コード077 行方不明者
次々と目の前を通り過ぎていく市警車両を見送り、私は抱えていたホバーボードを地面に投げた。
「追うぞ、ゼヴィ。……何だ、その不満そうな顔は」
「……置いていった」
「もうしないって」
「…………」
「約束する」
「…………」
「……たぶん」
「ヴィクぅ!!」
「あぁもう分かった分かった! 絶対だ!!」
抗議するように飛びついてきたゼヴィを受け止め、仕方がなく二人でホバーボードに乗った。
最後に通り過ぎた特装警護車を追ってアクセルを踏み込んだが、車道を走るわけにはいかないので歩道脇の専用レーンを進む。
当然ながら市警車両の方が速く、すぐに姿は見えなくなった。
ゼヴィに先行させようかとも思ったが、絶対に離れないと言わんばかりに背中へくっついているうえ、先ほど男達に絡まれたことも思い出して踏みとどまる。
……まぁ、サイレンの音は聞こえるし、大体の位置は分かるからいいか。
そう判断した私は、遠くから聞こえてくるサイレンを頼りにいくつか角を曲がっていった。
「……なんだ、これ」
そして辿り着いた先で、思わずホバーボードの速度を落とす。
目の前の道路が完全に封鎖されていた。
「ゼヴィ」
「……」
ボードを止めてもなお離れようとしないゼヴィへ声をかけるが、どうやらまだ私が勝手にどこかへ行かないか警戒しているらしい。
大丈夫だと言うように頭を撫でてやると、ようやく納得したのか身体を離し、先にボードから降りた。
私も続いて降りると、ホバーボードを折りたたんで脇に抱え、改めて周囲を見回す。
市警の車両が何台も停まり、道路上には規制線代わりのホログラムが展開されていた。
赤い光の壁には立入禁止を示す文字が繰り返し流れ、その向こうには市警巡察車の姿もある。
けれど、肝心の現場は見えない。
建物と建物の間を塞ぐように大型車両が停められ、その奥まで黒い遮蔽シートで覆われている。
「見えないな」
もう少し近づけば何か分かるかもしれない。
そう思って歩みを進めると、規制線の前に立っていた市警がこちらを見た。
「そこの二人! ここから先は立入禁止だ!」
「すみませーん」
市警の言葉に素直に足を止め、その場から離れる。
昨日職質を受けたばかりだ。さすがにこの状況で喧嘩を売るほど馬鹿じゃない。
けれど、現場から立ち去るつもりもなかった。
私達以外にも足を止めている人は多い。買い物袋を持った人や仕事中らしい人、配送用の小型ドローンを連れた人までいる。
これだけ大掛かりに道路を封鎖されれば、気になるのは当然だろう。
私はそのまま野次馬に紛れ、近くにいた女性に尋ねた。
「何かあったんですか?」
「さあ? 私も今来たところなの」
「事故ですかね?」
「事故で特装警護車まで来るかぁ?」
すると、女性の隣にいた男性が会話へ入ってきた。
「じゃあ犯罪?」
「最近多いからねぇ」
「多い?」
思わず聞き返すと、男性がこちらを見た。
「ほら、行方不明者だよ」
「行方不明者?」
「知らないか? 最近ちょこちょこいるんだよ」
「へぇ」
行方不明者、ね。
アンダーズなら人が消えるなんて珍しくもない。
借金、抗争、人攫い、ギアの売買。理由なんてあげればキリがないが、ここはミドルズだ。
ただの凶悪犯罪ならどうでもいい。けれど、ザイラスもどきに使われていた体の出所となれば話は別だ。
アンダーズじゃなく、ミドルズで調達しているなら、その先にコウモリへ繋がる何かがあるかもしれない。あいつらは都市インフラを活用して動いていたんだ。可能性はゼロじゃない。
「物騒よねぇ」
女性が嫌そうに眉を寄せる。
「この前もあったでしょ。三つ向こうのブロックで」
「ああ、あれか。でも帰ってきたんだろ?」
「そうみたいだけど……」
「ならいいだろ」
「よくないわよ。何日も連絡つかなかったらしいじゃない」
「そういう年頃なんだろ」
「そうかしらねぇ。様子もおかしいって言うじゃない? なんだか怖いわぁ」
「きっと一皮剥けたんだろ。気にするだけ無駄だ」
その言葉に少し引っかかった。
「……様子がおかしい?」
「そう。ちょっとした記憶障害もあるみたいなの」
「どうして?」
「さぁ」
女性が困ったように笑う。
「まあ、帰ってきただけいいのかもしれないわね。最近そんな話ばかりで嫌になるけど」
「……」
行方不明になり、しばらくして帰ってくる。けれど様子がおかしく、軽度の記憶障害まである。
この情報だけじゃ、まだ何とも言えない。
あまりにも仰々しい市警の車両に警戒したが、ただの杞憂だったか?
