コード065 縺れる感情
コアを破壊してから十日が経った。正直、あの日の記憶は曖昧だ。
コアを壊したところまでは覚えている。けれど、その後の記憶はない。気がついたら自分のベッドの上だった。
レクスの話では、気を失った私を担いでローガンさんと合流し、そのまま区画から脱出したらしい。その間ジャグナスは区画で暴れ、市警やジャッカルの注意を引き付けてくれたそうだ。
私が目を覚ました時には全てが終わっていた。コアも、施設も、あの戦いも。残っていたのは代償である酷い頭痛だけ。
体は鉛のように重く、指先を動かすことすら億劫だった。頭が割れるような痛みに耐えながら、三日はまともに起き上がれなかったほどだ。
それでも、動けるようになるとすぐにゼヴィを修理し、回収したデータの解析も依頼した。
レクスには色々と言われたが、休んでなんていられなかった。ようやく掴んだ手掛かりだ。一刻も早く中身が知りたくて仕方がなかった。
そして今日。ついに依頼していたデータの解析が終わったと連絡が入った。
逸る気持ちを抑えきれず、気怠げなレクスを急かしてコブラ区画へ向かった。
「なんっでアンタ等がいるんだ!」
情報屋に入った途端に怒鳴ってきたのはカムイだ。
「いででで……ちょっ、あんま大声出さないで……頭に響く」
「レクス……お前、どんだけ飲んだんだよ。いい加減学習しろよな」
「いや、今回のはマジで付き合いで──」
「聞けぇ!!」
フラフラするレクスに水を渡していると、カムイが大きな足音を立てながら近づいてきた。
「な に し に き た !」
「何って、依頼してたデータを取りに来たんだよ」
「はぁ? 受けた覚えは──」
「ヴィクちゅわあん! 待ってたのじゃぁあ!」
「テメェかクソ親父いいいいいい!!」
「のじゃあああああ!!」
いつも通り、カムイがヤクモを締め上げ始める。
その光景を横目に、二日酔いのレクスをソファへ座らせた。更にゼヴィにジャーキーを与えて大人しくさせていると、隣に座ったレクスが頭を押さえながら小声で話しかけてきた。
「ヴィク、お前……いつの間にあの爺さんを懐柔したんだよ」
「?」
「いや、だって……やけにお前に好意的じゃね?」
「あぁ」
私はヤクモの方へ顔を向け、両手を頬の横で合わせる。
「ぱぁぱ。ありがとう。大好き」
「のじゃあああ!!」
「こうやった」
そう言った後に真顔で振り向くと、レクスは何とも言えない顔で私を見ていた。
「お前……」
「……何だよ」
レクスは数秒黙ったあと、視線を逸らした。そのまま水を一口飲み、何も言わずに目を閉じる。
おい、せめて何か言えや。私だって恥ずかしいんだよ。
「うおっほん! 気を取り直してじゃ!」
カムイの制裁から抜け出したヤクモは、わざとらしい咳をしながら電子画面とインターフェースを空中に展開させた。
「ヴィクちゃんの読み通り、あのコアは人間を取り込むよう作られてたみたいじゃな。ほれ」
ヤクモはまるで世間話でもするような気軽さで言うと、展開した画面をこちらへ滑らせた。
「これが暴走しとったら、ワシら今頃のんびり茶も飲めんかったのぉ」
「……どういうことだ?」
「ジャッカルだけでは済まんかったということじゃ」
ヤクモはモニターの一角を指差す。
「真上のミドルズも範囲に入っとる」
「なっ……」
「一部だけじゃがのう。じゃが、その一部だけでも被害は洒落にならんぞ」
私は画面に表示された予測範囲を見て言葉を失った。
ミドルズまでだって!? じゃあ、あのコアが暴走していたら、ジャッカルのギアをつけたままのラグはどうなっていた?
