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12.婚約者のこと

「ラティ!」

「無事だったみたいだね」


 ラティは笑顔を浮かべてこちらに近づいてくる。

 後ろに二匹の狼を連れていた。


 うずくまり呻いていた男たちがそれに気づき、顔を引き攣らせる。

 慌てて気を失っているリーダーを担ぎ上げると、一目散に去ってゆく。

 そのあとを狼が追って行った。


 それを見送ってから、わたしはラティに向き直った。


「ええ、それは……。でも、いったいどういうこと? いつから見ていたの? それにあの盗賊は何?」


「見てたのは少し前からだよ。盗賊は、相手にするのが面倒で放っておいたんだけど、誰かがこてんぱんにやっつけて追い払ってくれたらいいなぁとは思ってた。ついでに『ラルナートの凍てつく剣』の腕前が確認できれば一石二鳥かなぁと」


 ラティがふふっと笑う。つまり、確信犯だったわけだ。


「ひどいわ」


「そのおかげで婚約者との絆を深めることができたんだからいいじゃない。それより、じゃじゃ馬な君との結婚を了承してくれたっていう奇特な婚約者を紹介してくれないかい?」


 ラティがおどけて言う。


「……彼のこと、知っていたの?」


「僕が知っているのは『ラルナートの凍てつく剣』と称えられた剣士のことだけだよ。君の愛する金細工師のことは、ほとんど知らない」


 わたしは軽く肩をすくめてから、簡単に両者を紹介した。


「それにしても、ジャンが有名だなんて知らなかったわ」


 確かにジャンの剣の扱いは見事だった。

 盗賊とは格が違うと思った。もちろん、わたしとも。


 でも、噂になるほど有名だなんて、ちっとも知らなかったし、誰も教えてくれなかった。


「あれ? 秘密だったの?」

「いや、別にそういう訳じゃない。ただ、おれはもう軍とは関係ないし、戦のために剣を振るうつもりもないから」


 ラティの問いに、ジャンはいつものぼそぼそとした口調で答える。


「へぇ? ぜひ軍に残ってくれと将軍たちがこぞって引きとめたって聞いたけど? 冴え渡る剣技の見事さと、いつも冷静なことからその通り名がついたんだってね。せっかくの腕前を活かさないのってもったいなくない?」


「別に。おれは戦争なんてやりたくないから。それにおれは木から落ちたサラを受け止められなかったときに思ったんだ。いつかこのおてんば娘をしっかりと守れるくらい強くなりたい、って。おれには、そのための力さえあれば充分なんだ」


 ジャンの言葉に驚く。

 そんなことを考えてくれていたなんて、ちっとも知らなかった。


「ごちそうさま。そんなにサラのことを想ってくれているとは知らなかったよ」

「誰かに言う必要はないだろ」


「でも、そのせいでサラはずっと自分は片想いだ、ジャンは自分のことをなんとも思っていないんだ、って勘違いしていたようだけれど? 僕がいったいどれだけサラの愚痴を聞いてあげたか知ってるかい?」


「ち、ちょっとラティ!」


 そりゃあ確かに色々と愚痴ったけれど、そんなことを今言わなくたっていいじゃない。


「いや。でも、おれはなんとも思っていない女と結婚したりはしない」

「それはそうかもしれないけれど……」


 わたしのしつこさに根負けしたのかなとか、同情かなとか、そんな風に考えてしまっても仕方がないじゃない、と思う。


 だってジャンはこれまでに一度だって好きだと言ってくれたことがないんだもの。


「まあいいよ。こうしてふたり仲良くぼくに会いに来てくれたことだしね」

「そう、そうよ! わたしの大事なもの、返してちょうだい」


 ジャンの予想外の告白に動揺しながらも、わたしはここに来た目的を思い出した。


「大事なものがなんなのか、わかったかい? わかったのなら、返してあげるよ」


 うっ、とわたしは詰まる。

 まだわかっていない。

 わからないけれど来れば返してくれると言うから来たのに。


「ところでラティ、君はサラの腹を見たのか?」


 わたしが悩んでいる横で、ジャンがとぼけた質問をする。

 そういえば手紙にそんなことが書いてあったっけ。


「あぁ、あれはちょっとからかっただけだよ。さすがのサラも、寝相はそこまで悪くないみたいだね」

「なんだ、そうか」


 ジャンがほっとした様子で息を吐く。


「そう。だから初夜も安心だよ」

「ちょっ!! なんてこと言うのよ!」


 とんでもない言葉が飛び出した。

 ラティを叱咤しつつちらりと横を見ると、ジャンが耳を真っ赤にしている。


「で? ジャン、君は薄々気づいているんだろう? 大事なものがなんなのか」


 ラティがくすくすと笑いながら問う。


 まさか。

 本人であるわたしですら気づいていないのに。


 ところがジャンは、耳に赤さを残したままうなずいたのだった。

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