コード073 境界の店
搬入口を出ると、コンテナが並ぶ人気のない荷捌き場が広がっていた。
「そういやレクス。服はどこで調達するんだ?」
本来ならアンダーズでそれっぽい服を見繕う予定だった。けれど、レクスが「現地で買った方が安い」と言うので、いつもと変わらない服装で来たのだ。
「この格好じゃ店にも入れないだろ」
できるだけ洗ってはいるが、綺麗な服とは言い難い。そもそも、アンダーズで手に入る服は最初からボロボロの物が多い。
こんな姿で街中を歩けば、ミドルズでは浮浪者扱いだ。店に入ろうものなら門前払いされてもおかしくはない。
「俺等以外にも偽装識別チップを使って上に来てる連中はごまんといる。そういう手合いが利用する店があるんだよ」
「へぇ……ん?」
レクスの言葉に頷きかけるが、すぐに疑問が浮かぶ。
「でも、そんな店が簡単に見つかるとは思えないんだけど……」
「心配すんな」
レクスは自信満々にウインクした。
「当てはある」
そう言うとレクスは、荷捌き場の奥へ慣れた足取りで進み始めた。
コンテナの間を何度か折れ、行き止まりのような場所で足を止める。
「……ここ?」
私が見回しても、あるのは使われていないように見える古びたコンテナだけだった。レクスは躊躇なくコンテナの扉を開け、中へ入っていく。
私も同じように入るが、コンテナのなかは空っぽで何もない。
ゼヴィがちゃんと付いてきていることを確認してから、レクスへと顔を向ける。
「何もないじゃないか」
「まぁ見てろ」
レクスは靴底で床を叩きながら数歩歩いたところで動きを止めた。
「ビンゴだ」
しゃがみ込んで床へ手を伸ばす。何かを操作したかと思えば、床の一部が静かに持ち上がった。
「!」
「この中だ。行こうぜ」
レクスは開口部へ身を沈めた。
中を覗くと、梯子が下へと続いていて奥は見えなかった。レクスが迷いなく降りていくのを見て、私も一度ゼヴィと目を合わせ、その後を追うように梯子を降りた。
梯子を降りた先にあったのは、薄暗く、物がごちゃごちゃと置かれた雑貨屋だった。
レクスとはぐれないよう店内を進むと、カウンターでは恰幅のいい中年女性がキセルをふかしていた。
「マダム」
レクスの声に、女性はちらりとこちらを一瞥する。それから肺いっぱいにため込んでいた煙を、ゆっくりと吐き出した。
「注文は?」
「一週間ほどミドルズに滞在したい」
「……一人辺り2だね」
「ヴィク」
「?」
首をかしげる私に、レクスは首元の識別チップを指さしてみせる。
「チップ」
「あっ」
合点がいった私は懐から予備の偽装識別チップを3枚取り出そうとした。けれど、その手をレクスに止められ、1枚だけ抜き取られた。
「一週間分だ。どうだ?」
「足りないね」
「切り替えもできる」
中年女性はレクスからチップを受け取り、じっくり眺める。
「……入りな」
鼻先でカウンター奥を示す中年女性に、レクスは「どうも」と軽く応えて歩き出す。
私もゼヴィへ「行くぞ」と声を掛けてその後を追い、しばらく歩いたところでレクスの横に並んだ。
「今のは?」
「一週間分の宿泊施設と装備を揃えて貰ったんだ」
「今ので!?」
あの会話にそんな意味が!?
「勝手に1枚使って悪いな」
「別に、余った分は売るつもりだったしいいけど」
最低でも6枚あればなんとかなる。1枚なくなっても、まだ11枚もあるから気にはならない。
「あと、ここではチップを切ってろ。時間を温存するためにな」
「大丈夫なのか?」
「あぁ。ここはアンダーズとミドルズの境目に上手いこと作られてる店だからな。上の目からは検知されねぇんだよ」
素直に、よくこんなことを考え付く人がいたもんだと感心する。
アンダーズじゃないから危険も少ない。偽装識別チップを使って上へ来るような連中なら、話の通じない無法者はそう多くないはずだ。
仮にそんな奴がいたとしても、ここで騒ぎを起こせば自分の首を絞めるだけ。この店が潰れれば、ミドルズで身を隠す場所も、服や装備を調達する場所も失ってしまうのだから。
「随分と商売上手だな」
「弱みってのは高く売れるんだよ……この部屋か」
レクスが立ち止まったのは、二つ並んだ金属製の扉の前。そのまま右の扉に手を掛ける。
「ここに入ってりゃマダムが物を持って来てくれる。貰ったら着替えて待ってろ。お前はそっちな」
「分かった」
言われた通り左の扉へ手を掛けたところで、「待て」とストップが入った。
「お前はこっちだ」
「がう!」
ゼヴィの首根っこを掴んだレクスが、呆れたようにため息をつく。
「何当然のようにそっち行こうとしてんだ」
「ヴィクぅ!」
「ばっ、許すか!!」
「……あー」
こっちに来たそうに手を伸ばすゼヴィ。
「別に、私はいいけど」
「ダメだ」
「一応、護衛にもなるし」
「何かあったら駆けつける。だから絶対にダメだ」
譲る気のないレクスに少し考えたが、ゼヴィを着替えさせるのも面倒だし任せるかと「分かった」と頷いた。
「後でな。ゼヴィ、ちゃんとレクスの言うこと聞くんだぞ」
「ヴィクぅ」
「おら、聞いただろ。大人しく来い」
「ヴィクぅぅぅ」
しょんぼりとレクスに引きずられていくゼヴィを横目に、私も部屋の中に入った。
部屋の中は思ったよりも簡素な作りだった。
ここで待っていればいいのかと、とりあえず置かれていた椅子へ腰を下ろす。すると、コンコン、と部屋の隅から音がした。
振り向くと、壁際に備え付けられた受け渡し用らしきボックスの蓋が僅かに開いている。
恐る恐る近寄って中を覗くと、衣類やバッグなどの装備品、簡単な身だしなみ用品、そして一枚のカードが入っていた。
「……これに、着替えればいいのか?」
どんな服なんだろうと箱から取り出した瞬間、思わず固まる。
「な、なんだよこれ!?」
白を基調にピンクが差し色として入った服は、どう見ても私には似合いそうにないほど可愛らしかった。
インナーは肩もお腹も見える短いデザインで、パンツも太ももがしっかり出る長さ。上から羽織るパーカーも大きめではあるものの丈は短く、結局お腹は隠れそうにない。
「これを……着るのか? 私が?」
ショルダーバッグまで可愛らしいデザインだし、横にはよく分からないピンクのマスコットまでぶら下がっている。ミドルズじゃこういうのが普通なのか?