想像しただけで寒気がした。
……ミドルズならラグ達は安全だと思っていた。アンダーズのような危険な場所でもなく、トップスのような陰謀が渦巻く場所でもない。そんな中間層なら安全に暮らせると……考えが甘かった。
上に被害が出れば、流石の市警も動く。最悪、アンダーズ全域に調査が入るかもしれない。
ミドルズへの被害を口実に、不穏因子の排除が始まればどうなるか。被害を受けるのは、結局アンダーズの人間だ。それに、事が大きくなりすぎたらトップスだってただでは済まない。
そんなことさえ気にせず計画を進めていたのか。それとも気にする必要がなかったのか……だとしたら、敵は一体どこまで根を張っているんだ。
「ま、ここら辺は補足じゃ。一番欲しい情報はこれじゃろ」
ヤクモは軽い調子のまま、電子インターフェースを操作する。
「あのコアは『Axi_G.002』──つまり、オリジナルのアクシオンギア002から派生して作られたレプリカじゃ」
「002?」
「親父!」
「何じゃ?」
ヤクモがさらに説明を続けようとしたところで、カムイが遮るように声を上げた。
「それ以上はダメだ。俺らの命に関わる」
「おお! カムイも知っておったのか」
「当たり前だ! そのギアに関わって、死んだ情報屋が何人いると思ってんだ」
カムイは奥歯を噛み締めながら言う。
「……だから俺はこの件から手を引いたってのに……なんで蒸し返すんだよ」
「……そうか」
……カムイの言い分は分かる。誰だって自分の命は惜しい。
でも、私もここまで来て手ぶらでは帰れない。せめて情報だけでも欲しかった。
「でも残念じゃ! テンコもバリバリ調査しとるからのう!」
「はあ!? なんで姉貴が!?」
「知らん」
「知らんじゃねぇ! あああああ! なんで俺の周りはこんなんばっか!!」
カムイは頭を掻きむしりながら、その場で何度も足を踏み鳴らした。
「いいか!? 俺は絶対に関わらないからな! 親父達がどうなろうと知らねぇから! 勝手にくたばれ!!」
そう叫びながら部屋を出ていくカムイに、ヤクモはやれやれと肩を竦めた。
「……相変わらず騒がしいのう」
「で」
私はカムイの怒鳴り声が聞こえなくなったところで、空中の文字列を指差した。
「さっきの002って何だよ」
「ああ、そこか」
ヤクモが指を動かすと、『Axi_G.002』の文字列が大きく表示される。
「オリジナルの識別番号じゃ」
「識別番号?」
「オリジナルは三つあるじゃろ。そのうちの一つが002じゃ」
さらに操作を加えると、『Axi_G.002』を起点に枝分かれした系統図が広がった。
「ブラッドギアは、レプリカから派生したギアじゃ。そして今、アンダーズで出回っとるブラッドギアは全部こいつの系統のようじゃな」
「……全部?」
思わず眉を顰める。
「……オリジナルが3つあるなら、001や003派生のブラッドギアもあるんじゃないのか?」
「ない、とは言いきれんが……わしが調べた中ではなかったのう。少なくとも、ジャッカルの中にはないわい」
「……」
……前にディスポで拾った擬装ウォレットチップ。そしてラグが持っていた擬装ウォレットチップ。あのチップのデータには、『Axi_G.001』と記載されていた。
白衣の男の施設から奪ったデータによれば、あのチップはゼヴィのオリジナル索敵機能をコピーして作られたものらしい。ならば、オリジナルに番号が振られているなら、あの索敵機能が反応するのは001ということになる。
ゼヴィの反応から考えれば、恐らく001は私だ。オリジナルがなければレプリカが作れないのなら、001派生のブラッドギアが確認されていないのも不思議ではない。
だが、今回のコアは002の派生だと仮定すると、ゼヴィがあのコアに「旨そう」と反応した理由が分からない。オリジナル由来であれば識別番号に関係なく反応できるということか?
それに、アックスやザイラスにも旨そうと反応していた。私派生のレプリカが作れないのだとしたら、識別番号そのものは関係ないと見ていいだろう。
アックスとザイラスがレプリカ、もしくはブラッドギアを使用していたのは確定だ。あの二人はトップスと繋がりがある。じゃあ、トップスにオリジナルがあるのか?
都市インフラを使ってレプリカを作成していたのを見るに、トップスの五大企業が関わっているのはほぼ確だ。でも、それはどこ?
