飢えた本能
俺はゆっくり目を開けた。
最初に見えたのは、夕方の広いオレンジがかった黄色の空だった。
俺はかなりの速度で空中を漂っていた。
黒竜の攻撃による赤い雷の残効がまだ体にまとわりつき、まるで彗星のような見た目になっていた。
(気絶してたのか、俺?)
「 どうやらまだ竜の攻撃で吹き飛ばされ続けているらしい、ん……体はそれほど痛くない。……着地しようか?」
「……」
「かつて読んだ一冊の本に記されていた、外の世界……そこへ行きたいと思う。だが、方向がわからない。だからこそ…………今着地しようが後で 着地しようが…結果は同じだ。」
俺は目を閉じて、自信たっぷりに笑った。
(迷子…)
突然あることに気づいた。
「この辺りのマナエッセンスはかなり軽く感じる。もうヴェドラの森を出たのか?」
俺は赤い彗星みたいに空を飛び、だんだんスピードが落ちて降り始めた。
でも気にせず、自分の考えに没頭した。
「まさか、こんな方法があるとは……」
バキッ!
俺の体は斜めに木にぶつかった。高速で突っ切ると、中くらいの木が何本も折れて倒れた。
ようやく地面に当たり、何度か転がった。
大きな木に背中がぶつかり、背骨が激しくしなった。
俺はすぐにうつ伏せになって、片手で背中を押さえた……
「ああぁ……ああぁ!」
……立ち上がって、服についた土や枝を払い落とした。
「ヴェドラの森を抜けたか否か……確認しておくのも悪くない」
俺の顔つきが変わり、目が冷たくなった。
「そろそろ、本気を見せるとしよう」
【 AURA ZONE 】
瞬間、足元の枯れ葉が俺から離れるように一気に吹き飛び、宙へ舞い上がった。
俺はゆっくりと目を閉じる。
耳に残るのは、ただ低い唸りだけだった。
静まり返った中、俺は全部のマナオーラをあらゆる方向に広げた。
「ん?!…この感じ…」
俺は意識を耳に集中させ、遠くの音を拾う。
「エリック、危ない!」
ドォン!! ドォン!!
「今だ!氷魔法を放て!」
カチン…
「ああぁ…めっちゃ寒い、なんかおしっこしたくなってきた…」
バキッ!
「ああっ…足が!早く治してくれ!」
俺は目を開け、顔を上げて、声のした方へ視線を向けた。
両目が赤く光り、まるで獲物を狙う獣のようだった。
俺のマナオーラが爆発した。
黒い霧が足元から溢れ出し、大きく広がりながら空中へ舞い上がり、周囲の光をすべて呑み込んでいく。視界に残るのは、地面と木々だけだった。
「俺と同じ言葉だ……間違いない…外の世界……!」
◆◆◆
俺の足は走る……速く……さらに速く! 次の一歩で、地面が激しく爆ぜた。
周囲の景色はすべてぼやけ、漆黒の霧が俺を中心に渦巻いている。
遠くから見れば、それは黒い嵐のように、森を覆いながら広がっていた。
闇の中で、俺は高速で駆けていた。目は大きく見開かれ、鋭く前を見据えている。表情は変わらない。
やがて——
無意識のうちに思い浮かぶ——
暗闇の水面に落ちる、一滴の水を……
……その暗闇の中で、水辺近くの地を這う魚が、水を求めて必死に動いている。
同時に、俺は心の中で呟いた。
(俺の夢の一つが、今あそこにある。……早く……より速く)
俺はそのまま走り続けた。
木にぶつかり、粉々に砕けても、首がわずかに傾くだけで、表情はまったく変わらない。
そして、まだ遠く離れた場所から、彼らの声が聞こえた。
「エリック…そろそろ限界かも……」
「しっかりしろ、リン! 俺たちを見捨てるな!!」 と必死な声が響いた。
それを聞いて……
「死んだ? リン……リン!」俺は叫んだ。
その瞬間、さっき水辺にいた魚の光景が脳裏に浮かぶ。
水の一部が土に変わっていくイメージ。
(早く……より速く)
そして——
踵がうっかり自分の足に当たった。
バランスを一瞬で崩し、俺は前のめりに倒れて、そのまま地面を転がった。
遠くで爆発音が聞こえた。
俺は地面に倒れたまま、ゆっくりと頭を持ち上げ、その声のした方向へ視線を向けた。
「今の爆発は何だ?」
戦いの爆発音を聞いて、俺は冷や汗をかきながら不安になった。
「エリック、どうやら僕たちは勝ったみたいだ…へへっ。帰ろう。」
その瞬間、俺は魚のそばの水がどんどん遠ざかっていく光景を思い浮かべた。
「まだ勝つな!!俺を待てくれ!」
俺は焦って立ち上がり、そのまま……走った!