「あ、でも中は可変式の仕切りだ。わーい」
ってなるかぁ!!
え、嘘!? これを私が着るの!? 着なきゃいけないの!?
いやでも、これ以外に服はないし……レクスたちも待たせるわけにはいかないし……。
隣の部屋からは何やらドタバタと騒ぐ音が聞こえる。多分、ゼヴィが暴れているんだろう。
……レクス一人じゃ荷が重かったか。
「あぁもう! なるようになれ!」
私は備え付けられていた鏡で全身をチェックする。
「これで、いいのか?」
お、お腹も足もスースーする。なんか落ち着かない。
「…………」
せめてもの抵抗と言わんばかりにピンはバッグにしまって、いつものゴーグルを装着する。
これでよし。
私は部屋から出て、まだ騒いでる隣の部屋をノックした。
「レクス、大丈夫か?」
「ヴィク!」
「うわっ!?」
私の声に反応したのか、勢いよく扉から出てきたゼヴィが飛び付いてきた。その衝撃に耐えられず、尻餅をつく。
「っ、いった」
「ヴィク、大丈夫か?」
レクスは足でゼヴィを退かすと、私に左手を差し出した。
大人しく退いたゼヴィを不思議に思いながら、その手を掴んで立ち上がると──
「悪いな。止められなかった」
「…………」
「……ヴィク?」
「あ、……いや」
咄嗟に視線を反らしてしまう私。
な、なんだ? なんか……ソワソワする。
普段はボロボロのナノトレンチコートか、くたびれたTシャツ姿ばかり見ていたからだろうか。ちゃんとした服を着たレクスって……意外と……。
「……ヴィク? どうした?」
「なんでもないっ!!」
なんだよ意外とって! レクスはレクスだろ!
私はレクスに背中を向けたまま、いつものレクスの姿を思い浮かべる。
だらしなくて、いい加減で、散財癖もあってギャンブル好きで、如何わしい店にも入り浸ってるような奴だろ!?
ツケだって溜めるし、部屋は汚いわ、面倒くさがりだわで、生活力なんて壊滅的なロクデナシな男が意外と? んなわけあるか!!
……よし、落ち着いてきた。
そうだ。冴えないおっさんがちょっとお洒落したからってなんだ。レクスはレクスだろ。別に今さら何も思うことなんて──
「……なんだよ」
熱い視線を感じて下を見ると、さっき蹴飛ばされたゼヴィが起き上がることもなく、転がったまま私を見つめていた。
ちゃんと着替えられたようで、ミドルズにもいそうな、ちょっと素行の悪そうな少年みたいな格好だった。
「つぅか、転がったまんまでいんなよ。折角買った服が汚れ──」
「変だ」
「……は?」
ゼヴィはそう呟くや否や勢いよく起き上がり、私の周りをぐるぐると回り始めた。
「ヴィクが変だ」
「は?」
「変だ。すごく変」
「はぁ!?」
ゼヴィのあんまりな言い分に、思わずイラッとする。
「なんか変……」
「変変変変うっせぇよ!」
そんなん分かってるよ! でも、そこまで言うことないじゃんか!!
ゼヴィは嘘をつけない。思った事はそのまま言う。だからこそ余計にグサリと胸に刺さった。
「……どうせ似合ってねぇよ」
「そんなことねぇよ」
ポンと頭に温かい何かが乗った。見ると、レクスの左手だった。
「ちゃんと似合ってる。可愛いぞ」
「っ!?」
カッと顔が熱くなる。
何か言おうにも言葉が出なくて距離を取った。
「べ、別に褒められたかった訳じゃねぇし!」
くっそ、なんだよこれ!
「ばーか! レクスのばーか!!」
「なんで!?」
うっさい! ばーか!!




