素手で挑むドラゴンの晩餐
時を経て風化した木の部屋の中、俺は古い木の机を前に、古びた椅子に座っていた。
左の手の平を机の上で開き、ページを広げた古めかしい本を押さえている。
その表紙は歳月で擦り切れ、色あせていた。
部屋を照らすのは、たった一本の松明の微かな灯火だけだった。
ドサッ!
俺は本を閉じた。
表紙にはこう題されていた:『 NAMELESS STYLE 』
「飯、探すか」
俺は森の暗闇の中を歩き出した。月光と、木々の間を舞う蛍の淡い光だけを連れて。
鞘のない黒い剣を背中に背負っている。
少し先では、体長4メートルの大猪が茂みの近くで馬の死骸を貪っていた。
【 SILENT】
俺は魔力のオーラを極限まで抑え込んだ。少し身を屈め、獲物を狙うように暗い森を音もなく進む。
その眼差しは虚無だ。まるでもう何千回も繰り返してきた、無意味な作業であるかのように。
何かを感じ取り、俺は唐突に足を止めた。
背後で、硬いものを削るような不快な音が響いた。
ギギッ……ギギッ……
首を動かさず、視線だけを左に走らせる。
「REAPER BUNNY……」
夜の闇に紛れた太い枝の上で、静寂の中で金属を研ぐような火花が散っていた。
2メートルほどの高さのウサギが直立している。
その目は血のように赤く光り、冷たく虚ろな眼差しで暗闇を射抜いている。
体は漆黒の毛に覆われているが、胸元だけが雪の塊のように真っ白だ。
両手首からは、肩に向かって弧を描く鎌が生えていた。その刃は体と一体化している。
冷静かつ恐ろしい所作で、それは自らの鎌を擦り合わせ、刃を研いでいた。
擦れるたびに、夜の空気の中に小さな火花が舞う。
それは真っ直ぐに俺を見据えていた。
俺を狩る準備はできているようだ。
俺の顔は退屈なままだった。
俺はREAPER BUNNYの方へと向き直る。
《 MANA VISION 》
目を細め、視界に魔力のエッセンスを流し込む。
奴の頭上に数字が浮かび上がった。
28000。
パキッ!
上空から枝の折れる音がした。
近くの大樹を見上げる。
幅2メートル、長さ数十メートルに及ぶ黒い蛇が、頭を下げて幹を音もなく滑り降りてきた。
頭上には33,000という数字が浮いている。
尻尾は太い枝に巻き付いたままだ。
「RIPPER SNAKE ……お前も混ざりたいのか?」
俺の声には、すでに疲れが混じっていた。
蛇はゆっくりと這い、そして突然止まった。
すべてが静寂に包まれる。
俺は正面に向き直り、目を閉じると、あえて体に隙を作るように力なく横へ揺らした。
刹那、蛇が口を大きく開けて飛びかかってきた。まるで放たれたバネのように。
それは凄まじい勢いで地面を叩きつける。
土煙が舞い上がった。
蛇は狂ったように暴れ、獲物を引き裂くかのように虚空を牙で裂く。
REAPER BUNNYはその蛇の体の隙を見逃さなかった。
枝の上で身を屈め、脚をバネのように溜める。
その強靭な太ももの血管が浮き出た。
フッ!!
REAPER BUNNYが目にも止まらぬ速さで飛び出した。
シュラッ!
それは蛇の垂れ下がった尻尾の横を通り抜けただけだった。
一瞬で尻尾は綺麗に切断された。バランスを失った蛇は、大きな音を立てて地面に叩きつけられる。
REAPER BUNNYは、先ほどまで蛇がいた幹に音もなく着地した。
手足で木をしっかりと掴み、その丸く虚ろな目で俺を見下ろしている。
舞い上がる土煙の向こう、蛇の頭はすでに俺の足元で切り落とされていた。
俺はその視線を無視し、死にゆく蛇の激しい暴れの中で静かに立ち尽くした。
ギギッ……
REAPER BUNNYが一振りで鎌を研いだ。
ターゲットを、俺に切り替えたのだ。
ズドォォン!
