5話 仕掛けてくる 後編
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「奥様、お子様たちのことで、少しご相談が」
とても平穏な声で、専属ナニーが母に語りかける。その静かな調子が、僕には不気味に感じた。
「なにかしら?」
「専属ナニーとして、専門家目線で言わせてもらいます。どうやらこの二人を一緒に育てるのは、お互いの成長にあまりよろしくないと思われます」
「……続けなさい」
「今現在、お二人とも仲良く見えますが……二人きりにさせると、喧嘩が絶えないのです。どうもお互いをライバル視しているようで……」
……ん?
僕たちは喧嘩なんてしたことがない。正真正銘仲良し姉妹なんだが?
続けて彼女は、それはもう母のことを思って提案しているような声色で、こう告げた。
「そこで提案です。お子様を一人、旦那様に預けてみてはどうでしょうか?」
専属ナニーの告げた言葉を理解するとともに、お腹の奥がずしりと重くなった。
一度心の中で深呼吸し、いつもの凪の感情に戻す。そして、ゆっくり頭を巡らせていく。
……なるほどなあ。
彼女のやりたいことはなんとなく分かった。
おそらく、最初はちょっとした思いつきのはず。軽い嫌がらせのつもりでもあるのかな?
母の『あなたたち二人のおかげで、元気で居られる』という言葉を本気でとったのだろう。要は彼女は、母をもっと弱らせたいのだ。
とても短絡的で、幼稚な発想ではある。おそらく本人もそこまで本気にはしていない。
ただ、この提案が後の大事件につながると思えば、背筋も冷えるというものだ。
僕は知っている。この提案が通るとどうなるのかを。
物語では、僕は海外で父とともに育てられることになる。専属ナニーの彼女を連れて。
――そこから、全ての歯車が狂い出すのだ。
父は子育てに時間を取られ、今まで妻や妻の実家との関係改善に使っていた時間がなくなる。
母はより一層残った子に愛を注ぎ、なんとか立派な淑女として育て上げるが……夫との関係は長い間修復しないまま。
そして何より、かなは専属ナニーが母親代わりになり、悪意に満ちた洗脳教育を受けることになってしまう。
そうなれば、後はもう、ざまあ路線一直線というわけだ。
この提案はどうしても飲ませるわけにはいかない。
(かな。ちょっとゴメンな。今だけ、俺に出しゃばらせてくれ)
「だうー!」
……ありがとう。優しい子だ。
そうして、俺は久しぶりに心の奥底から「表」に出てきた。
さて、今専属ナニーさんは、母へ説得を続けている。
旦那様には奥様よりも時間的余裕がある。
お子様の事を理由に、会いたい時にいつでも会えるようになる。
お子様のために。
一時的でもいいので。
仕事もしながら二人も子育て、大変では?
私も全力でお手伝いします。
旦那様も寂しいのではないか?
そうやって言葉巧みに、母を誘導していた。
母の瞳が揺れている。
そんな様子を見て、より勢いづく専属ナニー。
「実は私、知っているのです。今、旦那様と奥様はすれ違っていらっしゃるでしょう?ですが、一人赤子を預ければ、きっと奥様のことを思い出し、より一層愛が深まると思うのです」
その言葉を受け、母が弱気になったのが目に見えて分かった。
そして、最後の一押しとばかりに、
「どうか私に、お二人の関係改善のお手伝いをさせてはもらえませんか?」
そう言いながら、彼女は美しく頭を下げた。
「だうー!!!」
何をいけしゃあしゃあとほざきやがって。てめえが我が家をめちゃくちゃにしようとしてるのは知ってるんだからな!
……おっと、文句を言っている場合ではない。そんなことのために表に出てきたんじゃなかった。
とにかく、なんとかしないと。
僕は心の奥深くで、こういう時どうするか、何パターンも考えていた。事前準備はバッチリ。
要は、僕たちが仲良く見えればいい。
だから。
「あう!」
僕は双子の姉の頬に、軽くチュッとキスをした。
ゆりは少しだけぽかんとした後、「キャッキャ」と嬉しそうに笑う。
僕もつられていっぱい笑う。
これはもはや、大人の僕の意思ではなく、かなの本能からくる嬉しさだ。
かなは、心の底からゆりのことが大好きだ。ゆりが笑っているのが嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらない。
……ああ、楽しそうに笑う赤ちゃんって、可愛いなあ。
そして、僕が幸せそうにしていると。
「まう」
ちゅ。
なんと、ゆりもキスのお返しをしてくれた!可愛い!嬉しい!
「この子たち、本当に仲が悪いのかしら……?そうね、あなたが私のために提案してくれているのは分かるけれども……もう少し考えさせてくれる?」
「ですが!本当に喧嘩が絶えないのですよ!これは、偶然なのです! ……ねえゆり、かな。あなたたちも、お互い離れて育ったほうが良いわよね?」
最後の頼みの綱とばかりに、彼女は僕たちにまで声をかけてきた。
……なるほどね。そう来るのなら、こちらとしても好都合だ。
「うあああぁん!」
僕は全力で泣いた。彼女のことが怖いとばかりに、それはもう思いっきり、泣いた。
ただ、僕だと恥ずかしさのせいか、ちょっと声が弱い。もっと全力で抗議しなきゃいけないのは分かっているが、かなほど全力を出せない。
少し情けないが、心の中のかなも力を貸してくれ。
「んあああーっ!!!!」
そんな僕の願いが通じたのか、かなと一緒になって、心から泣いた。その泣き声は、過去最高に大きな声だった。
かなの大きな悲しみの感情につられたかのように、ゆりも泣き始めた。
「「うあああぁん!!!!!」」
それは大きなハーモニー。母にあやされるまで、とにかくいっぱい僕たちは泣いたのだった。
「うん、二人を引き離して育てるのはやっぱり可哀想だし、そんなことで夫に頼るのは申し訳ないわ。もう少し頑張ってみるわね」
よし、計画は成功だ。
じゃあ、かな。僕はまた引っ込むね。
すると、いつものようにかなが表に出てきて……その後、母に甘えるように身体を預けながら、かなは眠りに落ちたのだった。
「気のせいかしら?かなの目の色がほんの少し変わったような……?まあ、疲れてるのね」
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