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黒剣の退屈  作者:
隠す影
13/21

ギルドマスターのスキャンダル

シルヴァはギルドマスターの机の前に立っていた。


机の上には花瓶と、整然と積まれた書類が置かれている。


ギルドマスターはその前に座っていた。


引き締まった細身の体。腕にはいくつもの傷跡。静かな気配を纏っている。


カノン・アーク。27歳。 《 KANON ARCK 》


ランクS。


アサシン。


「カノン、この依頼は受けられない」


シルヴァは金色の封筒を机の上に置いた。


「んぐ…」 カノンが小さく唸った。「バスモント公爵の娘に会ったのか?」


「あった。世話役になれって言われたけど、私のやり方じゃないんだ」


シルヴァは背を向け、そのまま出口へ歩き出す。「じゃあな」


ドスッ! ドスッ! ドスッ!


カノンは頭を机にぶつけるまで下げ、駄々をこねる子供のように拳で机を何度も叩いた。


「彼女は君に稽古をつけてほしいと言っただけだ。僕が他のSランクハンターを推薦しても、

彼女は拒否した。君しか見てないんだ」


シルヴァは何も言わず、そのまま歩き続ける。


「それに、君は最近一度も依頼を受けていない。ライセンスの期限が今月で切れるぞ」


「じゃあ、Sランク魔物の首、持ってきてやる」


カノンの甘えた声が消えて、冷たい口調になった。


「ところで…さ、……今日はどうして正面から入ってきたんだい?いつもは幽霊みたいに忍び込んで、顔も出さずにフィナかボクに報告を投げていくだけのくせに」


「あんたに、関係ない」


シルヴァの手はドアノブにかかった。あと少し回せば、出て行く。


「その男…」カノンの目が鋭く動く。


彼女の指が止まった。握るでもなく、離すでもなく。ただ…止まった。


カノンはその一瞬の間を見逃さなかった。瞳に、獲物を追い詰めたような光が宿る。


部屋が静かになった。


「もし彼が魔物を一匹でも持ち帰れたら、Dランクに昇進させてあげよう」

カノンは上機嫌に言い、兎の巣を見つけた狐のように笑みを深めた。


「でもな……」

彼は金色の封筒を手に取り、立ち止まった彼女の背に向けて軽く振る。


トン、トン、トン。


シルヴァは振り返った。足取りは速く、鋭い。


彼の手から封筒をひったくり、今にも破りそうな勢いだった。


「どこまで知ってる……あんたは……」


低い声。視線はカノンを射抜くようで、ランクAハンターでも震えるほどの圧を放っていた。


「…………」


カノンはその視線を無視した。穏やかに見えた。


「君みたいなのが、わざわざ正面から入ってきて、気配も隠さないなんて…誰かに見せたかったんじゃないのか?」


「っ…」


いつもは無表情なシルヴァの顔が、マスクの下でわずかに赤くなる。怒りではなく、ただの照れだった。


「それに君、ある男にウィンクまでして…ハンターたちの噂、聞こえてくるよ…このギルドの壁、薄いな………」

カノンが振り向く。狡猾な笑みと、細めた目でシルヴァを見つめながら。


バキッ!


