無限の修行
ドォンッ!!
俺たちの激突の轟音に、獣たちは恐怖に駆られて逃げ出した。
木々は吹き飛び、砂煙があたり一面に巻き上がる。
黒竜は容赦なく攻め続けてくる。左右の爪で荒々しく叩きつけ、時折、尻尾を縦横に振り回してくる。
俺は、避けることしかできねぇ。
一撃一撃に、とんでもねぇ破壊力が乗ってる。
叩きつけられるたびに、地面は砕け散っていく。
(ずっと、俺はマナオーラを剣術にのみ注いできた。
鋭さと速さ、その二つだけに。
純粋な体術——殴ることにも、素手での防御にも
流し込むという発想は、一度も浮かんだことがなかった。)
来る日も来る日も、俺は片手で竜の尻尾の一撃を受け止めようとした。
一日目。
ドォンッ!!
「ぐはっ!」体が吹き飛ばされる。
二日目。
ドォンッ!!
「重っ…」足が引きずられる。
三日目。
ドォンッ!!
「もう一回だ!」なんとか足を滑らせずに受け止めた。
四日目。
ドォンッ!!
(……弱まっている?さっきの尾撃で腕が痺れたというのに、今は随分と軽く感じる。
片手で受け止められるくらいには……疲れてきたのかもしれない。
親父からもらった外の世界の本、『外界』に書いてあった。
強いマナを持つ竜は、極めて高いプライドを持つ、と。
ここで仕留めてしまえば、また退屈に戻るだけだ。
――それだけは、断じて御免だ。)
「ぐっ……」俺は突然、片膝をついた。左手で胸を押さえる。まるで激痛に耐えているかのように。
足を震わせ、怯えた声を漏らしながら、俺はドラゴンに指を突きつけた。
「……俺の負けだ。お前は強い。だが、明日もう一度叩き潰してやる。」
目をぎゅっと閉じたまま、俺は叫んだ。
(どうだ、黒竜。プライドを傷つけずに、これで引けるだろ?)
俺は黒竜の反応を盗み見たが、そこに映ったのは完全に予想外の光景だった。
「グォォォォーーッ!!!」
それは、これまで以上に凄まじく、空間を震わせるほどの怒りに満ちた咆哮だった。
(まさか、この竜……全然疲れてねぇのか?)
竜は両の爪を地面に深く食い込ませた。翼を大きく広げ、筋肉は今にも弾けるばねのように張り詰めている。
俺は長く息を吐いた。
「いいだろう。そこまで言うなら、この戦いを終わらせてやる。」
俺はすぐに腰を落として構え、黒赤いマナのオーラを全身に纏った。
静寂。
風が吹き抜け、土煙が俺と黒竜の間を通り過ぎていく。
荒れ果てた戦場の中央で、残っているのは俺と黒竜だけだ。
互いに鋭い視線をぶつけ合い、すべてを終わらせる一撃を狙っている。
ドンッ!
黒竜が一度、全力で翼をはためかせ、凄まじい速度で俺に突っ込んできた。
ジェットドラゴンフィストは確かに致命的な技だ。だが、さっきまで何度もわざと食らってやったせいで、最初ほどの威力はもうねぇ。
竜の右の爪が真っ直ぐ俺に伸びる。凄まじい破壊力で押し潰すつもりだ。
周囲の空気が唸りを上げ、空間を引き裂く。
俺は片足を強く踏み込み、地面を砕いて足場を作った。
冷静に左手を上げ、その一撃を受け止める。同時に、その勢いを殺す。
瞬間、衝突点から衝撃波が広がり、周囲の地面を削り飛ばした。
圧力は凄まじく、肘がわずかに曲がる。体は後ろへ押し込まれ、両足が大地を引きずりながら長い跡を刻んだ。
空気が重い。まるで時間そのものが鈍ったかのようだ。
それでも俺は冷静なまま。表情一つ変わらねぇ。
数十メートル押し込まれたところで、その圧がふっと消えた。
最後の衝撃が波のように揺らぎ、静かに消えていく。
黒竜の体が前のめりに崩れ落ちた。頭が俺の目の前の地面に叩きつけられ、大地を砕き、土煙を巻き上げる。
沈みかけた夕日の薄明かりの中、俺は冷たい目でそれを見下ろしながら、黒いマナを纏った右手を持ち上げた。
終わりだ。
【 破壊拳 】
放たれた一撃は、竜の頭へ向かって叩き込まれる。
ドォンッ!!
