コード069 もぬけの殻
静まり返っている廃駅を慎重に進む。
敵が何処に隠れているか分からない以上、常に警戒しながら構内を捜索した。
けれど、廃駅の隅々まで調べたのにあるのは死体と瓦礫ばかりで、犯人の痕跡すら見つからない。
収穫らしい収穫はなく、時間だけが過ぎていく。
ゼヴィは退屈そうに欠伸をし、レクスだけは妙に難しい顔をしていた。
「……目的が見えねぇな」
「目的?」
「あぁ」
レクスは足元の死体を一瞥する。
「ジャッカルなら潰した拠点はそんまま押さえる。今はウルフとの抗争前だ。わざわざ戦力削って放置する意味がねぇ」
「他のアンダーファイブだったら?」
「コブラなら端末を漁る。ヴァイパーなら標的だけ仕留めて消える」
「ロザリオは?」
「……あの化け物の考えは読めねぇが、無駄な殺しをしねぇのは確かだ」
レクスは壁に飛び散った血を見て、僅かに眉を顰めた。
「少なくとも、これは縄張り争いの殺し方じゃねぇな。何がしたいのか全然見えてこねぇ」
「ただ殺したかっただけって線は?」
「……あー」
自然と私とレクスの視線がゼヴィへ向く。ゼヴィは意味が分からないのか首を傾げた。
「まぁ、それなら説明はつくんだが……そうなるとマジで笑えねぇな」
「何でだ?」
「アンダーファイブならまだ読める。が、殺すこと自体が目的の奴は読めねぇ」
レクスは足元の死体を軽く蹴った。
「下手すりゃ荒れんぞ」
「……」
私はレクスの考えを聞きながら思考を巡らせる。
レクスの言いたいことは分かった。
ただでさえ大規模抗争が起こりそうなのに、横槍を入れる存在がいる事態そのものが不味いってことだ。もしかしたら抗争が始まる前に撤退を余儀なくされるかもしれない。
そうなる前に、なんとしてもゼヴィが反応した何かを見つけなければ。
ゼヴィの鼻は確かに旨そうと反応していた。そしてここに近づいた途端に消えた。
単純に考えれば、匂いの元は既に立ち去っている。ここを探しても本人は見つからないだろう。
けど、今のところ一番怪しいのはこの場を荒らした人物だ。ソイツの情報がどうしても欲しい。
何か手掛かりになるものは……と、周囲を見渡した。
「……これは」
私は転がっていたギアを掴み、観察する。そして、あたりに転がっている死体にも目を向けた。
「そうか……」
「ヴィク? どうした?」
「ゼヴィ、レクス! ウルフの死体をできるだけ多く集めてくれ!」
私は手に持ったギアを力強く握る。
「手がかりがつかめそうなんだ!」
「ほらよっと」
「…………」
「ヴィク、ここでいいか?」
「…………」
「……聞いてねぇな」
やっぱりそうだ。
私はギアの曲がり方や損傷を全て見比べた。
壊れ方が全部同じだ。装甲の傷は違うが、その奥にあるフレームの歪み方だけは一致していた。
肩、胸部、首。どの死体も同じ方向から同じ衝撃を受けている。
おそらくここを襲った人物は一人だ。それも大出力の近接戦闘型ギアを使っている。
そして私はつい最近、こういう壊れ方をしたギアを修理した。
装甲が潰れ、内部フレームが捻じ曲がり、神経接続部ごと叩き壊されたギアを。
「……ザイラスと同タイプか」
似たタイプで思い当たるのはジャグナスぐらいしかいないが、奴が自分の部下を殺したとは考えにくい。
そもそも、レクスはアンダーファイブだと目的が見えないと言っていた。
けれど、相当なクレジットがないとあんなギアは作れない。ただのアンダーズの住人が持つには分不相応すぎる。
「……コウモリか?」
ゼヴィの鼻も反応していたし、現段階ではそう考えるのが妥当だろう。ならば、ザイラス以外にも似たようなタイプのギアを持った人物が所属しているということになる。
だったら好都合だ。コウモリのマークを使う奴らに関しての情報は少ない。でも、アンダーズでこんなギアを使っていたら目立つ。そうなればコウモリのマークを使っている奴を見つけやすくなる。
奴らがアクシオンギアと関わってる事は分かってるんだ。とっ捕まえて情報を吐き出させれば──
「だあああああ! ストップ! ストップだ!」
「がああああ!」
「くっそ! ヴィク! コイツを止めろ!!」
「あぁもう! なんなんだよ!」
私の思考を遮る騒ぎに苛立ちながら振り返る。すると、レクスが暴れるゼヴィを必死に抑えていた。
「……何してんの?」
「俺だって分かんねぇよ! この犬が急に暴れ出したんだ!」
「壊す! 壊す!」
「ゼヴィ」
「……壊す」
「ゼヴィ」
「…………」
私が苛立ちを込めて名前を呼ぶと、ゼヴィはしょんぼりと肩を下ろしながら動きを止めた。
レクスはそれに安堵したように手を離す。
