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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第3章 同期編

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コード068 張り込み

「レクス、そっちは?」

「全然」

「ゼヴィ、匂いは?」

「しねぇ」

「……」


 私は双眼鏡を下ろし、大きくため息を吐いた。


 ジャッカル区画を見渡せる棄却区(アンダーヘル)の高層廃墟に陣取って三日。怪しい動きを見せる人影は一つもなかった。


「今日も収穫なしか……」


 双眼鏡を脇へ放りながらジャッカル区画を睨む。


 視界の先にはジャッカル区画の外縁部が広がっていたが、見えるのは警戒中の構成員と慌ただしく動く見張りばかりだ。レクスの言っていた「焦って動く奴ら」ってのはまだ見当たらない。


「ま、そういうもんだ。気長にいこうぜ」


 瓦礫にもたれたレクスが、携帯食料をかじりながら言う。


「何でそんな楽観的なんだよ」

「悲観すりゃ事が動くのか?」

「……私だって、時間があるなら余裕ぐらい持てる」


 けど、いつ抗争が始まってもおかしくない状況だ。


 ひとたび始まれば人も物も一斉に動き出す。そうなれば運び屋を追うどころじゃなくなる。


「そんな猶予もないだろ」

「慌てたって変わりゃしねぇよ」

「それはそうだけど……」


 私が不満げに視線を逸らすと、ゼヴィが壁際に座り込んだまま欠伸を噛み殺している姿が見えた。


「……お前は気楽でいいよな」

「? 腹減った」

「ほらよ」


 私が半目で肩を落としていると、レクスが食べているのとは別の携帯食料をゼヴィへ投げた。ゼヴィはそれを口で受け止め、包装ごと噛み砕く。


 そして、数回咀嚼しただけで飲み込み「もっと旨いのがいい」と呟いた。


「ヴィクに言え」

「……そういやそういう時間か」


 見張りばかり気にして食事を後回しにしていたことを思い出し、持ってきた大きい鞄を漁る。


 念のためにと一週間分の食料を用意しておいてよかったと、鞄から食材を取り出した。


「ローガンさん、キノコいけますか?」

「いつまで要る気だ貴様ら」


 顔をあげると、ローガンさんは腕を組みながら私たちを睨んでいた。


「そんなキレんなって。俺らの仲だろ? サービスしてくれや」

「鉛玉でいいか?」

「おいおい、ジャグナスと取り持ってやった恩を忘れたか?」

「その借りならばジャッカルのところで返しただろう。これ以上貴様と馴れ合うつもりはない」


 ローガンさんの人差し指が、組んだ腕を一定のリズムで叩く。


「仕方ねぇだろ。どこもかしこも満席なんだ。使える拠点がここしかねぇんだよ」

「ふざけるな。貴様の遊びに付き合ってる暇はない」

「俺だって遊びじゃねぇよ。真面目に仕事してんだよ」

「レクス、バターと塩どっちがいい?」

「バター。でも、どっちかってぇと肉の気分」

「了解。オートでいい?」

「さすがヴィクちゃん」

「どこが真面目だ!!」


 私は返事を聞きながら、保存食用のオートキノコとオートベーコンを鉄板代わりの廃材の上へ並べた。


 小瓶に入った合成バターを垂らすとじゅわりと油が弾け、すぐに香ばしい匂いが立ち上る。


「ヴィク、君も君だ。もっとレクスに意見したらどうだ」

「あ、もしかして塩派でした?」

「ええい! 食から離れろ!!」


 焼いたキノコとベーコンを乗せるための合成パンも鉄板の端へ並べながら応えると、ローガンさんは珍しく声を荒げた。


「すいません。チーズつけるんでそれで勘弁してもらえますか?」

「……もういい」


 ローガンさんは呆れたように呟き、自身の前髪をくしゃりと乱した。


「貴様らが居座るのは勝手だが、ここはヴァイパーが押さえた監視地点だ。ジャッカルが動けばこちらも動く。その時どうなっても知らんぞ」