上から振り下ろした拳が、圧倒的な力で直撃した。
一瞬で地面が割れ、隆起し、空へと吹き上がって四方へ弾け飛ぶ。
まるで竜が空から落ちた時のように、巨大なクレーターが生まれた。
土砂と岩片が絶え間なく降り注ぐ。
黄金色だった夕空は、濃い土煙に覆われ、まるで夜が早まったかのように暗く沈んでいく。
ゆっくりと土煙が降りていく中、俺はその場に立ち尽くす。
視線は、ただ竜に向けたまま。
頭は砕け、体はもう動かねぇ。
「遊びはもう終わりだ。お前のおかげで、新しい力を手に入れた。……ありがとう」
◆◆◆
その夜、静まり返った暗闇の中、ヴェドラの森にある小さく古びた簡素な家。
木々の間では蛍が淡く点滅し、穏やかで静かな光で闇を照らしていた。
「……ズ、ズズ……」
濡れた地面を這うように、俺の足音と黒竜の巨体を引きずる重苦しい音が混ざり合う。
俺の後ろには長い跡ができていた。
その圧倒的な重さによって、乾いた葉は押し分けられ、細い枝がへし折れていく。
夜の空気は冷たく静かで、ただ、俺が刻む重く規則的な足音だけが響いていた。
俺は歩き続け、ようやく我が家から50メートルほど離れた大木の下に、黒竜の死骸を引きずり、横たえた。
カチッ……カチッ……
家の外、およそ30メートル離れた場所で、俺が火打ち石を打ち鳴らして焚き火を起こす音が響く。
パチパチと音を立てて、火が燃え上がった。
俺は竜の尾の付け根の前に立った。
右手を横へと伸ばす。
「来い!」
先の戦いの最中、どこかへと吹き飛んでいた俺の剣を呼び寄せた。
ひゅんっ。
まるで瞬間移動したかのように、俺の手のひらに黒い剣が現れた。俺はそれをしっかりと握りしめる。
シュッ! シュッ!
息を呑むほどに速い上下の縦斬り二閃。
黒竜の尾の付け根が軽やかに切り裂かれ、その強固な黒い鱗をいとも容易く断ち切った。
切り落とされた丸太のような肉の塊が、俺の目の前へと転がる。
俺はそれをテーブル代わりに使っている近くの平らな岩の上に置き、さらに三角錐の形に切り分けた。
そしてその肉を持ち、ここからそう遠くない川へと向かって歩き出した。
川は、夜の暗闇を突き通すように、淡く透き通った青い光を帯びてきらめいていた。
水面に反射するその光はゆらゆらと揺れ、どこか現実離れした静けさを醸し出している。
道中、蛍がゆっくりと点滅し、俺の歩みを導くように自然な光の道を作り出していた。
さらさらと流れる水の音に、夜風の柔らかな囁きが混ざり合う。
蛍の光と川の青い輝きの中を歩き続け、ついに俺はきらめく川岸へとたどり着いた。
そこには、毛皮に魔物の血をべったりとつけた一羽の白兎が、川の向こう岸に立ち尽くしていた。
そいつの頭上には、戦闘力を示す「7600」という数字が浮かんでいる。
その兎は体長が2メートルもあり、長く鋭い爪を持っていた。
そいつは今、川の水を飲んでいるところだった。
(まだ REAPER BUNNYへと進化していない、KILLER BUNNYか。十分な量のマナオーラを吸収しちまえば、さらに恐ろしい魔物へと進化するはずだ。)
対岸にいる俺の姿を認めると、そいつは頭を上げ、血のように赤い瞳でじっと俺を睨みつけてきた。
俺はそんな兎を無視し、蛍と月光の美しい輝きに包まれながら、透き通った川の流れで竜の肉を洗い落とした。
きれいに洗った肉を、敷物代わりに地面に広げた大きな葉の上に置く。