「ありえない…あ、あの化け物、また起き上がってる!」
その言葉を聞いて、反射的に安堵し、俺は息を吐いた。
「よかった」
距離が約500メートルにまで縮まったところで……
「俺はただのアリ… ただ…ただのアリ……」
【SILENT】
俺は一瞬で黒い霧の外へと抜け出し、音もなく走り出した。
全力で走ったあと、俺は普通の速度に切り替えた。木々や岩を避けながら進む。
(これで、誰が俺のマナオーラを見ても、蟻みたいに小さくしか見えない。
つまり、戦闘力1ってわけだ)
俺はまだ息が荒かった。
高さ十五メートルほどの崖の陰に身を隠し、下を覗き込んで状況を確認する。
あの四人に目立った傷はないが、明らかに疲弊している。
「四人か……血の匂いはしない……無事のようだな。」
「………」
俺は目の前の光景に驚いた。
水色の服に魔法使いの帽子をかぶった女性は、長い白い金属の魔法杖を持っており、その先端には青い水晶が付いている。
それとちょっと露出の多い服を着た黒い髪の人が、木の後ろに隠れていた。
その姿はすごく目立っていた。初めて見た。
「あれが女ってやつか?
まさに本に記された通りの特徴だな。
女をこの目で見るのは、これが初めてだ。」
全身鎧の勇敢な男も見えた。盾と剣を持って、前線で戦う準備をしている。
顔まで鎧で覆われていた。
「かっこいい…俺もあれを着てみたい…」
視線を移すと、鎧の男の後ろに、短い杖を持って胸の横に本を浮かべている人が立っていた。
体は太っていて、服が入りきらずにお腹が出ていた。
髪は短い巻き毛だった。彼の右手は簡素な木製の魔法の杖を握っていた。
「こういう太った人間もいるのか。『外の世界』という本にも、彼の特徴は書かれていなかった。いい勉強になる。そして相手は…」
俺の視線がずれ、彼らの敵へと向かった。
「なんだあれ?」
石の水牛は片方の角が折れ、全身に剣の傷が刻まれ、至るところにひびが走っていた。
魔物が一瞬、麻痺攻撃を受けたみたいに頭を振った。
高さは約2メートル、長さは約4メートル。
周りには、火の爆発の跡、凍った地面、そして激しい戦いの跡が残ってた。
日が暮れ始めて、森の中は暗くなった。
「もう一回、陣形をやり直すぞ!」 と鎧の男が叫んだ。
カランッ!
盾を上げて、石の水牛に向かいながら剣で盾を叩いた。
【 DECOY 】
盾が透明な白い光を放った。
「モ、モォォォ!!!」
石の水牛が轟音と共に咆哮し、鎧の男に向かって一直線に突進してきた。
角でものすごい勢いで襲いかかった。鎧の男は盾を掲げ、その攻撃を真正面から受け止めた。
衝突の瞬間、激しく火花が散り、彼は巨大な獣を力づくで押し止め、そのまま盾で頭を地面に叩きつけた。
バキッ!!
盾にぶつかった石の水牛の顔がひび割れる音が響いた。
【 MANA VISION 】
鎧の男の戦闘力は3400。
突然、その後ろの帽子の女が杖を緑に光らせた。
【 DEFEND UP 】 と水色の帽子の女が言った。
その女の戦闘力は2300。緑の光が鎧の男を包んで、俺はびっくりした。
(おっ!…あの人の戦闘力が4100に上がった。すげえ!)
ドスッ!