「ローガン様」


 ローガンさんがいい終えたところで、彼の背後から声がした。


 体をずらして後ろを見ると、ヴァイパーの構成員らしき人物が一人立っている。


「報告があります」

「……分かった」


 ローガンさんは短く返事をしながら、こちらを一瞥した。


「貴様らはそこで飯でも食っていろ」


 それだけ言い残し、構成員を連れて廃墟の奥へ消えていった。


 私はローガンさんの背中を見送りながら、合成パンに焼いた具材とチーズを乗せてレクスに渡す。


「……やっぱり不味かったのかな」

「何がだ?」

「この拠点に居座るの」


 元々ここはローガンさん達の監視地点であり、私達は半ば無理やり居座ってる状況である。


 彼が不満を抱いても文句は言えない。


「別にいいんじゃね?」

「いやでも……」

「じゃあ諦めて帰るか?」

「それは……」


 そう言われてしまえば反論できない。


「つぅか、あの野郎だって散々人のことこき使ったんだ。まだ軽いぐらいだっての」

「……地下ネットの後のやつか?」

「そうそう」


 レクスはがぶりとパンにかぶりつきながら答える。


「たくっ、無理難題ばっか頼みやがって」

「やっぱり荒事か?」

「だいたいな」

「……だいたい?」


 私は大口を開けて待っているゼヴィに同じものを突っ込みながら、抱いた疑問を口にした。


「荒事事以外もあったのか? どんなのだ?」

「……」


 けれど、レクスはあからさまに視線を反らし、答えなかった。


「……レクス?」

「……」

「レクス」

「……それ焼けてんじゃね? お前も食えよ」


 誤魔化し方下手くそか。


 強めに名前を呼んでもレクスはスルーを決め込み、最後の一口を飲み込んだ。そして、テキパキと私の分のパンに具材を乗せていく。


「おい」

「ほら、腹が減っちゃ戦はできねぇぞ」

「おい」

「ヴィクちゃん、あーん」

「やめろ!」


 無理やり口に突っ込んでこようとしたので、私は奪うように受け取り、口に頬張った。


 ……なんだよ。私には言えない事かよ。


 そうムッとしながら咀嚼していると、パンを食べ終えたゼヴィが勢いよく顔を上げた。


「……どうした?」

「する」


 そう呟いて鼻をヒクヒクし始める。


「旨い匂い、する」

「でかした!」


 私は具材が零れないようパンを二つに折り、まとめて口へ突っ込んだ。


 レクスがゼヴィの視線の先へ目を向けたのを確認しつつも散らばった荷物をバッグへ詰め込み、それを肩へ担ぐ。


 そして、最後にゴクリとパンを飲み込んだ。


「ゼヴィ、案内しろ!」



   ◇ ◇ ◇



 ゼヴィを追いかけること数十分。不意にその足が止まり、それに合わせるように私も二輪車を停めた。


「……ゼヴィ?」

「しねぇ」


 ゼヴィはそう小さく言うと、鼻先を地面へ近づけたまま辺りを嗅ぎ始める。後ろから降りたレクスも無言で周囲を見渡した。


「旨いのが、ねぇ」

「ない? 消えたってことか?」

「?」


 ゼヴィは意味が分からないのか首を傾げると、もう一度だけ「ねぇ」と呟いて私の方へ寄ってきた。


 私はその頭を軽く撫でながらレクスへ顔を向ける。


「何か見えるか?」

「……怪しいのならある」


 そう言って顎で示した先には、高架下に作られた廃モノレール駅があった。


「ウルフの連中が拠点に使ってる場所だ」

「知ってたのか?」

「あぁ。あえて候補から外してたんだがな」


 肩を竦めたレクスは、そのまま駅を見上げる。


「血の気の多い連中の近くは気が滅入るだろ」

「それでローガンさんの所に?」

「そうなるな」


 レクスはしばらく様子を窺った後、わずかに眉を顰めた。


「……ま、想像とは違って随分と大人しくしてるみてぇけど」


 レクスの言う通り、まだ距離があるとはいえ人の気配も物音もしなかった。ウルフの拠点だというのに、不自然なほど静まり返っている。


