コード075 自由時間
一通り下調べも終わり、宿泊施設へ向かうことになった。
どんな辺鄙な場所にあるんだろうと思いながら歩いていると、辿り着いたのは区画内に自然と溶け込んだ、なんの変哲もないビジネスホテルだった。
「え、ここ?」
「あぁ。カードにもここの名前が書かれてるだろ?」
レクスにそう言われ、服と一緒に渡されたカードを取り出して確認する。
「……本当だ」
もっと人目につかない場所にあると思っていたのに、こんな堂々とした場所にあって大丈夫なのだろうか。
「下手に隠すより、紛れてるのがいいんだよ」
疑問が顔に出ていたのか、レクスが補足する。
「逆にコソコソしてる方が目立つだろ」
「確かに……」
私はレクスの言葉に納得しながら、ホテルの中へ足を踏み入れた。
ホテルの中へ入っても、その印象は変わらなかった。
白を基調としたロビーには観葉植物が並び、壁際には無人のセルフチェックイン端末が等間隔に設置されている。
スーツ姿の宿泊客や旅行鞄を引く家族連れまでいて、とても裏社会と繋がっている場所には見えなかった。
「普通だな……」
「だからいいんだよ」
レクスは迷いなく端末の前へ立つと、懐からカードを取り出した。
カードを読み取り部へかざすと青い光がカード全体を走り、画面に短い文字が浮かび上がる。
『認証中。滞在期間7日。アクセス権を書き込みます』
カードの表面を淡い光が一筋走る。印字が一度だけ発光し、そのまま落ち着いた。
『完了いたしました』
レクスはカードを抜き取り、懐へしまう。
「終わり?」
「終わりだ」
私も自分のカードをかざし、続けてゼヴィのカードも読み取らせた。
すると、さっきまで印字されていたホテル名は消え、代わりに部屋番号と利用期限だけが小さく表示されていた。
「これが鍵?」
「あぁ。一度認証したら、このカードがそのまま部屋の鍵になる」
「へぇ……」
「期限が切れりゃ認証情報は自動で消える。ホテル側も身元までは追えねぇ」
つまり、証拠隠滅ってことか。カードを用意したのもあのマダムだし、ホテル側は何か聞かれても「不正利用されました」で逃げられるってわけね。
「便利だな」
「だろ?」
エレベーターで五階へ上がり、カードに書かれた部屋番号を確認する。
「じゃあまた明日な」
「ちょっと待て」
そう言ってレクスはゼヴィの首根っこを掴んだ。
「お前ね、何当然のようにヴィクと同じ部屋に入ろうとしてんだ……あれ? これデジャヴ?」
そんなことを言うレクスに、お前こそ何言ってんだと呆れる。
「よく見ろ。私はゼヴィとツインで、お前だけシングルだぞ」
「はぁ!?」
レクスは私が差し出したカードを見て「……マジかよ」と顔をしかめた。
「……分かった。お前がこっちを使え。俺と犬コロが一緒だ」
「…………」
「そんな睨んでもダメだ」
「ヴィクぅ」
レクスの手を強引に振りほどいたゼヴィが、甘えるように私にひっつく。
「おい」
「……まぁ、いいんじゃないか?」
「よくない。何かあったらどうすんだ」
「一緒の部屋で寝ても問題なかったけど」
「は? ……あぁ、整備部屋か」
「いや、私の部屋」
「はぁ!?」
今度こそレクスは頭を抱えた。
「どういう……」
言いかけたまま黙り込み、眉間を押さえる。
「……あー、いい。分かった」
レクスはさらに「……別のが危ねぇか」と呟くと、ゼヴィへ向き直った。
「いいか。絶対にヴィクの命令には従うんだぞ。ヴィクが嫌っつぅことは絶対にすんな。いいな?」
「…………」
「返事」
「…………」
「……ヴィク」
「ゼヴィ」
「分かった」
「おい」
レクスはやれやれと言いながら扉を開けた。
「自由時間もほどほどにして、ちゃんと寝ろよ」
部屋へ入ろうとした足が、ぴたりと止まる。
「報連相な」
……目ざとすぎんだろ。
携帯デバイスを振りながら部屋へ入っていくレクス。
その背中を見送り、私もゼヴィと一緒に部屋へ入った。
一度部屋へ荷物を置いた私は、必要な装備だけを身につけた。
「ヴィク?」
「お前も準備しろ。散歩の時間だ」
そして、ゼヴィと共にホテルを出てから携帯デバイスを起動させた。
ザイラスもどきの脳から取り出した、あの数秒の映像。ちゃんとデータを保存し、こうして手元に持っている。
このデータを元に調査を行えば、アクシオンギアへの手がかりを掴めるかもしれない。せっかくの自由時間だ。一秒たりとも無駄にするつもりはなかった。
とはいえ、そう簡単に見つかるとは思っていない。
ヘイローシティは広い。ミドルズだけでも五大企業の影響を受けた区画がいくつもあり、それぞれ街並みも雰囲気も違う。
限られた時間で映像だけを頼りに探すなんて無茶なのは分かっていた。
それでも、市民権を取得する前の方が足は付きにくい。今のうちに、この区画だけでも見ておきたかった。
とりあえず、この映像に映っているクイックカフェ24ってお店の位置を調べるか。
「……うげ、チェーンかよ」
マップデータに映し出されるクイックカフェ24の位置を示す点。その多さにげんなりしながらも、立ち止まっていても事態は変わらないと歩き出した。
店の前まで近づき、足を止めて映像と見比べる。
道路の幅も、建物の高さも、ホログラム広告の位置も違う。
似ているようで、どれも決め手に欠けていた。
「……シンセスじゃないのか?」
今回、私たちが選んだのは、五大企業シンセス・コーポレーションが管轄するミドルズの区画だ。
今後の拠点として動くなら、この区画の市民権が欲しい。情報も集まりやすいうえ、カムイの古巣でもある。データの改竄もしやすいらしく、潜り込むならここが一番都合がよかった。
その後も区画内を一通り歩き回ってみたものの、それらしい場所は見当たらなかった。
「この区画じゃないのか?」
別のミドルズか? まさかトップスじゃないよな?
