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黒剣の退屈  作者: Leopardz
隠す影
16/18

バラの香り

上から、少女が青い雷みたいに飛び出した。


剣が月明かりに光って、イノシシの魔物の首を一振りでバッサリ斬った。


ザシュッ!


振り返った瞬間、体が左右にふらついた。


血しぶきが四方八方に飛び散った。


その返り血が俺の服や顔にかかった。


猪の魔物はよろめきながらゆっくりと倒れ込んだ。


その巨体が地面に激しい音を立てて叩きつけられる。


砂煙が一瞬舞い上がったが、やがて夜風に散っていった。


静かだ。


彼女の青い制服が、血で赤く染まっていた。


彼女は息を吸って、剣をさっと横に振った。


剣に残った血が地面に飛び散り、黒い土の上に赤い点ができた。


シャリーン……


そして静かに剣を鞘に収めた。


(血の匂い……)


俺はその少女を見た。


輪郭がぼやけている。意識の縁で揺れる青いシルエット。


曇ったガラス越しの影みたいだ。俺は何度か瞬きをするが、それでも像ははっきりしない。


(何かが起きた)


(それが何かはわからない)


(本能は黙ったまま……)


その少女は歩み寄り、俺の前に立った。


彼女の唇が動き、何かを語りかけてくる。


「…あ、あなた…だいじょうぶ?…一緒に…来て…あなた…顔に…血が…なんで…どこで…」


(声がすごく優しい…)


(…子守唄でも歌ってるのか?)


目がゆっくり閉じて、体がふらついた。


「…ねえ!」


肩をトントンと軽く叩かれた。


体が小さく揺れたが、それだけでは踏みとどまれなかった。


俺のバランスはゆっくり崩れた。長い間倒れるのを待ってた古い木みたいに。


依頼用紙が指から離れ、音もなく落ちた。


誰かが俺の体を受け止めた。


温かい腕が俺を包んで、倒れる前に支えた。


彼女は半分パニックになって、ぎゅっと抱きしめた。


(あたたかい……)


夜の土の匂いと、制服に染みついた血の匂いの奥に、別の何かがあった。


かすかで、淡い香りが、途切れかけた意識の隙間に滑り込んでくる。


「薔薇……」と俺は呟いた。


その香りは消えない、薄れもしない。


むしろ、血の匂いも、土の匂いも、夜の冷たささえも押しのけて、はっきりと存在を主張してくる。


(薔薇の香り…)


ゆっくりと目を開けた。


沈んでいた意識が、少しずつ浮かび上がってくる。


「……死なないで」その声は、まだかすかだが、でもやっぱり優しい声だった。


指を動かす……それから腕も。


ゆっくりと自分の体を押し上げ、立ち上がろうとする。


彼女の腕に少し支えられながら、俺はなんとか立ち上がった。


俺は深く息を吸い、まだ乱れている鼓動を落ち着かせた。


視界はようやく彼女に焦点を結ぶが、頭はまだ軽いままだ。


薔薇の香りが、吸い込む息の中に残っている。


意識の奥まで染み込み、ゆっくりと覚醒させていく。


やがて、その顔がはっきりと見えてきた。


穏やかな瞳。長く広がる青い髪、俺と同い年だ。


「……ありがとう」かすれた声で、かろうじてそう言った。


「無理はするな。あなたはさっき、死にかけていたんだからな」


「……もう慣れてる」


「まだ立てるなら……わたしと来る?」


落ち着いた様子で、彼女は俺の前に手を差し出し、そのまま待っている。


「クリムゾン・アカデミー。ここよりは、安全な場所だ」《 CRIMSON ACADEMY 》


「いいえ……」


俺は足元に落ちていた依頼用紙を拾い、彼女に差し出した。


「ゴブリン……ああ、あなたハンター?」


「NOITRAMA、Eランクだ 」


「わたしはAランク。それとアカデミーの教師……ローズ・オリヴィアだ。よろしくね」 彼女は明るく笑った。 《 ROSE OLIVIA 》


「……どうも」


ローズは依頼用紙に目を落とした。


「この依頼が出たのは三日前だ」


(がっ……3日だと?)


