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Axion Gear(アクシオンギア)   作者: てしモシカ
第3章 同期編

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コード066 お手入れ

 視線を感じて目が覚める。


 眠気眼を擦りながら起き上がり、何気なく横を見ると、直ぐ近くでゼヴィがじっと私を見ていた。


「!? おまっ、何で部屋に──」


 そこまで言いかけて、昨日の記憶が蘇る。


 ……あぁ、そうだった。私がソファで寝かせたんだった。


「……起きたんなら、別に出ていきゃいいのに」

「?」

「顔洗ったり、飯食ったりとかあるだろ」

「?」


 私が何を言っても不思議そうに首を傾げるゼヴィを前にして、ハッとする。


 ……そういや私、コイツが自分で顔洗ったり歯を磨いたりしてるところ見たことないな。


 整備する時、気持ち程度に体は拭いてやってたけど、そんだけだ。


 え? じゃあ何か? 私は今まで一度もまともに体を洗ったことない奴を部屋で寝かせたってことか!?


 私は若干身構えながらゼヴィへ顔を寄せると、ギア特有の油と鉄の匂いがした。


 体の九割がギアだから汗臭さはあまりない。が、近くで見ると髪の状態が酷かった。恐る恐る前髪を掻き分ける。


「うわ……」


 所々ダマになっている上に妙にベタついていた。何ならシラミの卵まであって最悪だった。


「っ!?」


 慌ててソファを確認すると、ゼヴィの頭が当たっていた辺りに見慣れないシミができていて青ざめる。


「ゼヴィ!!」

「!?」


 私が大声で名前を呼ぶと、ゼヴィの肩がビクリと跳ねた。


「……お前、これからもここで寝たいか?」


 仕切り直すように、できるだけ落ち着いた声で尋ねる。すると、ゼヴィは数秒ほど目をパチパチさせた後、小さく頷いた。


 その微妙な反応に、本当に私の言葉の意味を理解しているかは分からない。けれど、これからもここで寝かせるならやることは一つだ。


「ゼヴィ、脱げ」


 私はゼヴィに向かってタオルケットを投げつける。


「洗うぞ」




 私は汚れてもいい服に着替え、ゼヴィを連れて一階のシャワー室へ向かった。


 元々は整備工場時代に使われていた洗浄スペースを流用した部屋だ。


 浴槽なんて立派なものはない。金属製の床と排水溝、それから壁に取り付けられたシャワーヘッドだけの簡素な作りだが、スペースだけは無駄に広い。今回はその広さがありがたかった。


 三つあるブースのうち使えるのは真ん中だけ。


 私は真ん中のシャワーヘッドを外し、代わりにホースを取り付けた。


 そのまま温度を調整してゼヴィを大きな鉄桶へ押し込み、ホースを構える。


「こらっ! バカ! 動くな!!」


 お湯をかけられた途端、ゼヴィが大きく身体を震わせ、跳ねたお湯が私にもかかった。


「だから動くなって!」


 文句を言いながら、とりあえず頭をしっかり濡らす。


 その後、工具箱の奥から引っ張り出してきた自作のシラミ駆除剤を頭へぶっかけた。


「目ぇ開けるな! 閉じろ! 入るだろ!」

「うぅぅ……」


 ゼヴィが嫌そうに唸るが知るか。私だって好きでこんなことしてるんじゃない!