鎧の男は容赦なく石の水牛の頭を地面に押し付け、両方の前足が崩れ落ちるまで押し続けた。
後ろ足はまだ半分立ち上がったままだが。
(石の水牛... 6700。ヴェドラの森で一番弱い捕食者の『 KILLER BUNNY』と比べても、この石の水牛はまだまだ弱かった。)
「今だ!! リン!」 と鎧の男が叫んだ。
木の陰に隠れていた女が素早く前方へ飛び出した。
彼女は軽業師のように跳び、石の水牛の背中を勢いよく踏みつけた、上から強く圧力をかけた。
ドスッ!
石の水牛の後ろ足が地面に崩れ落ち、完全に動けなくなった。
【 STRENGTH UP 】 後列の女の声が聞こえた。
4500…
(リン?……こいつ……もう死んだと思ったよ。無駄に焦らせやがって。)
リンの体が一瞬、赤く光った。両手で同時に短剣をくるくる回して、ぎゅっと握った。
まだ魔物の背中にしゃがんだまま。
「BRUTAL STABS」
カキン! カキン! カキン!
短剣が次々と突き刺さる音が響き、火花が散った。
短剣は、石の水牛の背中のひび割れたところを何度も何度も突き続けた。
バキッ!… バキッ!!… バキッ!
石の水牛の背中が割れる音。
「くそっ…硬すぎる!」 リンは悔しがっていた。
「ロン!まだか!?」
鎧の男は、石の水牛の頭を必死に押さえながら
、太った男に叫んだ。
「あと少し待って! まだマナを集めてるから!」
太った男が返事をした。彼の頭上には、3700という数字が見えた。
俺は膝を立てて座り、肘を膝の上に乗せ、手のひらで頭を支えていた。
まるで景色を楽しんでいるかのような眼差しだった。
(どうやら俺が助けなくても勝てそうだ…)
「………」
(そう思ったところだが…)
キィン………!!
盾から火花が散った。
石の水牛は折れた角を使って滑るような方向転換の軌道を作り、押さえつけていた鎧の男はバランスを崩し、横に倒れそうになった。
「くそっ!…」 と鎧の男が呟いた。
盾の圧力から抜け出した石の水牛は、反抗的に立ち上がった。
「モォォ!!」
「くそっ!!」 リンはイライラしていた。
リンは素早く猛る石の水牛から飛びのいた。
すると石の水牛は、一番後ろの列に向かって突進していった。
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
石の水牛の一歩一歩が、巨大なハンマーが地面を打ち付けるような音を響かせた。
「うおっ!!」
太った男はすぐに横へ飛びのき、地面を転がって回避した。
「CASSEY!! 逃げろ!!」
突然のことに固まってしまった水色の帽子の女に向かって、鎧の男がパニックになって叫んだ。
モンスターがその女に飛びかかろうとした瞬間——
( 見せてやろう……)
——俺は目を見開き、鋭くそれを見据えた。瞳孔がわずかに収縮する。
(本当の『弱者』というものを!)
反射的に、俺の体は一瞬消えたかのような速さで横へ動いた。俺の体は瞬時に空中を駆け抜けた。
音もなく、予告もなく、俺はすでに薄い青色の帽子の女のすぐ隣にいた。
《適当流》!!
「危ない!!」 と俺は叫んだ。
右手で女を押し、彼女を後ろへ約4メートル飛ばした。
俺が着地する前に、石の水牛はその角を俺の腹に叩きつけた。
一瞬のうちに、石の水牛の頭が俺の体に押し付けられた瞬間、俺の指はその首の下側をたたいた。
石の水牛は、まるで役立たずのゴミでも捨てるかのように、俺を無造作に横へ投げ飛ばした。
「うわああ!!」体が投げられる中、俺は叫んだ。
「うぐっ!!」地面にぶつかって転がり、俺はうめいた。
「バキッ。」背中が大きく反って、木に叩きつけられた。死んだふりして、そっと目を閉じた。
片目をちょっと開けて、彼らの反応をこっそり見た。
太った男以外は、みんな驚いた顔で俺を見てた。
その顔を見てから、また目を閉じた。
( 完璧!)
俺が死んだふりをしたら、石の水牛が急に倒れた。
紫色の結晶が地面に転がり出た。
「お前、大丈夫か?!」
「脈はまだある! CASSEY、あんた彼を治して! マナオーラがめっちゃ低い! 死んじゃうかも!」
とリンがパニックになって言った。
「は、はい!」
(は?……死ぬ?——ああ……そういえば、俺はまだマナオーラを“アリ程度”に抑えていたっけ。今の彼らには、俺は死にかけの蟻にしか見えていない……か。)
目を閉じていても、マナオーラを通して彼らが見えた。
魔物の攻撃をかわした太った男は、まだうつ伏せに倒れたままで起き上がっていなかった。
他の三人がパニックになる中、俺は目を閉じたまま、ちょっと笑った。
(あの太った男、いつまで死んだふりを続けるつもりだろう?)