彼女は無表情で俺を見つめていた。


「雑魚のあなたが一人でここにいて……大丈夫?」


俺は慌てて彼女の手からクエストの紙を奪い返し、前に突き出した。


「ゴブリンの場所、分かるか?」


ローズは手を上げ、森の奥にある大きな崖を指さした。


「昔はあそこにゴブリンの巣があったけど……今は分からない」


彼女は一度言葉を切り、俺を見た。


「雑魚のあなたを一人にするのは、寝覚めが悪いの……でも今はアカデミーの警備巡回中。私は動けない、ごめんね」 彼女は淡々と言った。


(こいつ、雑魚雑魚ってわざとか?)


俺はため息をついた。


「……謝る必要はない。これが俺の初依頼だ。自分の人生に歴史を刻みたい」


ローズは俺をじっと見つめていた。


彼女の目に、俺の胸の真ん中で蟻みたいに小さな青い炎が見えた。


『この男のマナオーラ……ひどく弱い。』


『まるで死にかけていて、ただ死ぬのを待っているだけ 』


「へぇ……ロマンチックね。 ほんとに体は大丈夫?さっきは今にも死にそうだったのに」


彼女は目元を覆っていた髪をかきあげた。


声はからかうようだったが、視線は鋭く、瞬きもせずに俺を見ていた。


『でも、私には分かる……こいつは平然と立っているように見えて、何事もなかったかのように話しているのは……マナオーラを隠しているからだ』


ローズは深く考え込んでいた。俺の声は次第に彼女の耳には届かなくなっていた。


「……ああ。お前の体に染みついた薔薇の匂いが、俺を長い夢から呼び戻したんだ」


俺は真っすぐ彼女を見た。


「もう一度、お前の体の薔薇の匂いを嗅いでもいいか?」と、俺は素直に言った。


一瞬、世界が止まったようだった。


『Sランクですら…あそこまで行けば苦戦するはず…… やはり、こいつは……』


現実に引き戻された


「は?今なんて言った?」ローズは思考を切り裂かれたように顔を上げた。


彼女は瞬きもせず、俺の口の動きを見て聞き間違いがないか確かめる。


「もう一度だけ、お前の体からする薔薇の匂いを嗅がせてくれ」


「…………」


『……やっぱり、こいつはもう狂ってる!』


彼女にとって、その場の空気は気まずいものに変わった。


ローズは二、三秒ほど口を閉ざし、頬をほんのり赤らめた。


それから、小さく緊張した笑い声を漏らしながら、数歩後退した。


彼女は震える手で剣の柄を強く握りしめた。


「雑魚のあなたが……本当におかしなやつね。Eランクのハンターがアカデミーの教師にそんな口を利くなんて、初めてだ」 彼女の声は少し動揺していた。


剣が鞘に当たる音が、彼女の震える手のせいで響いていた。


俺は無表情のまま、彼女を見つめた。


『こいつ……目を離すと、気配がまったく感じられない。本当に幽霊みたいだ』


「……ん?ダメなのか?」俺は無邪気にそう返した。

__________________________


ザシュッ!


ローズが俺の胸を斬りつけた。血が空に舞い、俺の体はゆっくりと地面に崩れ落ちた。


「薔薇が欲しい? 」


倒れている俺の体の上に薔薇を振りまく。


彼女は俺を見下ろしながら、冷たい目を向けていた。


それが今、彼女の頭の中にある想像だった。


________________________


素早い動きで、ローズはすぐに振り返った。


彼女は急いで距離を取り、まるで俺から離れようとしてるみたいだった。


「あなたがCランクになったら、きっとまた会える。私は巡回に戻る、じゃあまた。」


振り向きもせず、手だけを振った。


「強い奴ほど変な奴ばかり。カノンもロイも、それにあいつも……」

「まともな脳みそを持ったSランクなんて、一度も見たことはない」彼女は呆れたように溢した。



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