊び半分で苦しめるな。分かったか」
威圧するような目で俺を見据える。
その言葉を聞き、俺は耐えきれないほどの重い羞恥を抱えながら視線を落とした。
「はい……父さん」
◆◆◆
木のテーブルで、過去を思い浮かべた後、左腕にもたれかかっていた。
(楽しみで苦しめるな。つまり…)
…悲しみで苦しめるのはいいのか?)
「………」深く考えてた。
(考えれば考えるほど、考えないほうがいい…!)
「だが、今の俺は違う!!」
俺の目が興奮で見開かれる。
右手に持った羽根ペンを頭上に軽く掲げ、勢いよく一回転させた。
その拍子に、わずかにインクが飛び散り、隣の古い机へと落ちる。
サッサッサッサッサッサッ
羽ペンが白紙の上を踊るように走る音が響いた。
(外の世界に出た時の夢を書こう。
もし「まだ強すぎる」という退屈に取り憑かれるのなら……
ならば——弱すぎる存在になればいい!
きっと…それは楽しいはずだ!)
一文字ずつ、俺は羽ペンで白紙のページに書き綴っていった。
(第一条。外の世界で人間に出会ったら、蟻程度までマナオーラを抑えること。
俺はただのアリ… ただただのアリ…
第二条。知らない誰かを助けたら…助けた後、死んだふりをする。
第三条。弱い魔物は、もっと強い誰かに投げろ。)
サッサッ
第十五条……
サッ…サッ…サッ…
俺は『NAMELESS STYLE』と書かれた本を閉じた。《適当流》
◆◆ 現在◆◆
朝日が木の隙間から差し込み、露で濡れた森の地面を照らしていた。
空気が清々しく、遠くで鳥のさえずりが聞こえた。
「ロン… ロン…」
エリックはロナンのふくよかな肩を何度も揺さぶり、無理やり起こそうとしていた。
ロナンはゆっくりと目を開ける。
まだ視界はぼんやりとしているが、やがてヘルメットを外したエリックの顔がはっきりと見え、ようやく意識が戻ってきた。
その後ろには、俺と彼の仲間たちが、すでに出発する準備ができているかのように立っていた。
「もうご飯の時間か?」ロナンはまだ眠そうにそう言った。
「もう街に戻る準備をしてるんですよ!」と、すでに魔法使いの帽子を被ったキャシーが、まだ寝転がっているロナンを見下ろして言った。
「今食べたら、魔物に襲われたときに道で自由に動けなくなる」 と、俺の近くに立っているリンが言った。
ロナンは立ち上がって、まだ眠そうな目をこすり、無表情で俺を見た。
「NOITRAMA……町まで一緒に行かない?」と、起きたばかりの掠れ声でロナンが言った。
「もちろん!」 と俺は自信たっぷりに彼を見た。
(こいつの行動こそが、今の俺の本『NAMELESS STYLE』を書くきっかけになった。ロックホーンの攻撃を避けた時のことを思い出す。ただ避けるだけでなく、死んだふりまでして……さらに上を行く、眠り続けるということを!)
俺はあくびをしながらその場に立つロナンを観察していた。
左手でふくよかな腹をさすり、あまりにも気だるそうな表情を浮かべている。
(弱いだけじゃない。隙だらけだ。)
俺はロナンを尊敬の念を込めて見つめた。
ロナンは俺の視線に気づき、どこか不思議そうな表情を浮かべた。
「なんだよ、その目は」平然とした顔でロナンが言う。
そして、そのまま俺の方へ歩いてきた。
「ふむ……」ロナンは顎に左手の指を当てながら、まるで俺の全てを値踏みするように見つめていた。
「ど、どうかしたのか?」俺は興味半分で尋ねる。
「君のマナオーラ、だいたい僕と同じくらいだ。頼りになれそう。」
ロナンが右手を差し出して、握手を求めてきた。
「これからよろしく頼むよ」ロナンはそう言い、俺の手が応じるのをじっと待っていた。
「どうして俺のマナオーラが君と同じだってわかるんだ?」
そして、俺たちは握手を交わした。
「僕はハンターだからね。ハンターなら、マナオーラを目に集中すれば、相手のオーラ量がわかるんだ。」
(ん?!…なんかこの感じ…なんだ…?)
ロナンと握手したばかりの右手を見つめた。
ロナンが手を離した後、俺の手のひらには何かが残っていた。
光を受けて、薄く光る粘液のようなもの。
「うぐっ……」俺はそれを見て、表情に出さないよう必死に右手のひらを見つめる。
(汗?)
「へっ………」
俺は少しだけ笑みを浮かべながら、感嘆したようにそれを見ていた。
ロナンの背中が、仲間たちの方へ歩いていくのが見えた。
(こいつ……まさに傑作だ)