◆◆◆
CASSEYの両手から淡い青い光が放たれ、俺の胸へと向けられた。
近くで焚き火が灯り始める。
その上には鍋が吊るされていた。
そして、足音が近づいてくる。
「死んだのか?」と太った男が近づきながら、まだ気絶したふりを続ける俺を見下ろして尋ねた。
「ううん、まだ生きてる。彼のマナオーラがゆっくり戻ってきてる。もうすぐ目を覚ます」 とCASSEY が答えた。
彼女の手はまだ俺の胸の上に浮かんでおり、その表情は心配でいっぱいだった。
(いつ起きようか…?
心の準備がまだできてない。)
「死んだふりも終わりか?、ロン」
リンがそう言って、俺の隣に座った。
彼女は片足をだらりと伸ばし、小さな木の幹にもたれて、腕を組みながら太った男を見た。
「ごめん、ちょっと寝てた」 とロンが気まずそうに頭をかきながら言った。
《 CASSEY 》キャシー はようやく回復魔法を止め、疲れたため息をついた。
「もうすぐ目を開けるはず。深刻な怪我はありません。」
鎧の男が木のスプーンで鍋をかき混ぜていると、CASSEYの言葉を聞いて手を止め、驚いた顔で彼女を見た。
「鎧なしで「ROCK HORN」の直撃を受けて、怪我はない?」
キャシー は真剣に一度うなずいた。
リンは同じ真剣な顔で彼女を見た。
「どこかの有名なハンターかもしれない」
鍋の湯気が俺の顔に当たり、俺はまだ気絶したふりを続けてた。
(この匂い…初めてだ。)
反射的に目を見開いた。
(間違いない!これが外の世界の本物の食べ物だ!)
「起きた」 とリンがちらっと俺を見て言った。
「うぅ…」
まだ仰向けに寝転がったまま、ゆっくりと体を起こして座り、苦しそうな顔をした。
無垢で何も知らない顔で、みんなを見回した。鎧の男はもう兜を脱いでいた。
木の器に食べ物を入れて、スプーンを付けた。
「気分はどうだ? よかったら食べろ」
両手でそれを受け取った。見たことない食材が入った、温かい黄色いスープをじっと見た。
食べたくてたまらないって顔がはっきり出てた。
ピンク色の髪の美しい女性が近づき、優雅に俺の横に膝をついた。
「私、キャシー 。ロックホーンの攻撃から助けてくれてありがとう。本当に恩があります。」
彼女は優しく自己紹介した。
俺は彼女の美しさに、しばらく目を奪われていた。彼女が恥ずかしそうに目を逸らすまで。
「私、リン。よろしく」とリンが焚き火の近くで立って、自分の器に食べ物を入れながら、ちらっと俺を見た。
「僕ロナン。それいらないなら…代わりに僕が食べる」と太った男が、もう口いっぱいに食べながら、期待した目で俺を見た。
その後、鎧を着た金髪の男が、器を持ったまま俺を見た。
「俺は エリック 。パーティーリーダーの『THE LOST WING』だ。お前の名前は?」
俺は黙ったままだった。
間近で見ると、一つだけはっきりわかったことがある。
(彼らは弱すぎる。でも…)
自己紹介が終わるのを見てから、手の中のいい香りのする器を見下ろした。
(この退屈は…)
スープの表面が鏡みたいに、自分の口元の笑みを映していた。
(もう消えていた。)
◆◆◆
空の器がきれいに積まれ、みんな食べ終わった後、俺たちは焚き火の周りに座っていた。
「ノイトラマ、お前を『ATLANZ』の首都のギルドで見たことない。ハンターとしてどの地域の出身だ?」 とエリックが聞いた。
ロナンは焚き火のそばで早々に眠り込んでいたが、それ以外の全員が俺のほうを向き、答えを待っていた。
本で読んだ知識によれば、ギルドとは依頼を受ける場所であり、ハンターは自分のランクや実力に応じた報酬付きの任務を与えられるらしい。
(どう言えばいい……?)
