8話 後編 売り込む
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腹黒がその甘いルックスを活かし、色んなお姉様方やお母様方に媚び、甘え、ヴァイオリンのお稽古のサボりを誤魔化そうとしている現場をたまたま見てしまった時だ。
ふと、腹黒と目が合う。
それだけで全てを察した私は、にんまり、と、とてもゆっくり笑った。
腹黒の顔から、面白いようにどんどん血の気が引いていく。
腹黒のお母様と私はマブダチだ。腹黒のお母様は一人息子を甘やかしてはいるが、約束を破るということに関しては、かなり厳しいということを、私は知っている。
『ルンタッター♪』
しっかりチクってやろうと、スキップで走り出そうとしたその時。
『待て待て待て待て!お願い!待って!』
普段はあまり機敏に動かない癖に、それはもうダッシュで私に追いついてきた。
それから、私にも可愛いおねだり、媚び、甘えの数々を繰り出してきたが、もちろん全く通用しない。
腹黒が最後の手段として、さっきまで舐めていた棒付きキャンディを強引に私の口に放り込み、私の手を握ってさすさすしながら、上目遣いで迫ってきた。
『ほ、ほら?僕と付き合うとお得だと思わない?家も金持ちだし、かなはお母様とも仲いいでしょ?だから……ね?』
『セール品はいらねえんだよ。どっか行け』
雷を打たれたような間抜け面を充分晒した後――何故か、腹黒は少し頬を赤らめた。
今でもなんでこんな表情をしたのかが分からないのだけど……ま、腹黒も頑なに教えてくれないし、それはいいや。
その後、しっかりとサボっていたことを伝え、美味しかったのでキャンディも追加で強奪しておいた。
あいつ、何がしたかったんだろうな。
後の一人、ミズクラゲは、車から入ってくる日差しを浴びてポカポカしながら、ニコニコと私たちのやり取りを聞いていた。
ミズクラゲは、白い髪と白い肌、やたら細い身体で、幸薄い系の美少年って感じだ。転校してきた時、見た目だけの第一印象で、「雪女みたいだな」と思ったっけ。
そして、セレブ科で一緒に過ごすにつれ、どんどん評価が上がっていった、私にしては珍しいタイプの男でもある。
彼は転校した当初、私とお姉様を見分けられなかった。
……信じられなかった。私とあんな素晴らしいお姉様を「どっちがどっち?」と判別できないなんて、ありえない。今までの人生で、そんな人は全くと言っていいほどいなかった。それほど私たちを見分けるのは簡単なのだ。
そのせいで最初はどうしても印象が悪く、その時は「映す価値なし」と内心で呼んでいたっけ。
しばらく過ごすうちに、悪いやつではないということはすぐに分かったので、その時点で「映す価値なし」から「蚕」に昇格させてやった。ほら、コイツって儚げな雰囲気と、白い肌と白い髪を持っているから。
カイコは、あまり人の美醜に興味がないようだった。私にも、三馬鹿にも、庶民にも、老若男女、誰にでも普通に接する。
あの美しすぎるお姉様にすら普通に接している場面を見た時、かなり驚いた記憶がある。
しばらくして、無事私たち双子の性格を把握し、しっかり見分けられるようになった。どうやら彼は性格で人を区別しているらしい。
今ではオジサマも私も、彼のことを「なかなか骨のあるやつだ」と、相当評価している。その時点で、「カイコ」から「ミズクラゲ」に昇格させたわけだ。
「さあ、会場に着いたぞ。他のみんなは慣れているから大丈夫だろう。あとはかな。お前は……まあ、お前に関しては、心配する必要はないか」
思い出を振り返っているうちに、会場にたどり着いたようだ。
「おう!かなちゃんに任せなさい!なにせ、私は学校一天才共のパーソナルな部分に詳しいからな!あ、でも、プレゼン発表は任せたぞ。私は会場でちょこまかと来賓者とお話するだけだから」
私は軽く肩を回し、大きく伸びをした後、着崩した制服を直し……
「さあ、皆様、行きましょうか」
柔らかく微笑み、名家のお嬢様の仮面を被った。
さっきまでの緊張感の欠片もない私とはおさらば。今の私は完璧なファビュラス軍団の一員だ。
「「「…………」」」
ふっ、生徒会の男どもは私の素晴らしいお嬢様っぷりに見惚れて、ものも言えないようだ。
(ハハハ……)
オジサマ?何を苦笑いしているのですか?