 髪を掻き分ける度に顔がしかめ面になる。


 卵だけじゃなく成虫もウジャウジャ出てきた。今まで何で気づかなかったのか驚くレベルだ。


 そうして十分ほど格闘した末、ようやく駆除剤を流す。


 桶の中には死んだシラミや卵が浮いていて、思わず目を逸らした。


 私はゼヴィを一度外へ出して汚れた湯を捨て、新しく湯を張り直してから、再び鉄桶へ押し込んだ。


 今度はシャンプーだ。頭に泡立てた液を乗せ、わしわしと洗っていると、ゼヴィの頭がぐらぐら揺れた。


「う ご く な !」


 額を押さえつけながら洗い続けていると、不自然にゼヴィの口が動いていることに気づいた。


「……お前、何食ってる」


 嫌な予感がして声をかけるが、ゼヴィは何も答えない。代わりに口の端から泡が少しだけ見えた。


「まさか!?」


 ゼヴィがゴクンと喉を鳴らしたタイミングで顎を掴む。


「食うな! シャンプーだぞ!?」

「……旨くない」

「当たり前だ!」


 私は頭を抱えたくなる衝動を堪えながら、再びゼヴィの頭を洗った。


「目を開けるな」

「う」

「じっとしてろ」

「う」


 返事だけはいい。けれど、数秒後にはまたブルブルと体を震わせた。


「だから動くなって!」


 今度は肩を掴んで押し戻す。するとゼヴィが不満そうに唸りながら、こちらへ顔を近付けてきた。


「近い!」

「ヴィクぅ……」

「ダメだって! 離れろ!」


 押し返そうとしても力が強い。このままじゃ、私の目にシャンプーが入る。


「ちょっ、バカッ! ゼヴィ! ダメだって、入ったらどうすんだ! っ、いった!!」

「ヴィクちゃんん!! おまっ、なにして──」

「!?」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには肩で息をしたレクスが立っていた。


 私が目に入ったシャンプーを洗い流している間も、レクスは何かを言いかけたまま固まり、数秒後になってようやく口を開いた。


「……マジで何してんの?」

「シラミ駆除」



   ◇ ◇ ◇



「だぁかぁらぁ、ソイツも一応は男なの。そんでお前も年頃の女の子。その辺ちゃんと分かってる?」


 シャワー室での出来事が終わり、食卓で合成パンを食べているとレクスの説教が始まった。


「なのに二人でシャワーなんて不健全です。レクスさんは許しません」

「もっと不健全な事してる奴に言われたかねぇよ」

「今その話はしてませんんん!!」


 私の反論に食い気味に言い返したレクスは深いため息をついた。


「お前は自分がどんだけ無防備か分かってねぇ。ロザリオ区画だから平気だっただけで、相手が違えば笑い話じゃ済まねぇんだぞ。もっと危機感持て」

「……そんくらいちゃんと分かってるよ」


 だから私はロザリオ区画でも男と間違えられるように振る舞っていたし、舐められないように必死だった。


「でも、ゼヴィだぞ? コイツの整備は誰がやってると思ってるんだ。今更だろ。……こら、私の指まで食うな」

「そぉいうとこおおおお!!」


 私がゼヴィの口に合成パンを突っ込んでると、レクスが大袈裟に指差しながら声を上げた。


「そんな簡単に舐めさせちゃいけません!!」

「そんな舌ぐらいで……一々気にしてたら味覚調整もできないだろ」

「そうじゃない! そうじゃない!」


 私が全く納得していない顔をしていたせいか、レクスは頭を抱えながら唸った。


「どう言や伝わるんだよ!!」

「どうもこうもないだろ。そもそも、この程度で躊躇してたら睾丸ギアの動作不良も直せねぇだろ」

「……は?」


 私がため息混じりに最後の一口を口へ放り込むと、レクスに肩を掴まれた。


「ちょっ、おまっ……え? こう……え?」

「なんだよ?」

「おおおおおおおおおおおまっ……え? そういった客も相手してたのか!?」

「そりゃクレジット払い良いし……そもそも神経系インターフェースを直せるのはアンダーズ(ここ)じゃ私ぐらいだろ」

「いけませんんんんん!!」


 レクスは何故かさらに必死になりながら身を乗り出した。


「……一人じゃなかったのかよ」

「は?」

「こっちの話だ! つぅかおま……動作不良って……ナニして直したんだよ!?」

「そりゃ普通に」

「普通に!?」

(ここ)弄ったんだよ」

「…………へ?」


 私が自身の頭を指で軽く叩きながら言うと、レクスは間抜けな顔して固まった。


「だいたいの原因は違法ドラッグや快楽物質の摂取しすぎだからな。脳が快楽信号に慣れすぎて、神経系のフィードバックが狂うんだよ」


 神経系インターフェースは便利だが、その分だけ脳への影響も大きい。


「だから脳とギアを繋いでる神経ポート側の伝達制御を調整して、興奮系の信号を正常値に戻すんだ。後は依存性の高い快楽物質に対する反応を少し鈍らせる。そうすると大体は元に戻る」

「……」

「終わった後もしばらくは妙に静かだしな。無駄に絡んでこなくなるし、話も通じるようになる」

「……」

「その時に請求書見せると大体通る。迷惑料込みで請求しても素直に払うし、後から文句言われたこともないからむしろ助かる」

「……」

「……レクス?」


 何か問題でも? と顔を上げると、レクスは顔を覆ったまま天井を見上げていた。


「おまっ、それは……いや、いい。そのまま健やかに成長してくれ。そのままのお前でいてくれ」

「は? バカにしてんのか?」

「とにかくだ。二度とそういう客は相手にすんな。いいな?」

「何でだよ」

「何ででもだ」


 妙に念押ししてくるレクスに不信感を抱いていると、数秒考えてとある考えに辿り着いた。


「! そういうことか……」

「え、お前……分かって──」

「レクス」


 そうか。そういう事だったのか。


 今度は私の方からレクスに近づき、ポンと腕を叩いた。


「……おい、待て。何だその顔」

「最近、大人しかったもんな」

「何の話だ」

「言いづらかったんだな」

「だから何で哀れみの目で見てくんだ。お前変な勘違いしてねぇか?」

「大丈夫だ。みなまで言うな」


 私は首を振ってレクスの言葉を止める。


 何でレクスがここまで必死だったのか、ようやく腑に落ちた。


「……起動不全も、直せるから」

「ちげええええええ!!」

「いい。いい。分かってるから」


 最近いかがわしい店に行ってなかったのも、正常に動かなくなったと考えれば辻褄が合う。


「危険なプレイでもしたのか? 安心しろ。そういうのも直せる」


 他の奴らは直したのに、自分だけ相談できずにヤキモキしてたって事か。


 まぁ、男ってのはそういうの気にするらしいし、そういうもん何だろう。


「ふざけんな! レクスさんのレクスさんは超元気だわ! 全然現役だわ!!」

「見栄張らなくていい。ほんと、大丈夫だから。怖くない。怖くない」

「何なんコイツ。全然話通じねぇんだけど」


 睾丸の機能が異常な奴らと同じように沸点も低くなってる。おそらく当たりだ。


「うん。うん。分かってる。全部分かってるから、一旦脳神経見ような。ゼヴィ」

「分かってねええええ! おい、おまっ。ふざけ──」


 レクスが何か言い終わる前に、ゼヴィがレクスを拘束した。


「よし、そのまま作業部屋に連れてけ」

「やめろおおおおおお!!」


 レクスは本当に嫌だったのか、作業部屋に入る前にゼヴィの拘束を振り切り、依頼に行くと便利屋を出て行った。


 ……別に恥ずかしいことじゃないのに。


 そう思ったが、レクスが嫌なら無理矢理は良くないなと、日課の作業をすることにした。




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