6話 近況報告 前編
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離乳食が始まり、「まんま」と話せるようになり、つかまり立ちができるようになった。
かなは目に見えて成長していく。
……そうだな。僕たち双子を引き離そうしたあの事件から、一年くらい経っただろうか?
今のかなは、覚えた単語が増え、大人たちが話す簡単な会話なら意味が分かるようになった。
「ママ」「ゆり」「すき」「いや」などの、短い言葉も自らの意思で口にする。
嬉しい、悲しい、寂しい。そんな感情を、衝動として確かに感じ取れるようになった。
足取りもずいぶん安定し、しっかり立って小走りしている姿を見ると、「子供の成長は風のようだなあ……」と、しみじみする。
一方姉のゆりは、かなよりも少しだけ成長が早い。運動能力はかなと同じくらいだが、言語能力が優れている。
例えば、「かな、すき」や、「これ、ちょうだい」など、2語で話せるのだ。
うんうん。二人の成長が順調で、おじさんは嬉しい。
時には二人とも感情のコントロールができず、喧嘩することだってあるけれど……基本的にお互いがお互いのことを好きで、仲良く過ごしている。
二人にはこのままなんの悪意にも晒されず、しっかり育ってほしいな。
……まあ、そう話がうまく進むのなら苦労しないんだけどね。
今のかな、正確にはかながゆりの頬にちゅっとして、専属ナニーの幼稚な企みを阻止した辺りから、明らかに専属ナニーは、かなに敵意を向けるようになった。
姉だけを贔屓したり、強い視線でかなを射抜いたり、明らかに放置したり。一見真面目に仕事をしているようにしながら、かなにだけそういうことをする。
「かながいなければ、旦那様はもっと幸せでしたのに」
「かな、もっと“いい子”にならないと、旦那様が困っちゃうわよ?」
「かながわがままだから、お父さまが帰ってこないの。あなたは誰にも愛されていない」
今挙げたセリフは、かなが理解できないと思ってこぼしていた、専属ナニーの言葉だ。
……残念ながら、僕が全て覚えているんだけどな。優秀な彼女も、赤ちゃん相手には油断しているのだろう。
どうやら彼女は、かなに劣等感やトラウマを植え付けて、歪んだ人間に育てようとしているみたいだ。
そんなことをする理由の真意は不明だ。でも、理由を推測すること自体は難しくない。
そもそも、彼女は幼稚さと優秀さを兼ね備えた人だ。きっと嫌いな女の赤ちゃんが順調に育つなんて、嫌で嫌で仕方がないとか、そんなしょうもない理由だろう。
だから、決してかなに彼女の言葉を聞かせるつもりはない。僕が表に出て、かなを守り続ける。
妻の書いた物語では、エピローグで彼女と二人で独身街道を楽しんでたけど……僕がいる限り、その未来は来ないだろう。
彼女がまともに仕事してくれないので、今は心の中の僕が話しかけたりなどして、ナニーの真似事をしている。この時期は赤ちゃんにとって大切なのに、かなへのスキンシップや、声掛けの量が圧倒的に足りないからな。
僕はかなに触れられないし、まったく専門知識はないが……それでも、何もやらないよりマシだろう。
そんな生活の中で、一つだけ安心できることもある。
今の彼女は露骨過ぎることはできない。
お母さんは二人を別れさせて育てようとしたあの事件に、ほんの少し違和感を感じたようで、あの日から子ども部屋に見守りカメラを設置してくれた。
カメラがあるおかげで、彼女は自由にやりたい放題できない。
正直それは、かなり助かっている。完全に安心はできないが、その一手は確実に効いていることだろう。
僕が見る限り、彼女は内心かなり焦っているはずだ。
なぜ焦っているのか。
これは、母と専属ナニーの彼女が話している会話を盗み聞いたのだが……彼女は僕たちが4歳の時点で、契約が打ち切られるらしい。
僕たちが4歳になった時点で、母は色んなお稽古をさせる予定らしい。だから、彼女にはタイムリミットがあるのだ。
それ自体は嬉しい反面、焦っているせいで、唐突にとんでもないことをされる可能性もある。
かなの幸せな未来のため、彼女の動向は常に目を光らせておかなきゃな。
見守りカメラのおかげで、露骨な嫌がらせはない。ただ、彼女は巧妙にかなを傷つけようとしているのは確かだ。だから、専属ナニーからの悪意には、僕が表に出て守っているというのは、さっき言ったとおり。
ただし、僕が表に出るのは、彼女が居るときだけ。他のお風呂の時間や、眠る時間、スキンシップなどの時――いわゆる「母親に愛される時間」は、僕は心の奥に引っ込んでいる。
なるべくならこんなに表に出てきたくはないんだけど……専属ナニーが居る時は、そうはいかないからね。
僕が表に出ているせいで、すでに少しだけ、かなの人生に悪影響を与えてしまっている。
例えば、かなが僕のことを認識してしまっていること。
「おじー」
うん。僕のことを好いてくれているのは嬉しいよ。でも、やっぱり少しだけ申し訳ない。
そして、もう一つ悪影響が。
「おーしろいー」
……これ、僕の妻の口癖なんだよね。
どうやら僕が表に出ている間、かなは「僕の記憶の旅」に出かけているみたいだ。
すると、必然的に僕が一番印象に残っている妻の記憶を見ることになる。そこで、変な言葉を覚えてきてしまったってわけだ。
僕の妻の口癖は複数ある。まだ「面白い」なら良いんだ。そこまで悪影響じゃない。
妻は「面白い」の言葉の使い方がおかしいだけで、言葉自体は悪いものでもないから。
妻はこの言葉を、本当に何にでも使う。
例えば、
『あれ?牛乳買ってきてって言ったのに、忘れちゃったの?』
『……面白い』
こんな風に、微妙に負けを認めたくない時。
他にも、
『このキャラにこんな悲しい過去があったらどうなるかなあ?』
『……面白い。続けて』
何かを深掘りしたい時、相槌代わり……万能調味料かってくらい、本当にいつでも使っていた。
僕の妻の言葉の使い方は独特なのだ。
だから、せめて他の口癖は覚えていなければいいのだが……
「おーういう!」
……ああ、もう遅かったようだ。名家のお嬢様に、こんな言葉を覚えさせてしまった。
妻は別にギャンブルをするってわけではない。けれど、この言葉をよく使う。
『私は趣味に人生をオール・インしてるの!』
これが妻が実際によく言っていた言葉だ。
妻は趣味に全力投球して生きている。生活も衣食住も仕事もなんだって、全ては趣味のためだ。
妻のことは大好きだけど……子供にはちょっと刺激が強い人でもあるから。うん。
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