蛇が立てた大きな音が森中に響き渡った。その振動と重い衝撃は、周囲のあらゆるモンスターの注意を引いた。
一匹、また一匹と、躊躇なく奴らは方向を変え、騒ぎの元へと動き出す。
まるで、バトルロイヤルが始まったかのようだった。
◆◆◆
カチャッ……カチャッ……
モンスターの血が剣の先から滴り落ちる。
夜の静寂の中、数十体のモンスターの死骸が地面に散乱していた。
血は穏やかな赤い川のように流れ、まるで空から降る雨のようだ。
凄惨な光景の真ん中で、俺だけが微動だにせず立っていた。
黒い剣はモンスターの血で濡れ、黒髪と質素な黒いTシャツがその光景の中で際立っている。
目は退屈そうだ。
俺は左手で頬の血を拭った。顔は完全に虚ろだ。
視線を落とす。月明かりの下、血の溜まりの中に俺の姿が鏡のように微かに映っている。
空っぽだ。感情がない。まるで俺の中に何も残っていないかのように。
「俺は強くなりすぎた……。強すぎた……」
俺は目を閉じ、ノスタルジーに浸った。
「父さん、助けて!」
あの頃、俺はまだ小さな子供で、4メートルの大猪から必死に逃げていた。
剣を握りしめ、恐怖で泣きながら。
「走り続けろ、NOITRAMA! 動けなくなるまで走れ。体が勝手に倒れるまでだ。助けるのはそれからだ! 剣を離すなよ!」
それは訓練中の父の厳しい叱咤だった。
剣を握らない日は一日もなかった。
寝る時も、食べる時も、風呂に入る時も、常に持ち歩かなければならなかった。
俺は微かに微笑んだ。
「この淡い郷愁が、俺の退屈を少し溶かした」
父が死んで以来、俺はこの森で一人で生きてきた。
残っているのはモンスターと野獣だけで、果てしない殺し合いが続いている。
VEDORAの森は、魔力エッセンスの濃度が異常に高い地域だ。
ここで適応した動物やモンスターは、強さも防御力も通常の限界を遥かに超えている。
思い出に耽っていると、重い足音が地面を揺らした。
ドシン……ドシン……ドシン……
大地が震える。
その生き物の低い唸り声に、鳥たちがパニックを起こして夜空へと逃げ去った。
新鮮な血の匂いを嗅ぎつけ、そのモンスターは四足歩行で重い足取りで近づいてくる。
通り道の木々をなぎ倒し、踏み潰しながら。
広場に辿り着くと、それは止まり、死骸の中に立つ俺を鋭く睨みつけた。
そしてゆっくりと翼を広げる。筋肉が隆起し、脚を突進の構えへと移す。
体長はわずか6メートルだが、その原始的な力と凶暴さは、他の大型の竜種を遥かに凌駕している。
奴の頭上には、82,000という戦闘値が浮いていた。
俺はその数字を、考えるのも面倒だと言わんばかりの気怠い表情で見つめた。
黒い鱗が月光に輝く。
ドォォン!
閃光のごとく、奴の体は恐ろしい速度で宙を舞い、放たれたバネのように俺に向かって突進してきた。
荒々しく、速く、致命的だ。
力強い羽ばたき一つで地面と周囲の木々が吹き飛ぶ。
三つの爪が俺に伸び、一瞬で握り潰そうとする。
俺はその爪が迫るのを見ていた。
すべてが静まり返る。
時間は信じられないほどゆっくりと感じられた。
「避けることはできる。受け流すことも。カウンターで殺すことだってできる。だが……」
退屈な表情のまま、俺は目を閉じ、圧倒的な倦怠感に身を委ねた。
「俺はもう……全部に飽きた」
ドグシャァッ!!
竜の爪が凄まじい衝撃で俺の体に叩きつけられた。
剣は手から弾き飛ばされ、遠くへと消えていく。
俺の体は宙を舞い、大きな崖に激突した。
引きずられた地面から土煙が舞う。
大きな岩がひび割れて崩れ落ち、俺の周りに降り注いだ。
岩壁には深い人間型のクレーターが刻まれている。
「ぐっ……」
砕けた崖の窪みの中で、口の端から血が伝った。
左手を上げようとする。指が震えていた。
「ヒヒッ……」
こんな感覚、いつ以来だろうか。
「血が騒ぎ、踊っている。アドレナリンが咆哮している。本能が、戦えと叫んでいる。
退屈から呼び覚ましてくれた礼を、しなきゃな」
俺は何をすべきか考えながら、竜の方へと何気なく歩き出した。
おそらく、俺の剣術は俺を強くしすぎたのだ。すべてが虚しく、無意味に感じ始めていた。
あまりに多くのモンスターが一撃で死んでいくから、彼らの攻撃を自分の体で感じるなんて思いもしなかった。
「礼は……素手で叩き伏せてやる!」
俺は不敵な笑みを浮かべて言った。
近づくと、俺は驚いて足を止めた。
予想通り、奴は俺が殺したモンスターを食うためにここへ来ただけだった。
黒竜は前足を上げ、月の光を浴びながらミノタウロスの半身を咀嚼していた。
「うまそうに食ってるな。食事の邪魔をして悪いが、さっさと借りを返したい。今……ここで。」
俺は揺るぎない威圧感を込めて奴を鋭く睨みつけ、右手をゆっくりと握り込んだ。
竜の眼差しが変わった。オーラが変質し、空気が本物の重圧で満たされる。
奴は迷わず食べ物を吐き捨てた。食いかけのミノタウロスが俺の目の前にドサリと落ちる。
ゆっくりと前足を地面に下ろし、四足歩行に移行して、全体重を俺の方へと傾ける。
両翼をゆっくりと、だが力強く持ち上げると、筋肉がくっきりと浮き上がった。
ゴォォッ!!