「ウルフの奴らがブラッドギアを?」

「ジャグナスの性格を考えると微妙なとこだが……ないとは言い切れねぇな」


 確かに、ジャグナスといえど末端まで把握しているとは限らない。スクラップバザールの件だってあった。


「……私が見てこようか?」

「ダメだ」


 レクスは私が跨っている二輪車を指差す。


「借りもんじゃ本調子は出ねぇだろ」

「でも……」

「俺が行く。お前はローガンの所に戻れ」

「いやだ。私も行きたい」

「……お前ね、今がどういう状況だと──」


 レクスはそこまで言いかけ、途中で諦めたように頭を掻いた。


「……いや、いい。分かった。その代わり下で待ってろ。猟犬と一緒にな」

「了解」


 私はにんまりと笑い、レクスの気が変わらないうちにとゴーグルの位置を整えながら頷いた。





 廃モノレール駅の真下に二輪車を停め、レクスの姿が見えなくなるまで見送る。


 待っている間に何度か旨い匂いがするかゼヴィへ聞いてみたが、首を横に振るだけでそれ以上の反応はなかった。


 やっぱり待つしかないかと二輪車に寄りかかっていると、少し離れた場所でゼヴィがスクラップの山に頭を突っ込んでいるのが見えた。


「何してんだ?」


 怪訝しげに近づくと、ゼヴィは何かを咥えたままスポンと頭を引き抜く。


「ヴィク!」

「なんだ? 気になる物でも見つけ──っ!?」


 ゼヴィが口に咥えていたのはギアの腕だった。しかも、ウルフのマークが刻まれている。


 反射的にスクラップの山へ目を向ける。


 すると、折れ曲がった脚や潰れた胴体、砕けた装甲がスクラップに混じって積み上がり、その隙間には何人もの死体が埋もれている事に気づいた。


「なんだよ、これ……」


 さっきまではただの廃材にしか見えなかった。けれど、一度気づいてしまえばもうそうは見えない。


 恐る恐る飛び出ている腕へ触れると、まだ温かかった。


「レクス!」


 嫌な汗が流れ、そのまま廃駅の中へ駆け込む。そして、更に飛び込んできた光景に息を呑んだ。


「これは……」


 壁も床も天井も血塗れだった。何で今まで気付かなかったのかと思う程の鼻につく鉄臭さに、思わず顔を顰める。


「ゼヴィ! 行くぞ!」


 こんな場所にレクスを一人で行かせてしまったのか!?


 自然とツールバックを握る手に力が籠った。


 瓦礫の影にも崩れた壁際にも死体が転がっている。血もまだ乾いていない。間違いない、この残劇が起きたのはついさっきだ。


 ──じゃあ、犯人はまだ近くにいる?


「レクス! どこだ!? レクス!」


 とにかくレクスを見つけなければ。


 そんな焦りを振り払うように、声を張り上げながら通路を駆け抜けた。


「レク──」


 けれど、途中で横へ引っ張られ、暗がりへと引き込まれる。


「うぐ」


 口を塞がれたまま、咄嗟に肘を打ち込もうと身体を捻るが──。


「ヴィク! 俺だ!」

「!」

「落ち着け」


 聞き慣れた声に、ピタリと動きを止める。確認するようにゆっくりと顔を上げると、近くにレクスの顔があった。


「……レクス」

「騒ぎすぎ」

「よかった……」


 レクスが無事だった事に、ようやく肩の力が抜ける。


「……待ってろって言ったろ」

「……ごめん」

「まぁ、来ちまったもんは仕方ねぇか」


 そう呆れながらも、ゼヴィに手招きして近くまで呼んだ。


「犯人は?」

「分からねぇ」

「逃げたのか?」

「……だといいんだがな」


 レクスはそう言って奥へ視線を向ける。


「だから静かに行くぞ」


 私は今度こそレクスの言いつけを守るように、黙って頷いた。


 レクスもそれを確認すると「よし」と言いながら手を離す。


 そして、私達は足元の血溜まりを踏まないよう注意しつつ、廃駅の奥へ進んでいった。



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