トップスなら、市民権を得るだけじゃ入れない。何か大きな実績を残さない限り上がれない。
いや、トップスにしては、映っていた人たちの多くがレギアを使っている。順当に考えてミドルズのほうが可能性としては高い。
なら、歩いて探すのは効率が悪すぎる。車でもバイクでもいい。なんでもいいから足を調達しないと……問題は免許だな。あいにく、正規の免許なんて持っていない。
アンダーズは免許なんてあってないような物だ。アクセルさえ分かれば動かせる。でも、ミドルズではそうはいかない。さて、どう誤魔化したものか。
そんな風に歩きながら考え込んでいるうちに、頭上の景色がゆっくりと変わり始めた。
「……?」
空が暗くなっていく。
いや、本当に夜になったわけじゃない。
ビルの上空を覆う巨大なホログラムが昼の青空を夕焼け色へ塗り替え、区画全体を茜色に染め上げていく。
やがて夕焼けは群青へ変わり、一番星まで映し出された。
その変化はあまりにも自然で、思わず足を止める。
「……さすがシンセス」
アンダーズにも空はある。
けれど、それは高架やビルの隙間から覗く、本物の空だけだ。こんな風に区画全体の景色を変えることなんてできない。
トップスでは見慣れた光景だ。それがミドルズでもここまで再現されているとは思わなかった。
さすがはAIや仮想現実、ネットワーク管理を専門とする五大企業、シンセス・コーポレーションだ。こういうところには惜しみなくクレジットを掛けるらしい。
しばらく見上げていると、区画を包む夜空にもすっかり見慣れてしまった。
……見入ってるうちに、結構時間が経ってたみたいだ。
「ヴィク」
ゼヴィに袖を引かれ、我に返る。
「どうした?」
「腹減った」
「……もうそんな時間か」
今日はもう駄目だな。これ以上探しても成果はなさそうだ。
「戻るぞ」
ついでに何か買って帰るかとホテルへ向けて歩き出した。
レクスの分も買おうかと考えたが、アイツの事だ。どっかで遊び歩いてるだろう。
せっかくのミドルズだからと、綺麗なお姉さんのいる店で酒でも飲んでるかもしれない。
……なんか腹立ってきたな。
「ゼヴィ、やっぱりどこか食べに──」
「すみません」
突然声を掛けられ、心臓が跳ねる。
慎重に振り返ると、青と黒の装甲服を着た男性が立っていた。胸元には『HCPD』の文字。
なっ!? どうして市警が!?
「少々よろしいでしょうか?」
「っ!」
……落ち着け。まだ捕まると決まったわけじゃない。
私は平静を装って頷いた。
「なんでしょう?」
「最近、不正な識別チップによる侵入事案が確認されておりまして」
市警の男は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしますが、身元確認にご協力いただけますでしょうか」
──まさか、もうバレたのか?
いや、だったら問答無用で拘束するはずだ。まだ正体は割れていない。
逃げるなら今しかない。でも、この距離じゃ追いつかれる。
ゼヴィの足なら逃げ切れるか? でも、顔がバレた今、今後の調査が厳しくなる。
それでも最悪に備え、相手の装備と周囲の地形を素早く確認し、頭の中で逃走経路を組み立てた。すると──
「せんぱぁぁい」
通りの向こうから、間の抜けた声が飛んできた。
市警の男が勢いよく振り返る。
「どうした!」
「また不法侵入者を発見しましたぁ」
「よくやった! 確保は!?」
「あ、逃しましたぁ」
「何をやってるんだ!!」
「だってぇ、速かったんですもぉん」
女の市警が肩をすくめると、男の市警は額を押さえて大きく息を吐いた。
「申し訳ありません! 失礼します!」
そうして私へ一礼すると、踵を返す。
「どっちへ行った!?」
「えー、行くんですかぁ? これ以上の残業は勘弁なんですけどぉ」
「当たり前だ! 馬鹿なこと言っていないで案内しろ!!」
「あっちでぇす」
「急ぐぞ!」
二人は慌ただしく通りの向こうへ走り去っていった。
その背中を見送りながら、ゆっくりと胸を撫で下ろす。
……警戒は思った以上に厳しいな。
「ヴィク?」
「いや、なんでもない」
偽装識別チップがあるからといって油断はできない。
「やっぱり今日は寄り道せず、飯だけ買って帰るぞ」
私は気を引き締め直し、ゼヴィと並んでホテルへの道を歩き出した。