シルヴァは封筒を強く握り潰した。さっきまで綺麗だったそれは、今や手の中でくしゃくしゃの塊に変わっている。羞恥と苛立ちを押し殺しながら。


それ以上は何も言わず、シルヴァは踵を返して出口へと足早に向かった。


「そっちに行くな…どうせまた噂のネタになるだけだ、僕が面倒になる」とカノンが言った。


「…知るか!」


「さっきの男なら、もう出ていったよ」カノンは気楽な口調で言った。


シルヴァの動きが止まる。


『 あの声……嘘はない 』


カノンは椅子のそばの窓を開けた、窓の外の道を指しながら。


「こっちだ」


舌打ちをして、シルヴァは迷わず振り返り、ギルド二階の窓から飛び出した。


カノンは、夜風で机の書類が飛ばされている、まだ開いたままの窓をじっと見ていた。


「……めずらしいな」 カノンが小さく言った。

「シルヴァ・アヴェラが……人を気にするなんて」


カノンは椅子に背を預け、片手で顔を覆った。


狡猾な笑みを、隠すように。


「こういうのがあるから、僕はギルドマスターが好きなんだ。ハンターたちが弱みを抱えてやってくるのを見て、その上で……僕が、好きに踊れる」


目を細め、愉悦に浸る。


「本当に……最高の退屈には……ちょうどいい……」


肩が震えて、笑いがこぼれそうだった。


「……ッ、くくく」


◆◆◆


その頃、ギルドマスターの部屋の扉の前――ロナンはまだシルヴァが出てくるのを待っていた。


足がだんだんしびれてくる。つま先で床を何度もトントンと叩き、落ち着かない様子だ。


「なんであの女、こんなに遅いんだよ……」ロナンは小さく呟く。

「まさか……」


嫌な想像が頭をよぎる。胡散臭い顔の男。黒い服の怪しい女。閉ざされた部屋。妙な物音。


ロナンはハッとして、慌てて背筋を伸ばし、ギルドマスターの扉を睨みつけた。


「スキャンダル!?」


パチン!


背後から、突然手が肩を叩いた。


「ひいいっ!」

ロナンは飛び上がり、悲鳴を上げかけた。ぎこちない動きで振り向き、心臓はまだ激しく鳴っている。


「ロン、ここで何してんだ、お前?」

エリックが聞いた。


「まだ依頼を受けていないんですか?さっきからずっと待っていましたよ」

キャシーが続けた。


ロナンの表情はもう隠しきれなかった。こめかみに冷や汗が流れ落ちる。


手が震え、ゆっくりと持ち上がる。人差し指はギルドマスターの部屋の扉をまっすぐ指していた。


「ス、スキャンダル……」


「中に女がいるのか?」エリックの目つきが一瞬で鋭くなる。


ロナンは弱々しく頷いた。


「へえ……カノンは家で妻が待っているというのに、ギルドでそんなことをするとは……」

キャシーは皮肉に微笑み、背中に固定していた魔法の杖に手をかけた。

まるで戦闘の準備でもするかのように。


「殺しましょうか?、ここで……」キャシーは冷たく微笑んだ。


パンッ!


エリックは両手を握り、打ち鳴らした。まるで戦いの準備をするかのように。瞳はすでに獲物を狙っている。


「ロン、ここにいるハンター全員呼べ。カノンを集団で焼いてやるぞ!」


――しばらくして。


カノンは椅子に大人しく座っていた。肘を机に付けて、指を顔の前で組んでいる。

扉の外から聞こえるハンターたちの叫び声を聞いていた。


「カノン兄ちゃん……ずるいよぉ!」


「全部の血を出してください!」とキャシーの声がした


「骨だ!全部骨出せ!」とポコが叫んだ。


カノンはゆっくりと目を閉じた。


「…………やれやれ」


フィナは書類の束を抱えたまま歩いていた。ギルドマスターの扉の前に集まるハンターの群れを横目で見る。


「……また"THE LOST WING"ですか」


そう無感情に呟き、そのまま興味なさげに通り過ぎた。


ドン!!


一発の蹴りで、ギルドマスターの扉が勢いよく開いた。


「カノン!この変態野郎!」エリックが叫んだ。


ハンターたちがどっと部屋に入ってくる。


床には書類がたくさん散らばってた。


何十人ものハンターからの非難と罵声が、カノンに浴びせられた。


カノンは平然としたまま、それを無視した。


椅子に座ったまま、両肘を机に乗せ、指を組んで顔の前に置いている。


だが、その目だけは素早く動き、部屋にいるハンターたちの表情を一人ずつなぞっていく。


(違う 違う 違う 違う 違う…… )