それから、体を洗うために浅い川の中へと横たわった。
川幅はわずか8メートルほど。その浅瀬に背中を預けながら、俺はただ静かに空と月を見上げていた。
「今夜は、本当に綺麗な夜だな」
澄んだ川の流れに身を横たえながら、俺はふっと笑みを浮かべ、その兎へと視線を向けた。
「そう思わねぇか、可愛いウサギちゃんよ?」
その兎は俺との視線を外し、背を向けてその場を立ち去った。
(うっ……兎に無視されるってのは、思った以上に心が痛いな……)
俺はため息をつき、空を見上げる。
(正直、黒竜との戦いにはまだ満足してねぇ。見方を変えれば……)
俺は、黒竜が放った最後の一撃、俺が「ジェットドラゴンフィスト」と呼んだあの技を思い出した。
片手で受け止めたものの、その衝撃で数メートルも押し戻された。
(あれは良くない……もし、あのとき俺のすぐ後ろに危険な崖があったとしたらどうだ?)
俺は自分が未知の深淵へと真っ逆さまに落ちていく姿を想像した。
(もし俺の後ろに、どうしても守り抜きたい大切な何かがあったとしたら?……くそっ。想像しただけで腹が立つ。つまり……)
「……」
「はは……はははっ」
俺は静かに、だが内に滾るような笑みを漏らした。それと同時に、身体からマナオーラが再び激しく立ち上る。
「俺は、まだまだ強くなれる……!」
◆◆◆
俺は竜の肉を串に刺し、家の近くで焼いた。
そして、親父からもらった「The Outside World」という古びた本を開いた。
(その本には、森の外での暮らしが記されていた。貨幣の仕組み、商人の生活、狩人の生き方、貴族における美しさや容姿の概念……他にも様々なことが。)
俺はその本に書かれていた内容を読みながら、焼いた肉を口に運んだ。
「美しさや格好良さって何だ……。親父と二人で森で暮らしてきた俺には、よく分からねぇな……」
片手で本を閉じる。
「でも、面白そうだ」
俺はニヤリと笑い、竜の肉を食い続けた。
翌日、湖の端に、四メートルはある巨大なカニが静止していた。
その鋏は巨大で、硬質な光を放っている。
頭上には「8300」という数字が浮かんでいた。
俺はシャツを脱ぎ、雑に放り投げる。
「よぉ……カニ」
俺は歩み寄り、その前で立ち止まった。
肘の高さまで手を上げる。
指先がそいつを指す。
「見せてみろよ、お前の技を」
一秒の静寂。
「バキッ!」
次の瞬間、そいつは俺の足を持ち上げ、地面に向かって頭から叩きつけた。
ドガァン! ボガァン! ズガァン!
右へ、左へ、そしてまた右へと、そいつは俺を何度も何度も地面に叩きつけ続ける。
地面が砕け、土煙が激しく舞い上がった。
俺の体が繰り返し打ちつけられたことで、地面にはいくつもの穴ができ始めていた。
「うっ……」
視界が激しく揺れる。
(生まれて初めて、奇妙な感覚を味わっていた。それは痛みじゃない……眩暈だ)
両手で口を押さえる。
顔が青ざめる。
「ま……待て……」
カニは動きを止めた。
俺は鋏に逆さ吊りのまま、荒い息を吐く。
「……他の技はないのか?」
その後すぐ、カニは俺の体を高速で回転させ始めた。
速く、さらに速く。
世界が回る。空と地面の区別が消えていく。
「うっ……」
(もう限界だ)
俺は手を離した。
「ぐえっ……」
吐瀉物が空中へ放たれ、回転する体と一緒に弧を描く。
朝の光の中で、色鮮やかな虹が浮かび上がった。美しかった。
――ヴンッ!
