第2話 「光の序列、影の教室」
朝の光が、薄いカーテンを透かして部屋に差し込んでいた。
天城蒼はベッドの上で静かに息をつく。
ここに来て三日――まだ、この学園の“現実”を掴みきれていなかった。
《アカデミア・ルミア》。
序列によってすべてが決まる学園都市の中枢。
入学時点で、すでにSystem:∞によって各生徒の序列は定められ、
その序列に応じて五つのクラス――α、β、γ、δ、ε――へと分けられる。
蒼が配属されたのは、最下位のεクラス。
それが何を意味するのか、まだ理解できていなかった。
制服の襟を整え、タブレットを起動する。
画面には冷たい数値が浮かぶ。
> 【Rank Node:0.01】
この学園では、すべての生徒に「Rank Node」と呼ばれる数値が与えられる。
行動、発言、成績、他者との関わり――
System:∞はそれらを自動的に解析し、数値を変動させる。
ただし、その数値は本人以外には見えない。
誰がどれほどの値を持っているのか、誰も知らない。
だからこそ、誰もが互いを疑い、探り合う。
序列という“見えない鎖”が、学園全体に張り巡らされていた。
寮を出ると、朝の通路はすでに無数の光で満ちていた。
ガラス張りの廊下を歩くたび、頭上のスキャナーが反応音を鳴らす。
Systemは、すべてを見ている。
そう思うだけで、肩の力が自然と強張った。
教室の扉を開けると、既に数人の生徒が席に着いていた。
皆、一様に無言で、自分の端末と向き合っている。
窓際に一人、少し気さくそうな少年が手を振った。
「……ここ、空いてるぞ」
蒼がうなずいて隣の席に座ると、少年は軽く笑った。
「俺、御影湊。よろしく」
「……天城蒼」
「なんか、全員静かすぎないか? 入学したばっかだろ、みんな」
「たぶん、緊張してるんだと思う」
「緊張っていうか……監視されてる感じだよな。目に見えない誰かに」
その言葉に、蒼は小さく反応した。
System:∞――その名を、彼はまだ恐る恐るしか思い浮かべられなかった。
やがてチャイムが鳴り、空間が淡く光を放つ。
教壇の上に立体映像が現れ、Systemの無機質な声が教室に響いた。
> 《クラスε、初回講義を開始します。
> あなた方のRank Nodeは、学園生活のすべてを通じて変動します。
> 半年後のクラス再編において、この値が最も重要な指標となります。
> 他者の値は閲覧できません。推測は非推奨です。》
淡々とした声が、静まり返った空間を支配する。
誰もが息を潜めるように聞き入っていた。
だが蒼には、その言葉の一つひとつが胸に突き刺さった。
――半年後の再編。
上がれる者と、下がる者。
そして“下がりきった者”は……。
Systemは説明を続けた。
> 《Rank Nodeは、学園内の行動、課題、活動への貢献度、
> そしてSystemからの特別指令により変動します。
> 不正行為が検知された場合、減点対象となります。》
教室の空気が少しずつ重くなっていく。
誰もが“何をどうすれば評価されるのか”を理解できずにいる。
見えない評価基準。
それが、静かな恐怖を生み出していた。
授業が終わると、湊が机に頬杖をつきながら言った。
「なぁ、これ……本当に、勉強するための学校なんだよな?」
蒼は曖昧に笑って返すしかなかった。
「そうだといいけどな」
廊下に出ると、上位クラスの生徒たちが談笑する声が聞こえた。
彼らの歩く姿にはどこか余裕があり、周囲の空気までも明るく見える。
――きっと、彼らのRank Nodeは高い。
そう思った瞬間、自分の胸の奥がひどく小さく感じられた。
教室に戻る途中、蒼の耳に微かなノイズが走った。
電子音が歪み、誰にも聞こえない声が混ざる。
> 『……観測、拒否。……起動、LUX……』
足が止まる。
周囲を見渡しても、誰も異変に気づいていない。
Systemの音声なのか、それとも……。
光の都市は、今日も完璧に輝いていた。
だがその光の奥に、確かに“何か”が潜んでいる気がした。
――そして、それが蒼を見ている。