(黒竜に襲われて、ヴェドラの森から来たなんて……本当に言うのか?)
俺は彼らを見渡しながら、一人ひとりの顔を冷静に見極めた。
彼らは純粋な好奇心で俺を見返してきた。
(連中の実力から見て……信じるはずがない。最悪の場合、面倒な疑いをかけられるかもしれない)
後ろで寝てるロナンをチラッと見た。
(今も、自分のマナオーラを彼にピッタリ合わせてある。よし…プランB。)
俺はあぐらをかき、左手のひらを右手の上に置き、月を見上げた。
「実は俺、どこのギルド出身だったかすらもう忘れてしまったよ。 ただひたすら魔物を狩りながら流浪を続けていて……気づけば、こんな様だ」
月を見ながら、涙がにじんできた。
( そうだ、俺は今、自分の運命を嘆いている。)
俺の答えを聞いたエリックは、右手で目元を覆い、表情を隠すようにして鼻をすする。
キャシーは両手で口元を押さえ、心配そうな目で俺を見つめていた。
「それは大変ですね」キャシーは静かに言った。
リンは信じられないというように片手で口元を覆い、呆然と俺を見つめていた。
『こいつ……嘘ついてる。』 リンは信じられないという表情を浮かべていた。
俺は月から視線を外し、まだ呆然としているリンへと向けた。
「そういえば、リン……さっきのロックホーンとの戦いで、エリックが叫んでいたのを聞いた。“俺たちを見捨てるな!!”……あの時、何が起きた んだ?」
俺の質問を聞いて、リンは慌てて冷や汗が出た。
「そ、それは…わ、わたしが……」 と緊張しながらどもった。
彼女がそこまで慌てているのを見て、エリックは目をこすりながら、すぐにそれを遮った。
「代わりに俺が話す…あの時は……」
リンの耳に、話の声が遠くなっていった。
彼女は俺から視線をそらし、焚き火を見つめた。
俺の声も、エリックの声も、そしてキャシーの笑い声も、談笑する音すべてが遠く、くぐもって聞こえていた。
『どうして気づかなかったんだろう……
私は半径三十メートルの感知スキルを持っている。
あの時、彼の気配はまったく感じなかった。
腕の立つアサシンでも、微かな痕跡くらいは残すはず……
キャシーを助けたことで、このことを完全に忘れていたのか……?
でも、一つだけ確かなことがある……』
その視線は、エリックやキャシーと笑い合う俺へと密かに向けられている。
彼女の耳には、その笑い声はまるで音のないもののように感じられていた。
『こいつ、マナオーラを隠してる』
「もしよろしかったら、迷ってしまった時のことを教えていただけますか?」とキャシーが言った。
「あああ...3ヶ月前、何度も蛇毒に刺されて、それにウサギモンスターに何度も襲われて......あげく——」
「もう十分だ。それ以上、もう聞きたくない……」
エリックは寂しそうな声でそう言い、片手で目を覆った。
「おそらく、それは「KILL SNAKE」と「MINI BUNNY」ではないかと思います」キャシーは言った。
それを聞いたリンは、ゆっくりと目を見開いて俺を見つめた。
『その声は……嘘をついていない。まさか、こいつ、Dランクの魔物なんかに負けたのか!?』
彼女は、鋭い角を持つ三十センチほどのウサギがあちこちを跳ね回りながら襲いかかる光景を思い浮かべた。
さらに、直径三十センチほどの大蛇の姿も頭に浮かぶ。
(いや、正確には「RIPPER SNAKE」と「REAPER BUNNY」なんだけどな)無表情のまま、心の中で呟いた。
俺が思い描いているのは、直径二メートルを超える蛇と、二メートルの高さで鎌を研いでいるウサギだ。
「ATLANZの町でもう一度ハンターになってみないか?」エリック
気づけば俺の表情は変わっていた。まるで答えがすでに顔に書かれているかのように。
(俺は思い出す……
大事なこと……忘れちゃいけないもの。
それは、かつて自分で本に書き記した夢だ。
小さな約束。あの頃はただの夢にすぎない。今は重く、現実としてのしかかっている)
「ああ、俺はハンターになりたい」




