コード076 余計な揉め事
朝起きて、部屋に備え付けられたシャワーを軽く浴びた後、ゼヴィを呼んで一階の食堂へ向かった。
従業員ドローンへカードをかざすと、朝食の乗ったプレートが差し出される。
食事を受け取り、ゼヴィにも真似するよう促すと、素直にカードをかざして自分の朝食を受け取った。
そのまま適当な場所へ座って食事を始めるが、レクスの姿はない。
一応、食堂へ来る前に部屋をノックしたが返事はなかった。先に行っているのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
……アイツ、寝てんな。
食事を口へ運びつつ、食べかすの付いたゼヴィの口元を拭く。ついでにレクスの携帯デバイスへメッセージも送ってみたが、返信はなかった。
「……はぁ」
これは起きないなと判断した私は、最後の一口を放り込み、それを飲み込んでからゼヴィへ顔を向けた。
「ゼヴィ、クイックストアに行くぞ」
仕方がない。朝食ぐらいは買ってやるか。
「はいはいはい。……ふわぁ」
「だらしないな」
鬼電とノックのおかげか、レクスは気だるそうに扉を開けた。大あくびも隠さないまま、半目で私たちを迎え入れる。
促されるまま部屋へ入ると、内装は私のところとほとんど変わらなかった。
壁際には一人用のベッドと小さなテーブルが置かれ、その向かいには壁掛け式のモニター、奥には洗面所へ続く扉がある。
違うのはシングルなぶん少し狭いくらいだが、脱ぎ捨てた上着や空になったボトルが転がっているせいで、私の部屋よりも窮屈に感じた。
「どうせ食いっぱぐれてんだろ」
「お、さんきゅ」
レクスは袋を受け取るなりシンセ水を脇へ置き、合成サンドイッチの包装を雑に開けてモサモサと頬張り始めた。
「夜遊びもほどほどにしろよ」
「ただ遊んでんじゃねぇよ。ちゃんと仕事してるっての」
「どうだか」
いまいち信用ならないレクスの言葉を聞き流していると、ふと昨日の市警とのことを思い出した。
「そういやレクス、気をつけろよ」
「何が?」
「昨日、市警に職質されたんだよ」
「犬がなんかやらかしたか?」
「ゼヴィじゃない。なんでも、不正な識別チップを使った不法侵入者がいるんだと。私たちじゃなかったみたいだけど」
「……あー、なるほど」
呑気に頷くレクスに、眉を顰める。
「知ってたのか?」
「知ってたつぅよりも、だろうなって思っただけだ」
「?」
意味が分からず首を傾げる。
「大規模な抗争なんざ、好き好んで巻き込まれたがる奴はいねぇよ。だから上に逃げてきてんの」
「……避難民って事か」
「そ。かといって、偽造識別チップなんざそう簡単に用意できねぇからな。無理して潜り込む奴が見つかって、警備が厳しくなってんだろ」
「なら今後も増えるってわけか」
「そゆこと」
レクスの話を聞きながら顎へ手を当て、私たちへの影響を考える。
「……チップも難しくなりそうだな」
「いや、逆だ」
レクスはニヤリと口角を上げる。
「逃げてくる奴が増えりゃ、それだけ紛れやすくなる。今みてぇな時期のが動きやすいんだよ」
「それならいいんだけど……」
「勿論、その分予定日までは動きにくくなる。目立つ行為はすんなよ」
「わかってるよ」
「じゃあ、その手に持ってるのはなんだ?」
「うぐっ」
レクスに指差された先にあるのは、朝、クイックストアへ向かう途中で見つけ、足代わりになればと買ったホバーボードだ。
「ミドルズを……満喫したくて……」
「本音は?」
「……例の映像の場所を見つけたくて」
「素直でよろしい」
レクスは左手で私の頭を雑に撫でてくる。それが妙に居心地悪くて、私はその手を振り払った。
「無免許で走り回られるよりかマシだが、変なことに首突っ込むなよ」
「するわけないだろ」
「どうだか」
今度は私の台詞を、そのままレクスに返された。
「流石にそこまでバカじゃねぇよ」
「ならいい」
そう言うと、レクスは私のフードへ手を伸ばす。
「区画歩くんなら、その犬に引っ付いとくかそれ被っとけ」
「うわっ」
思い切りフードを被せられ、私は何なんだと顔を上げた。
「余計な揉め事起こしたくなきゃそうしてろ」
「何だよそれ」
「お前にゃ早い」
「はぁ?」
問い詰めるように聞き返しても、レクスはそれ以上答える気はないらしい。そのまま洗面所の扉を開ける。
「ほら、探しに行くんならいってこい。それともレクスさんのお着替えをみた──」
「ゼヴィ、行くぞ」
「おう!」
「無視は酷くない?」
レクスの言葉を最後まで聞くことなく、私は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
「おおっ!」
全身で風を切り裂きながら、区画内を突っ切る。
車と違って車道という制限もないし、若者の間ではホバーボードが主流なのか、私以外にも乗っている人がいて周囲から浮くこともない。
……ライドくんとはまた違って、これはこれで楽しいな。
私はレクスの言いつけ通り、しっかりとフードを押さえながら横を見る。