アックスが元レギオンならイクリプス? でも都市インフラならシンセスの可能性も……いや、生体ギアならオーロラの方が……でも、両親が勤めていたノヴァティックが一番怪しい。
もしかして、全ての企業が手を組んで? ……いや待て、五大企業は常に利権争いが絶えない。仲良く事を起こしているとは考えにくい。少なくとも、誰かがオリジナルを管理しているはずだ。
そもそも、本当に五大企業が関わっているなら、ジャッカル経由でブラッドギアをばら撒くのはリスクが高すぎる。
「クソッ……」
……情報は増えている筈なのに繋がらない。むしろ深まるばかりだった。
「何はともあれ、レプリカがある以上、元になるオリジナルはどこかに存在しとる」
そう言ってヤクモは別のログを表示した。そこに映っていたのは、何度も見たあのマークだった。
「順当に考えて、怪しいのはこのコウモリじゃな」
「やっぱり、コウモリが鍵か」
「断定は出来ん。じゃが、このマークの連中がレプリカに関わっとる可能性は高いのう」
……レプリカはオリジナルがなければ作れない。そして、ブラッドギアがレプリカから派生して作られているのなら。
「……ブラッドギアを追えば、コウモリにたどり着ける」
私は拳をぎゅっと握りしめ、立ち上がった。
「……解析、ありがとう。助かった」
「可愛い女の子からの頼みじゃ! こんなのお安いご用じゃ~!」
ヤクモは嬉しそうにその場でくるくると回る。私は思わず笑いながら、解析されたデータを受け取った。
「もっと詳しい事はお家に帰ってゆっくり見るといいぞ!」
「あぁ。じっくり見させて貰うよ。これ、報酬」
「なぁに、半分趣味みたいなモンじゃから気にせんでいいのに……あ、わしのことをぱぁぱと呼ん──」
「がうっ!」
「のじゃあ!?」
「ゼヴィ」
ヤクモに飛びかかろうとしたゼヴィを止めると、不満そうな顔でこちらを見上げてきた。
「ダメだ」
「…………うぅ」
私の言葉にゼヴィは渋々と頷く。その様子を確認してからヤクモへ報酬を渡し、改めて礼を言った。
そして、私は受け取ったチップを一瞥してからツールバッグへしまう。そのまま、まだ二日酔いにうなされているレクスを連れて店を後にした。
◇ ◇ ◇
便利屋に戻り、私はニックさんから一時的に借りている二輪車から降りる。
今、ライドくんは手元にない。仕方がないとはいえ、ジャッカル区画に置き去りになったままだ。
レクスから聞いた状況を考えれば、壊れていても不思議ではない。そう思うと少し気が重かった。また一から作り直しかと思いながらガレージを開け、ゼヴィが入るのを確認してから扉を閉める。
レクスの姿はない。コブラ区画に用があると言って、途中で別れたからだ。
何でもローガンさんに呼ばれたとか何とか……あの様子なら、流石に嘘ではないだろう。
シャワーと食事を済ませ、作業部屋でゼヴィを軽く点検していると、気付けば日付が変わりそうな時間になっていた。
流石に寝ようと立ち上がった時、不意に作業用ベッドで丸くなっているゼヴィが目に入る。
今までも見慣れた光景のはずだった。ゼヴィはいつもそこで寝ている。なのに──
「……ゼヴィ」
「?」
それなのに、今日は妙に気になった。
「……来い」
ゼヴィは首を傾げながら着いて来る。私はそのまま作業部屋を出て階段を上がり、自室の扉を開けた。すると、ゼヴィは何故か部屋の前でオロオロして入ってこない。
私が名前を呼んで促すと、ゼヴィは恐る恐る中へ入ってきた。物珍しそうに部屋を見回すゼヴィに、私はソファを指差して座れと指示する。
ゼヴィは素直に腰を下ろした。しかし、まだ状況が理解できていないのか、きょとんとした顔で私を見ている。
「……寝ろ」
「?」
「寝ろ!」
「!」
ゼヴィは慌てて横になる。それでも疑問符を浮かべながら私をじっと見つめてきた。
「〜〜っもう!」
私は予備のタオルケットを引っ掴むと、そのままゼヴィの上へ乱暴にかけた。
「だから、寝ろ!」
くそ、何だって私はこんなことをしてるんだ。
私は自分の髪をくしゃりと掻き乱した。そしてソファの近くの椅子へ腰を下ろし、ゼヴィの顔に片手を乗せる。
「……作業用は硬いだろ……だから、ここで寝ろ」
暫くそうしていると、ゼヴィの力が抜けていくのが分かった。手を離した頃には、ゼヴィの瞼は今にも閉じそうになっていた。
「……おやすみ」
そう呟いてから、私もベッドに潜り込む。
……別に、深い意味なんてない。せっかく私が修理しているんだ。あんな硬いベッドで寝られて、調子を崩されたら困る。
──ただ、それだけの話。
私は言いようのない違和感を振り払うように、無理やり目を閉じた。




