シルヴァ・アヴェラ【SILVA AVELLA】
夜。
トッ、トッ、トッ……
静まり返った木の床に、女の足音が小さく響く。
暗い部屋の中で、彼女は全身を黒で包む装いに着替えた。
静かに、彼女は両手に黒い手袋をはめた。
黒いハンター装束が、彼女の全身を隙なく覆っていた。
赤黒い刀身の刀を背負っている。
月明かりだけが差し込む部屋の鏡に、リンの顔がぼんやりと映った。
ゆっくりと髪をほどき、長い髪が肩へと落ちていく。
リンは目を閉じて、昔のことを思い出していた。
次々と思い出がただ流れていく。
『 私が街を救えば…人々は歓声を上げる。
私が化け物を殺せば…人々は安堵して泣く。
でも…誰一人、私を理解していない。
全部、終わるのが早すぎた。
簡単すぎた。
私は……強くなりすぎた。
誇りなんて感じない。
あるのは、虚しさだけ。
誰も私を叱らない、誰も心配はしない、誰も…守ろうとも、しない。』
______________
次の記憶…
「俺はポコだ。俺のパーティー『THE ANGEL WING』に入らないか」
ロッカーみたいな見た目の若いハンター。リンの記憶の中の一場面。
翌日——
「すまない、リン……俺たちはお前をパーティーから外すことにした」
ポコは俯き、重い声で言った。
「お前が一度、俺たちを置いて逃げたことだけじゃない。任務から戻るたびに、お前はいつも瀕死の状態で倒れていた」
少し黙り込んでから、ためらいがちに続ける。
「俺は怖いんだ……いつか、お前が本当に死ぬんじゃないかって。俺がまだリーダーでいるうちによ」
◇
それを思い出し、鏡の前でリンは口元を押さえた。肩が震え、笑いを必死にこらえている。
ふふっ……
「私が傷つくと、あいつらは慌てる」
ふふふっ……
「私より弱いくせに……命まで懸けて助けようとするの?」
「…………」
「それが、弱い者の感情か」
リンは息を吸い……ゆっくりと吐き出した。目を細める。
「……ああ〜、楽しい……退屈しないな〜……」
彼女は、リンに成りすましていたとき、鉄猿に包囲された場面を思い出した。
短剣が鉄猿の体を貫く。
「リン!!」 絶望した俺の叫びが響く。
だがリンの目は、逆に歓喜に輝いていた。鉄猿が一体、一直線に彼女へと飛びかかってくる。
『 来い!』 リンはわざと短剣を手放した。
ボゴボゴボゴ!
俺は驚いて見てた。リンがボコボコに殴られてる
(なぜこうなる!)
【 FI-FIRE……BA―】
「やめてください、ロン。あなたもリンを傷つけます」
キャシーが、まだうつ伏せに倒れたまま言った。
『 弱者たちがパニックに陥っている!やば!……笑いそう〜』
リンが呟いた。
痛いからじゃない。
むしろ、笑いそうになっているからだ。
その拳は、彼女にはまったく効いていない。
彼女の体は膨大な量のマナエッセンスを吸収していて、やろうと思えば指一本でこの魔物を倒すことだってできた。
だが今は、柔らかなマッサージのような拳に揺られているだけだ。
仲間たちの焦った表情を見て……
自分を本気で心配している様子を見て……
「ふふふ……」
肩が震え始めた。
口元を両手で覆いながら、くすくすと小さな笑い声が漏れる
まるでただ耐えているだけのように見せながら。
「危ねぇ!」俺は叫んだ。
エリックが《DECOY》を使った瞬間、俺はそいつを助けようと飛び込んだ。
だが結局、俺の体はそのままリンの腹の上に落ちた。
その瞬間、リンは吹き出しそうになるのを必死にこらえ、呼吸が乱れた。
『 まずい……』
息がだんだん不規則になっていく。
『……ふふっ』
『自分でモンスター私の方に投げたくせに……
……今さら助けようとしてる?』
彼女は笑いが爆発しそうになるのをこらえながら、大きく見開いた目を腕で覆った。
「ぷっ!…くそ…こらえろ…」
しばらくして。
「はぁ……やっと落ち着いた」
ゆっくり腕を下ろした。
目はまた冷たい感じに戻った。
まだ自分の上に乗ってる俺を見て。
「ところで……いつまで私の上に乗っているつもり?」
◇
ガキン! ガキン! ガキン!
エリックが鉄猿のパンチを浴び続けて、やられてた。
《『みんなが僕を見ているよ〜……見てる見てる…』》
……その光景に、リンも目を見開く。
『 まずいな……
エリックが死んだら……私のおもちゃが一つ減る。』
彼女は地面を探り、指で砂や葉っぱの破片、小石をなぞった。
『 武器はどこだ…?
…ちっ、どうやらマナオーラを少し上げないといけないみたいだ。』
ゆっくり、すごくゆっくり、リンは体中のマナの流れを感じた。
手が地面から小石を拾った。
まだ弱々しく傷ついたままの体勢で狙う。
目はエリックを殴り続けてる鉄猿を捉えた。
狙いは——こめかみ。
『 ひと振り。それだけでいい。』
タッ!タッ!タッ!
重い足音。誰かが迷わずエリックに向かって走った。
「ノイトラマ…」
◇
—— 今。
彼女がその出来事を思い出した時……。
鏡の前で、リンの肩が震えた。笑いを必死に堪えている。
……ふ〜、
『 弱者どもが必死に頑張っているのを見ると、本当に……』
……ふふふ〜、
「ははは……あははっ!!」
天井に向かって弾けた笑い声が、部屋に響き渡る。
やがて笑いが収まると、彼女は黒いマスクで口元を隠した。
今や見えているのは、髪と額と腕、そしてその瞳だけ。
彼女は部屋の窓へと歩み寄る。
「ノイトラマ。何があっても、あいつはわたしのパーティに入れる。そうすれば、わたしの楽しさは二倍になる」
窓がゆっくりと開かれる。
ヒュオオッ——
夜風が静かに入り込み、黒い髪を撫で、やわらかく揺らした。
冷たく、軽く、眠りに沈んだ街の静けさを運んでくる。
上階から見下ろす通りはひっそりとして、灯りだけがかすかに瞬いていた。
彼女は手を上げ、指先に挟んだ金色の封筒を見つめる。
視線がゆっくりと、その表面に記された文字へと落ちた。
封筒にはこう記されている。
TO:SILVA AVELLA
RANK:S
次の瞬間、彼女の姿は跡形もなく消えていた。