こういう時は、沈黙が正解ですわよ?
正論や真実が正解とは限らない。それが、紳士のマナーというものなのですから。オホホホホ。
結婚式の時に使われるような円卓に、来賓者が座っている。円卓の数は両手で数えられる程度だ。来賓者はみなお行儀よく、高級なワインや用意された食事を楽しんでいる。
そんな中、前方の舞台では、モニターで生徒会の面々が、我が校の天才たちの能力をプレゼンしていた。
魔王様が自信満々に発表していくのを横目に、私は円卓の席を順番に回っていた。
「そうなのです!彼はなかなかのものですよ!でも、実は彼、少し繊細なところがありまして――」
私はまるでヒソヒソ話をするかのような声色で、発表では伝えきれなかったパーソナルな部分まで話していく。
――堅苦しくなりすぎないように、お茶目さを忘れず、ユーモアを交える。
おまじないのように、頭の中で何度も反芻する。
これは、お姉様ともお母様とも違う、私なりのプレゼン方法。
普通。一般的。当たり前。
普通にしなさいという枷をつけられたせいで、生き生きと能力を発揮できなくなっていた生徒を、私は中学の時に何人も見てきた。
思い出すのは、中学時代の先生のちょっとした言葉。
『脳の能力差なんて、みんなほとんど同じなんだから、漢字の暗記なんて誰だってできるの。できなかったというのは、ただのサボりの言い訳よ』
ううん。絶対に違う。その僅かな違いによって、難易度が全然違うんだ。
マラソンの授業でも、こんな事を言われたことがある。
『みんな同じだけ苦しいんだ!』
ううん。絶対に違う。同じことをさせても、苦しさは人それぞれだ。
人は、それぞれ全然違う。心の中にオジサマがいる私だからこそ、その事実を誰より知っている。
にもかかわらず、人を一括りにするような言葉を口にするのは簡単だ。その上、強い力を持っている。
私は、そんな薄ら寒いもので無理やり一括りにされ、尖った才能が塗りつぶされることが何よりも嫌いだ。
だから、私は中学時代も、今みたいにヒソヒソ話をするように、こっそり教えて回っていたのだ。
『普通は強いられるものじゃなくて、武器にして利用するものだよ!』
こんな考えが根本にあるので、私は能力だけでなく、パーソナルな部分にも触れる。
彼を彼のまま活躍させる。らしさを売り込むのは決して忘れない。今日の私の役割は、そのお手伝いだ。
大丈夫。来賓者たちは、誰も彼も一流ばかり。きっと個性を尊重したうえで、活躍できる場を整えてくれるだろう。
「――ですので、才能を活かすのなら気をつけてあげてくださいね。では、ごきげんよう」
白佐藤家流の美しい礼をして、花の咲くようなほころぶ笑顔からの、次の席へ。
その後もこうやってちょこまかと動き回りながら、紹介された我が校の生徒のパーソナルな部分を、楽しく話して回った。
その甲斐あり、結果は大成功。多くの来賓者が我が校の生徒たちに投資してくれたのだった。
ま、白佐藤家の令嬢としては、この程度は余裕ってもんよ!
その日の夜。
私は風呂の中で、約一ヶ月後に迫った私主催のダンスパーティーの内容を、どうしようかと考えていた。
今日までに、中学校時代に仲良かった同級生や、先生、お稽古仲間やお母様の知り合いなど、本当に色んな人に相談したが、まだ内容は固まりきっていない。
そろそろ内容を決めないとまずいんだけど……
しばらくぶくぶくしながら頭を巡らすも、なかなか思いつかない。
私は一度お湯の中に身体を全て沈め、鼻を摘み、ぼんやりとお湯の中から上を見る。
ドクン、ドクン。お湯の中だと、自分の鼓動の音が鮮明に聞こえる。
いつも思う。お湯の中の世界は、考え事をするのにちょうどいい。お風呂の泡のように、考えが次々浮かんでは消え、浮かんでは消えていく……
身体が酸素を欲する限界まで潜り――頭に浮かんできた「あるワード」を掴み取ると、ザバンと起き上がった。
「“私らしさ”……うん、これでいこう!」
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