うん。ゼヴィもちゃんと着いてきてるな。
ゼヴィはいつもの四足歩行ではなく、両足のギアだけで走っているせいか少し走りにくそうだったが、問題はなさそうだ。それを確認してから、私はもう一段階スピードを上げた。
これなら思ったより早くこのブロックを回れそうだな。明日は別のブロックを見て回るのもありかもしれない。
ある程度見回ったところでボードから降りて地面へ着地し、そのまま裏返して背面を見る。
帰ったら手持ちの部品で弄ってみようかな。思ったより単純な作りだし、改良の幅も広そうだ。
「お姉さん」
まずはエンジンだな。それから浮力も上げたい。もっと高く飛べたら探索も楽に──
「ねぇ、お姉さんってば」
「…………私か?」
ホバーボードの構造を考えていると横から声を掛けられた。視線を向けると、チャラそうな男二人組の姿。
「ひとり?」
「いや、連れがいる」
そう言いながら振り返るが、ゼヴィはいなかった。
……やべ、飛ばしすぎた。
「……ちょうど席外してるけど」
「えー? 本当にぃ?」
「降りた時ひとりだったじゃん?」
「もうすぐ合流する予定だから」
まぁ、ゼヴィなら私の匂いを追ってこれるだろ。
そのまま立ち去ろうとしたところで腕を掴まれる。
「ちょっと……って、何すんだ!」
しかもフードまで取られ、二人組は私の顔を見ながらコソコソと何か話していた。
「ほら、やっぱ昨日の子じゃん」
「マジか。ナイス」
「何なんだよ、お前ら」
腕を引いても全く離そうとしない二人に苛立ちが込み上げる。
くっそ。面倒臭いな。アンダーズだったらEMP手榴弾で黙らせられるのに。
「君、ここの区画じゃないよね。どっから来たの?」
「俺ら詳しいし、案内してあげようか?」
「別にしなくて──」
そこまで言いかけたところで、画像のことが頭をよぎる。
「……じゃあ、この場所知ってる?」
そう言って画像を見せると、二人組は顔を見合わせてにっこりと笑った。
「知ってる知ってる」
「あー、はいはいはい。ここねここ!」
……怪しいな。
「……本当に知ってるんだな?」
「うんうん。任せて」
「こっち来なよ」
「そうか」
二人に肩を組まれたまま、背後から近づいてくる気配へ意識を向け、小さく口を開く。
「……ゼヴィ」
「ん?」
「へ?」
「バレないようにな」
そう言った次の瞬間、二人組の姿が視界から消えた。
私は何事もなかったように後ろの細い路地へ体を向け、ゆっくりと歩いていく。
監視ドローンの死角へ入ると、ゼヴィが二人の頭を掴んだまま壁へ押さえつけていた。
「ヴィク! 壊していいのか? コイツら、壊していいのか!」
「ヒィイイッ」
「ダメだ」
即座に却下し、壁に押さえつけられている男たちへ問いかける。
「お兄さん。この場所、知ってるんだっけ?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「いや、そういうのいいから。知ってるの? 知らないの?」
「知りません知りません! 俺ら本当に何にも知りません!!」
「だから……」
思った以上に怯えられ、何だか罪悪感が湧いてくる。
……普通は、こうなるのか。流石に手荒すぎたな。
「ゼヴィ、離せ」
「…………」
「ゼヴィ」
「…………」
ゼヴィは渋々と手を離し、男たちは少しでも距離を取ろうと、お互いに抱き合いながら壁際まで後ずさった。
「えーっと……本当に危害を加える気はないんだ。この場所を知ってたら案内してほしいだけで。な? ゼヴィ」
「ぶち壊す」
「ヒイイイイ!!」
「こら!!」
ゼヴィの返事に頭を抱えながら、どうしたものかと考える。
「知らないならそれでもいい。この辺にあるかどうかだけでも分からないか? 詳しいんだろ?」
「すんません! 本当はそんなに詳しくないんです! ちょっといいとこ見せたかっただけなんです!」
「ちょっとお近づきになりたかっただけなんです! ただのでまかせなんです!! でもこの辺じゃないのはマジっす! 本当ッス!!」
「……あ、そう」
ここまで必死に言われると、流石に嘘には見えない。
私はゼヴィを近くへ呼び、二人へ「もう行っていい」と告げると、男たちは何度も頭を下げながら一目散に走り去っていった。
「ヴィクぅ」
「……何だよ」
「ヴィクぅぅ」
「あー、もう! 分かったって! 置いてって悪かったよ!!」
拗ねたように訴えるゼヴィの頭を撫でながら路地裏を出る。
……この辺にはない、か。だったら索敵場所を変えるべきだな。
ミドルズはアンダーズと違って、一つの区画がさらに細かなブロックへ分かれている。このブロックにないなら、次は別のブロックを見て回るか。
そんなことを考えながら歩いていると、一台の市警巡察車がサイレンを鳴らしながら目の前を通り過ぎた。その後を追うように複数の高速追跡二輪が駆け抜け、更には特装警護車まで続き、顔を顰める。
……穏やかじゃないな。何かあったのか?
少し考えたものの、遠くから見るだけなら問題ないだろうと判断し、情報収集も兼ねて市警の車列を追いかけることにした。