「ヴィク」
それならそれでいいんだけど、アンダーズからの不法侵入者が増えてる今、これ以上警戒が強まるような事件が起きるのは困るな。
「ヴィク」
せめて、私達が事を起こす前に片付いてほしいもんだ──
「ヴィク」
「なんだよ」
先ほどから何度も服の裾を引いていたゼヴィに、ようやく意識を向ける。
「あれ」
「あれ? ……げっ」
ゼヴィが指差した先に、見覚えのある二人組がいた。
「せんぱぁい。もうよくないッスかぁ? もう十分働いたじゃねぇですかぁ」
「良い訳あるか! 市民の皆様に一日でも早く安心していただくためにも、我々HCPDが──」
「うっわ。出たよ、くそ真面目」
「聞いているのか!」
「はぁい」
ゴテゴテのネイルにバッチリとメイクをした女の市警と、そんな彼女を注意する先輩らしい男。
見間違えるはずがない。昨日、私を職質した二人だ。
「……長居は避けたほうがいいな」
私は最後にもう一度だけ、規制線の向こうへ目を向ける。
黒い遮蔽シート。何台もの市警車両。特装警護車まで出動している異常な警戒態勢。そして、最近増えているという行方不明者。
関係があるかは分からないが、一応覚えておこう。
「……行くぞ」
「どこだ?」
「散歩の続きだ」
どうせこれ以上ここにいても情報は得られそうにない。それなら、画像の場所を探す方に時間を使った方が有意義だ。
下手に嗅ぎ回って職質でもされたら、それこそ本末転倒だしな。
ホバーボードへ片足を乗せたところで、再びサイレンが聞こえた。
振り返るとまた一台、市警巡察車が規制線の向こうへ入っていく。
「……何もなければいいけど」
そう、何もなければいい。
◇ ◇ ◇
その後も散策を続けていると、前方に見覚えのある姿を見つけた。
レクスだ。こんなところで何してんだ?
声をかけようとして、隣に誰かいることに気づく。
──あの人は……!
一瞬、誰か分からなかった。けれど、よく見るとあのカフェの店員さんだった。
……ふーん。
店員さんは綺麗に化粧をして、おしゃれな服を着ていた。そして、楽しげにレクスと話している。
……別に、レクスが誰といようが関係ないし。てか興味ないし。
「……ヴィク?」
つーか遊んでないとか言いつつ、やっぱり遊んでんじゃん。何が仕事してるだよ。デレデレして鼻の下伸ばして、だらしなさすぎて見てられないな。
「獲物、壊すのか? 壊すのか!」
「そういうんじゃない」
「……そうか」
肩を落としたゼヴィを撫でつつ、体の向きを変える。
「ゼヴィ、ルート変更だ。あっちの方に──」
「お、ヴィク。奇遇だな。ここら辺見てたのか?」
「……」
「……どうした?」
「……別に」
なんだよ。デートしてたんじゃないのかよ。
「……お前は何してたんだよ」
「現地偵察。何があるか分かんねぇからな」
「ふーん」
レクスの後ろを見るが、あの店員さんはいない。
「もう帰るなら帰ろうぜ。疲れたわ」
そう言って大あくびをするレクス。
「いいのかよ」
「何が?」
「さっきの……」
店員さんは? の言葉が出てこなかった。ただ、口をつぐんだ。
「流石のレクスさんも歩き回れねぇよ。夜には夜の動きがあんだから」
レクスはいつものように、左手で私の頭を撫でる。
「ついでに夜飯食って帰ろうぜ。何食いたい?」
「……合成ハンバーガー」
「なら持ち帰りにすっか。その方が話し合えるしな」
「行方不明者?」
「うん。最近多いらしい」
ホテルへ戻ると、レクスはベッドに腰掛けながら私に合成ハンバーガーを渡した。そのままもう一つをゼヴィへ放り投げると、ゼヴィは口で受け止めた。
包装紙ごと食べようとするゼヴィを止めながら、レクスの反応を窺う。
てっきり驚くと思っていたのに、そんな様子はない。
「知ってたのか?」
「まあな」
「教えろよ」
「わざわざ?」
レクスは合成ハンバーガーの包みを開けながら私を見る。
「人が消えるなんざ珍しくもねぇだろ。俺らには関係ねぇ話だ」
「そうだけど」
「ま、調べてたらキナ臭ぇ話も出てきたけどな」
「キナ臭い?」
レクスが面倒臭そうに息を吐いた。
「バーで何人かに聞いた。ここ一、二ヶ月で人がかなり消えるってな。ただし、全員じゃねぇ」
「?」
「戻ってくる奴がいるらしい」
さっき聞いた話と同じだ。
「それも結構な数な」
「記憶がおかしくなってか?」
「そこまで知ってんなら話は早い」
レクスは合成ハンバーガーにかぶりつく。
「他にもあるのか?」
「ある。戻ってきた奴は、前よりギアの調子がいいらしい」
「……調子?」
思わず眉を寄せる。
「俺に詳しいこと聞くなよ。聞いた話じゃ、前より負荷が軽いとか、ギアの反応が良くなったとか、そんな感じだ」
「使ってるギアは?」
「は?」
「失踪前と同じなのか?」
「知らねぇよ」
「神経接続部は? 脳への負荷は? 同期に異常は?」
「だから聞くなって。専門外だ」
使えないな。
「顔に出てんぞ」
「出してんだよ」
仕方なくゼヴィと私の合成ハンバーガーの包みを開きながら、今聞いた話を頭の中で整理する。
長くギアを使えば、脳にも神経にも負荷が蓄積する。それは避けられない。
どれだけギアを丁寧に整備したところで、生身の脳や神経まで新品になるわけじゃない。使い続ければ負荷は溜まるし、傷も残る。
それに、脳が処理できる情報量には限界がある。
その限界を超えるギアを無理に動かせば、待っているのはオーバースペックだ。なのに、長年使ってきたギアを前より負荷なく動かせる?