一振りの羽ばたきが空気を震わせ、周囲を完全に一掃した。
木々が竜巻に巻き込まれた葉のように吹き飛ばされる。
数秒のうちに、周囲は広大な空き地――自然に形成されたアリーナとなった。
竜は俺の前に高く立ち塞がり、鋭く冷たい眼差しで、静かにその力を誇示している。
「ほう……結構な見世物だ」
俺は少し小馬鹿にしたようなトーンで言った。
「じゃあ、俺から行くぞ!」
雷光のごとく踏み出す。一瞬で竜の頭の目の前に現れ、その頭蓋に向けて拳を振るった。
だが、竜は俊敏にそれをかわし、体をひねりながら後退すると、そのままの勢いで尻尾を俺に叩きつけてきた。
尻尾は猛スピードで回転し、あと数メートルで俺を粉砕するところまで迫る。
「剣があれば、切れた。避けようと思えば、それもできた。だが……」
俺は左足を地面に深く突き刺し、アンカーとした。足首まで土に埋まる。
右足と肘を構え、竜の尻尾の打撃を真正面から受け止めようとする。
「うおおっ……!」
ずるずると引きずられた。土台となるはずの左足が耐えきれず、数十メートルにわたって無様に地面を削りながら、両手で必死に押し返す。
ようやく尻尾の勢いを止めた後、俺は痺れて震える手を見て、竜の目を見据えた。
ニヤリと笑う。
「礼を返すってのは、避けないってことだ」
なるほど、剣がないと俺はこんなに弱いのか。
俺はさらに速く突進した。再び竜の頭の目の前に到達し、拳を固めて叫ぶ。
「感謝するぞ。全部お前のおかげだ!」
ガギィィィン!!!
竜の頭に硬い一撃が突き刺さった。奴は眩暈でよろめき、数歩後退する。
俺は右手を見て呟いた。
「硬え。クソ硬えな」
手が何度もジーンと痺れる。
奴らの皮が実際どれほど頑丈なのか、今まで気づかなかった。ずっと剣で殺してきたから。
竜は高く宙へ舞い上がり、純粋な怒りで俺を見下ろした。
翼が力強く羽ばたき、巨大な体を夜空に留めている。
ゆっくりと降下を始めた。両翼を高く上げ、筋肉は今にも解き放たれそうなバネのように緊張している。
体を斜め下に向け、鋭い目は俺をロックオンした。
そして、渾身の力で一度だけ羽ばたいた。
ドォォッ!
竜は弾丸のように上空から急降下し、右の爪を突き出して俺を押し潰そうとする。
「危ない。返しを避けないと言ったせいか、今の俺の体では、あの攻撃は耐えられないぞ!」
冷や汗が吹き出した。パニックが襲う。
ドォォォン!!
竜の一撃が地面を爆発させ、破片を高く舞い上げ、衝撃波で巨大なクレーターを穿った。
俺は岩の上でうずくまっていた。
(まさか、自分で言った『避けない』って言葉を撤回することになるとは……さっきまで、あんなに格好つけてたのに。まあ、いつもは剣で竜を一瞬で仕留めていたから、こいつがどんな能力を持っているのかなんて、……知らなかった」
巨大なクレーターの中心で、竜は激昂して俺を睨みつけ、怒りをぶつけるように咆哮した。
「グルゥゥゥゥ!!!」
威圧感に満ちた咆哮が森中に響き渡る。
俺は長く息を吐いた。
「悪い……」
俺は奴に向かって歩き出す。
「今の、取り消しだ」
冷徹な眼差しで竜を射抜く。
「さて……続けようか」