俺は数十メートルも先へと投げ飛ばされ、虹色の残像をまき散らしながら地面を転がった。
土煙が舞い上がり、やがて俺の動きが止まる。辺りは静寂に包まれた。
俺はその場に倒れ伏したまま、ぼんやりと空を見上げた。
「……本当に恐ろしい……」
俺の手がわずかに震えていた。
これまで鍛え上げてきたはずの強さも防御力も、眩暈というあまりにも単純な生理現象の前には、こうもあっけなく無力化されてしまうのか。
意識が急激に遠のいていく。
体がひどく重い。
「……まずいな」
視界が真っ暗に染まっていく。
――バタン。
俺はそのまま、意識を失った。
◆◆◆
翌日。
大きな木の幹に、金色の模様を持つ巨大な黒蛇が巻き付いていた。
頭上には「28000」という戦闘力の数字が浮かんでいる。
「よぉ、Ripper Snake。見せてみろ……お前の技を」
そして──
「ぐぁっ!痛ぇ……毒が……クソが……!」
翌日。
暗く湿った沼地で、四メートルはある黒いカエルを見つけた。
「よぉ、BLACK FROG……」
そして──
「は?何だこれ……?」
気づけば俺の体はすでに半分飲み込まれていて、両足だけがカエルの口から突き出ていた。
翌日。
そこにて──
「よぉ、Red Dragon……」
そして──
「熱っ!!熱い!!」
翌日。
そこにて──
「よぉ……」
時が経つにつれ、俺の声は次第に気だるく、どうでもよさそうになっていった。
「よぉカニ、また会ったな……」
翌日。
「よぉ Ripper Snake……また会ったな……」
さらにその次の日も、その次の日も。
俺の声は完全に気だるく、退屈しきっていた。
「よぉ……」
「よぉ……」
「見せろ……」
「よぉ……」
「お前の技を……」
今夜、俺は浅く澄んだ川のせせらぎに身を委ね、ただ静かに水面へと横たわっていた。
冷たく心地よい流れが、俺の体を優しく撫でるように通り過ぎていく。
周囲では無数の蛍が舞い踊り、その微かな光が暗闇の中で美しく明滅していた。
流れる水の音が耳に心地よく響く。
なのに俺の目は、月をぼんやりと見つめていた。
ずっと奥に沈んでる、あの退屈を抱えたまま。
「まただ、この退屈が俺を襲う。いつまで続くんだろう……明日が、この森での最後の日だ。」
今、俺はかつて親父と共に暮らした、古びた質素な家の中へと足を踏み入れた。
ギィ……ギィ……。
木の床を踏みしめるたび、一歩一歩の音が静かな室内に響き渡る。
ふと使い古された木製のテーブルに目を向けると、そこには二冊の年季の入った本があった。
俺は懐かしさを覚える表情でそれらを見つめた。
その本の表紙には、『THE OUTSIDE WORLD』と『NAMELESS STYLE』の文字が刻まれている。
俺はそれらを手に取り、腰に結びつけた小さな鞄へと滑り込ませた。
背中に背負っていた剣を抜き取ると、俺はそれを古いテーブルの上に静かに置いた。
そして今、俺は戸口の前に立ち、重い気持ちを抱えながら外の世界へと向き直る。
「……あばよ、親父」
俺は一歩、外へと踏み出した。
俺はもう、ヴェドラの森『 VEDORA FOREST 』にいる強くて特殊な魔物や動物の能力は一通り見てきた。
(以前とは比べものにならないほど耐性と防御力が上がり、出会ってきた魔物から多くのスキルも手に入れていた)
退屈そうな表情と気だるい目つきで、俺は指を前に向けた。
「お前が最後だ、黒竜。技を……見せろ。」
「……」
(この竜は他の奴らとは違う。空気が重い……戦闘力は……97000。)