やがて、ハンターたちの中に紛れているロナンへと視線が止まった。


『あいつ…?あいつが原因か…?………なぜ安心した顔をしてんだ?』


一人のハンターがカノンに叫んだ。


「カノン、何か言えよ!」


カノンは冷たく彼らを見つめた。


「この騒ぎは何だ。ボクのオフィスを壊すつもりか?」

カノンは落ち着いた声で言った。


「とぼけないでください……」

キャシーが一歩前に出て、杖の先をまっすぐカノンの顔に向ける。


「彼女はどこにいますか?………何をしたんですか?」

キャシーの声が突然冷たくなり、カノンを皮肉っぽく見つめた。


カノンはキャシーの杖を無視した。


「ほう? つまり君たちは、

ボクがシルヴァと閉ざされた扉の向こうで何かしていたとでも思ってるのか?」

カノンは落ち着いた声で言った。


エリックが一歩前に出て、キャシーの横に並んだ。


「話をそらすな! シルヴァは確かに一匹狼かもしれないが、

それはお前が立場を利用して欲を満たす理由にはならねえ。

たとえお前がSランクだろうが……何だろうが……」

座ったままのカノンを、威圧するように睨みつけた。


キャシーとエリックが挑発的にカノンの前に進み出たのを見て、ハンターたちは突然固まり、言葉を失った。


部屋は一瞬で静まり返った。


『僕の殺戮本能が、こんな雑魚に…叫んでる?』


ゆっくりと、カノンは視線を上げ、エリックと目を合わせた。


「……どういう意味だ?」 カノンは威圧するような声で言った。


エリックとカノンは鋭く睨み合う。互いの視線には、重い圧が宿っていた。


部屋の空気が張り詰める。まるで周囲の空気そのものが硬くなったかのようだった。


ポコと他のハンターたちは、エリックとキャシーの前での大胆な態度に驚きを隠せなかった。


『(バカか…!相手はSランクだぞ。タイマンで挑むつもりじゃねえよ!)』


二人を見れば見るほど、同じハンターなのに距離が開いていく気がした。


両手が震える……


……拳を握って、自分に対するイライラを必死にこらえた。

まだ乗り越えられない臆病さともやもやが混ざってた。


『俺のライバルがあそこで平然と立ってるのに………俺は、一歩すら踏み出せねえのか……』


ポコはカノンを鋭く睨んだ。


『……俺は《THE ANGEL WING》のリーダーだ……』


歯を食いしばり、覚悟を決める。


『……こんな状況で並び立てないなら、今までの努力に何の意味がある?!』


タッ…


ポコが一歩前に踏み出し、エリックとキャシーのちょうど中間に位置を取った。


時間がゆっくりと流れる…


「にい……ちゃん……?」筋肉質の中年ハンターが呟いた。


ハンターたちはポコの度胸に驚き、中には気づかぬうちに涙を流す者もいた。


キャシーとエリックは、ロッカー風の風貌のポコがさらに前に進み出たことに驚いた……


……彼の指はカノンを指し、ついにはその鼻先にまで届いた。


「は…?」

今まで落ち着いてたカノンの顔が…今、崩れた。


「カノン! 奥さんを裏切って、恥ずかしくないのか!

家で待ってるんだぞ!それなのに、おまえ……この変態野郎が!」ポコが叫ぶ。


それを聞いて、カノンのこめかみに血管が浮き出した。


シュンッ!


次の瞬間、カノンの姿は椅子から消えていた。残された椅子がわずかに揺れる……


……同時に、室内の書類が一斉に舞い上がった。


……気づけば、カノンはすでにその場にいたハンターたちに背を向けて立っていた。


ドスッ! ドスッ! ドスッ!


部屋にいたハンターたちが次々と倒れて気絶した。


すべてがまた静かになった……


「誰が僕に妻がいると言ったんだ?!」カノンがイライラしながら言った。


「ご満足いただけましたか、カノン様?」フィナはその光景を見ながら言った。


返事はなかった……


カノンはフィナの横を通り過ぎ、下の階段へ向かう。


「フィナ、あいつらが目を覚ますまで、君も他のスタッフも休んでおいたほうがいい。ボクは少し出てくる」


「どこへ?」


「ただの……アーロンの店さ。」カノンは振り返らず、手だけを軽く振った。


コツ……コツ……コツ……


彼は夜の賑わいの中、通りを歩いていた。エリックの視線を思い出す。


『一瞬とは言え……僕の殺戮本能が、叫んでる。あの目は……強い人間と戦い込んだ者の目……いや、気のせいか。』


その一件のあと、エリックのパーティー「THE LOST WING」と、

ポコのパーティー「THE ANGEL WING」は三日間、ギルドへの立ち入りを禁じられた。

◆◆◆









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