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黒剣の退屈  作者: Leopardz
隠す影
17/18

闇への第一歩

ドン!ドン!ドン!


ローズが俺から離れていくのを見て、心臓が激しく脈打った。


シンッ……


耳鳴りがした。目が見開かれる。


(この感覚は……)


時間が遅くなる。


周囲の世界が白く染まっていく。


それでも、ローズの背中だけがはっきりと見えていた。どんどん遠ざかっていく。


手を伸ばそうとしたが、足が動かない。


「ロー、ズ……」


掠れた声は、届く前に沈んでいった。


タッ……


ローズの一歩ごとに、香りが薄れていく。


「嫌だ……戻ってくれ……」


夜風が吹き、ローズの青い髪が静寂の中で揺れた。


タッ……


二歩……距離が離れるほど、彼女の匂いは薄れていく。


「ああ……頼む……ローズ……」


気づけば涙が頬を伝っていた。


心臓がまるで磁石のように彼女へ引かれているのに、俺の体はその場から動かない。


タッ……


また遠ざかる……


「行かないでくれ……」


心臓の鼓動が容赦なく俺を締めつける。


「(アドレナリンが叫び、血が燃えるように熱い)」


その瞬間、眠気は完全に吹き飛んでいた。


俺の手は、虚無の中で彼女を掴もうともがき続ける。


視線はただ、遠ざかり続ける彼女の後ろ姿を追いかけることしかできなかった。


「(俺は……ただ見つめ、願うことしかできない……一歩も動けないまま)」


タッ……


消えた。


呼吸が止まり、体が固まる。すべてが静寂に沈む。


ローズの姿は見えなくなり、代わりに目の前の森の景色がはっきりと映り出す。


俺は自分の胸に手を当て、強く握りしめた。


首を垂れ、心の中で涙を流す。


「香水のブランド……聞き忘れたな」




(ちくしょう……)


◆◆◆


俺の今の気分は、ヴェドラの森に生息する戦闘力52,000の魔物、『DEVIL CAT』のようだ。


元々は『KILLER CAT』という名の獣に過ぎないが、森のマナ・エッセンスを吸収し、獲物を喰らうことで『DEVIL CAT』という魔物へと進化を遂げる。


『DEVIL CAT』は全長3メートルにも及ぶ巨猫で、その尾は剣の刃先が連なったように鋭く、尾の先は槍のような形をしている。


黒い厚手の毛皮に覆われ、白い虎斑模様があるのが特徴だ。


その魔物の習性はかなり異常だ。


ベッドに血の匂いがなければ、眠ることができない。


この魔物は歩きながら口で獲物の肉を切り裂き、地面に血を撒き散らす。


そしてその血の上で寝転がり、身体に血を擦りつけてから、ようやく安らかに眠るという。


◆◆◆


俺は森の中にある大きな崖へと歩いていた。


「結局、俺も『DEVIL CAT』と同じようだな」と呟いた。


「ローズ・オリヴィア……お前のおかげで、『DEVIL CAT』の気持ちが分かった気がする。今は……薔薇の香水にハマりかけているみたいだ」


「明日、宿の近くで買ってみようか。もちろん、キャシーの金で。ベッドに薔薇の香水を振りかけるのも、気持ちいいかも」


しばらくして――


タッ……タッ……タッ……


俺の足が止まった。


俺の足が止まった。


目の前には巨大な洞窟が口を開けている。壁は断崖のような岩だが、天井はそれほど厚くない。


闇……光もない。何もない。見ることもできない。


夜風がゆっくりと吹き込み、洞窟の奥へと入り込む。


その音は長く反響し、壁から壁へと跳ね返って、かすかな囁きに変わった。


俺は完全に目が覚めていた。

眠気は消え、残っているのは、ローズが倒したモンスターの血にまみれた服と顔だけだ。


視線で、その巨大な洞窟をなぞる。


「ゴブリン……探すのはもう飽きた。……まあいい。今度は奴らが、俺を探せ」


心臓のマナオーラを膨らませて、青い炎のエネルギーを全身に広げる。


息を吐くと、マナオーラの煙が口から出た。


(強すぎる必要はない……侵入者だと思わせるには――ロナン程度で十分だ)


タッ――。


俺の最初の一歩が、闇に沈む洞窟の中へ踏み込んだ。


【 AURA ZONE 】


フッ――。


俺の気配が洞窟の全域へと広がり、僅かな隙間に染み込む空気のように、静かに伝播していく。


目には見えないが、確かな圧迫感を持って満ちていく。


中にいるすべての生き物を乱すには、それで十分だった。


弱いはずのその気配は、遅効性の毒のように広がっていく。暗闇の中で、小さな赤い目がいくつも開いていくのが分かる。


怒っている。ざわついている……。


……そして俺は、微笑んだだけ。


俺は洞窟の中へ足を踏み入れる。濃密な闇が、視界のすべてを飲み込んだ。


◆◆◆


洞窟の反対側。


シルヴァは大きな岩の上に座り、手で頬杖をつきながら、横向きに月明かりを受けていた。


リリーは目を黒い布で覆い、イメージトレーニングをしている。別の相手と戦っている自分を思い描きながら。


二人は広く円状に開けた崖の底にいた。静かな月光に包まれている。


シルヴァは下にいるリリーを見下ろす。彼女は何もない空間を、あらゆる方向へ斬り続けていた。動きは速く、意志は強い。だが、そこに実体のある敵はいない。


「もう二日、基礎ばっか叩き込んだ。


三日目に入って……さすがに飽きてきた。今日は面倒だからやらせてるだけ」


「ああ……ほんと最悪。


アサシンが光の下に出るなんて、恥でしかない」


「あたしが本名を使ってる間、光の中に姿を晒すことはなかった。相手の首が地面に転がる時以外は」


シルヴァはギルドに入った時、そしてバス・モントの屋敷に入った時のことを思い出す。


「全部アンタのためだ。Cランクに上げるために」


「何があっても、アンタはあたしのパーティーに入る。シルヴァとしてでも、脅してでもね…NOITRAMA」


しばらくして――


シュオオッ……


二人は“何か”の気配を感じた。


シルヴァは静かに、崖の側面にある大きな洞窟へ視線を向ける。奥は闇に沈んでいる。


同時に、訓練していたリリーの動きが止まった。


「血の匂い………魔物の血」


「あわててない。恐れてもいない。警戒もしてない……まるで、闇に慣れている」


「傷ついた魔物……Dランクの気配。こっちに向かってる」


パンッ!


シルヴァは右手で両目を覆い、強く押さえつけた。息が荒い。


「せっかく今日はあたしが帰って遊べる最後の日だったのに……一つずつ……」


手のひらに力がこもる。


「ほんと……いつもいつも……あたしの邪魔をしやがる!」


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