「……その帰ってきた奴ら、病院には?」
「行ってる奴もいるらしいぞ。だから記憶障害だなんだって話も出回ってんだろ」
「検査結果は?」
「さぁね。ただ、昔からある傷やら何やらは普通に残ってるらしい」
「……残ってる?」
「ああ」
口へ運ぼうとしていたハンバーガーが止まった。
それはおかしい。
長年ギアを使ってきた痕跡が残っているなら、それだけ脳や神経にも負荷が掛かってきたということだ。
なのに、ギアを動かした時だけ以前より負担が軽くなっている? 脳の処理能力そのものが上がったのか?
いや、それなら検査で何かしら引っかかるはずだ。じゃあ、脳とギアの間に何か──。
「……」
そこまで考えたところで、ザイラスと同じ顔をした死体が頭に浮かんだ。
本来の脳を覆っていた、あの黒い脳。
ザイラスもどきは脳そのものを弄られていたわけじゃない。本来の脳から出た信号を途中で遮断し、黒い脳と中継装置が代わりに身体を動かしていた。
それだけじゃない。あいつの神経接続部には、長期間ギアを使った痕跡がほとんどなかった。
恐らく、三十代半ばになるまで裸身だった人間へ、つい最近になってギアを取り付けた。
今回の話とは違う。帰ってきた人間には、それまでギアを使ってきた傷も痕跡も残っている。
なのに──。
傷んでいるはずのものが、まるで新品みたいに動いている。
「……レクス」
「ん?」
「記憶障害が出てるのは、ギアの調子が良くなった奴と同じなんだよな?」
「俺が聞いた範囲じゃな」
「……」
人が消える。しばらくして帰ってくる。以前の記憶を持っているのに、一部が抜け落ちている。
身体には長年ギアを使ってきた痕跡が残っている。それなのに、以前よりギアを負荷なく動かせるようになっている。
そして、廃モノレール駅で見つけた、別人をザイラスと同じ姿へ作り変え、脳に得体の知れないものまで埋め込まれた死体。
同じじゃない。でも、何かが引っかかる。
何より、あのザイラスもどきの脳に残されていたのは、ミドルズと思われる景色だった。
「市警は?」
「動いてる。けど、行方不明だった本人が帰ってきて、本人も何があったか覚えてねぇ。事件性なしって言われりゃ追える範囲にも限界がある」
なるほど。確かに、それだけならただの行方不明だ。
本人が自分の足で帰ってきて、何かされたと訴えているわけでもない。記憶障害だって、それだけで犯罪と決まったわけじゃない。
でも──。
「……妙じゃない?」
「ああ」
今度はレクスも否定しなかった。
「だからキナ臭ぇつったんだ」
レクスは残っていた合成ハンバーガーを口へ放り込む。
「で、ヴィク」
「何?」
「気になるのは分かるが、首突っ込むなよ」
「…………」
「返事」
「まだ何もしてない」
「市警の車列追いかけた奴が言う台詞じゃねぇんだわ」
「見てただけだよ」
「お前の『見てただけ』は信用ならねぇ」
「失礼な」
「昨日の今日だぞ?」
それを言われると弱い。
私は口を尖らせながら視線を逸らした。
「俺達の目的はチップだ。あと四日。余計な問題起こして偽装チップまで調べられたら全部終わる」
「分かってるよ」
正規の未登録識別チップ。それを手に入れるために、私達はここに来た。目的を忘れたわけじゃない。
「ただ……」
もう一度、あの黒い脳が頭を過る。
ザイラスと同じ姿へ作り変えられた、名前も知らない男。最近になって増え始めた行方不明者。帰ってきた人間に起きている、記憶とギアの異常。
そして、ザイラスもどきの脳に残されていたミドルズの景色。
「……気になるだけ」
まだ繋がったわけじゃない。何一つ証拠なんてない。
ただ、無関係だと切り捨てるには引っかかるものが多すぎる。
あの死体と、この街で起きていること。
──本当に何の関係もないのだろうか?