いったいゼヴィは何に反応したんだと近づこうとすると、ゼヴィは私の前に立ち塞がるように両腕を広げた。
「ゼヴィ、どけ」
「……いやだ」
「退きなさい」
「ヴィクぅ……」
甘えるような目で見てきたが、それを無視して一歩踏み出すと抱きついてきた。
「こら! 離れろ!」
「やだ!」
「やだじゃない! 何をそんなに嫌がって……」
そこまで言いかけて、言葉が止まった。
ゼヴィの肩越しから見えたその死体に驚きを隠せなかった。
「っ、なんでソイツが!?」
「……知り合いか?」
「知り合いというか、レクスも知って……」
あぁ、そう言えば初対面の時はレクスはアックスに集中していたし、何より二度目の邂逅の時のザイラスは原形を留めていない状態だった。
これだけ綺麗に残っているなら、逆に結び付かなくても不思議ではない。
「……ペットの依頼の時にいた傭兵の一人だよ。あの時アックスと一緒にいた奴。そんで、あのコアの施設でも会ったんだ」
「何?」
「でも、おかしい」
私はゼヴィをくっつけたままザイラスを見る。
「あの時、ゼヴィは確実にザイラスを殺していたし、私もソイツの肉体からギアを奪ってゼヴィを修理した。だから生きていたとは考えられない」
そうだ。確かに息の根は止まっていたし、体のパーツもかなり奪った。なのに、あんな綺麗な状態の死体がここにあるのはおかしい。
「ゼヴィ、離れろ」
「……」
「……分かった。背中ならいい」
「!」
背中に張り付いたゼヴィをそのままに、ザイラスに近づいてさらに状態を確認する。
「……抜き取ったはずのパーツも元通りだな」
断線した箇所から火花が散っている様子を見るに、先ほどまで稼働していたのも間違いない。
「レクス、この死体はどんな状況だった?」
「ウルフの死体の山の下敷きになってた。マークがねぇからまさかと持ってきたが正解だったみてぇだな」
「ナイス判断」
私はそう言いながら、ゼヴィの頭を軽く叩いた。
「ゼヴィ、匂いは?」
「……うぅ」
「ゼヴィ」
「……しねぇ」
「え」
しない? そんなバカな。
「……本当だろうな?」
「? しねぇ」
……まぁ、ゼヴィが嘘なんて高度なことできる訳ないか。そもそもこの様子なら、気づいた時点で壊しに行っている。
じゃあ、このザイラスもどきはアクシオンギアとはなんの関係のない偽物? それにしては似過ぎているのが気になる。
分解する時に触った程度だが、見たかぎりギアの構造も全く同じだ。そんなことあり得るのか?
そもそも、なぜこんなに似た偽物がいる? 全くもって意図が見えない。さらにザイラスと同じギアを使っているなら、ゼヴィが反応しないのも不自然だ。
オリジナルに由来してるギアなら反応すると思っていた。なのに、なぜゼヴィは反応しない?
「!」
いや待て。そういえばゼヴィは確かにアクシオンギア由来のギアには反応していた。でも、オーバースペック体には反応を示さなかった。
あの施設にいたオーバースペック体は、ブラッドギアを使用していたはず。だからコアの端末として操られていた。でも、ゼヴィは一度も旨そうと反応をしなかった。
あの時のゼヴィが反応したのは、コア本体と、そのコアと生体神経系インターフェースで繋がれた端末だけ。
オーバースペック体とあの端末の違いはなんだ? おそらくそこに、このザイラスもどきに反応を示さない理由がある。
「……レクス」
「なんだ?」
「持って帰ろう」
「……へいへい」
「!」
レクスがザイラスもどきの死体を背中に担ぐと、ゼヴィは強く反応した。
「ヴィク!」
「却下」
「……」
けれど、即座に私が切り捨てると不満そうに唇を尖らせた。
「……何がそんなに嫌なんだよ」
「分かんねぇけど……なんか、いやだ」
ゼヴィはそう言いながらザイラスもどきの死体を睨みつける。
「アレがヴィクの近くにいんの……なんか、やだ」
「……」
私は大きくため息を吐いてからゼヴィの頭を雑に撫でた。
「別に何も起こりゃしないだろ」
「……」
「……調べ終わったら壊していいから」
「……本当か?」
「あぁ、本当だ」
そこまで言うと、ゼヴィは納得したのか、ようやく引き下がった。
「んじゃ帰るか」
レクスがザイラスもどきの死体を担ぎ直す。
「重てぇなコイツ」
「文句言うな」
「だったら手伝ってくれよ」
「ツケ」
「……便利な言葉だなぁ、おい」
私はもう一度ザイラスもどきへ視線を向けた。
ゼヴィが反応しない理由。コアには反応した理由。オーバースペック体との違い。そして、なぜザイラスと全く同じ存在が現れたのか。分からないことばかりだ。
だが、この死体を持ち帰れば何か分かるかもしれない。
私たちはザイラスもどきの死体を回収し、その場を後にした。




