コード063 悲鳴の奥
私は、未だ目の前の光景が信じられなかった。
崩れ落ちるザイラス。私を庇うかのように、ギリギリで立っているゼヴィ。
ゼヴィはザイラスを見つめたまま、その場に膝をつく。そして、力尽きたように倒れた。
「ゼヴィ!」
気づいた時には駆け寄っていた。
とにかくゼヴィの損傷を把握しなければと腹の傷に視線を落とすと、「……ヴィク」と弱々しい声が聞こえた。
うるさい、何だと思いながら顔を上げる。すると、ゼヴィは笑っていた。
いつもの狂気的な笑顔じゃない。
穏やかな、温かい笑みだった。
「壊れて、ない……」
「……っ!」
なんだよ、それ……。
「よかっ……」
「ふざけんな!!」
それ以上聞きたくなくて、私は叫ぶ。
「ふざけんな……ふざけんなよ!!」
壊れてない? よかった?
コイツは何を言っている!!
「お前が! そんな顔すんなよ!!」
お前はただの道具だろ! 壊すのが楽しいだけの……それだけの、ただの便利な道具だったろ!!
「そんなこと……言うなよ……」
──『ヴィクの整備は、なんか、あったかくて楽しい。ノイズも消えるし、すっげぇ楽しくなる』──
「……違う」
なんで、あの時の言葉が脳裏をよぎるんだ。
──『なんだろうな、これ。この、あったけぇの。あったかくなると、ヴィクを壊したくなる。もっと音が聞きてぇって。でも、壊してぇのに、変な感じに──』──
「違う」
コイツはリゼ婆を殺した。憎い。許せない。それは変わらない。変わらないのに……。
──『壊すのは楽しい。壊れるのも楽しい。だから壊し合いは楽しい。ザイラスはうまそうな匂いがした。壊し合いも楽しかった。でも、楽しくなくなった……なんでだ?』──
「そんなこと、あるわけない……」
どうして……なんで……。
──『ヴィクに近づくな』──
「そんな感情……あっちゃいけない」
何で今更になって……そんなこと言うんだよ。
──『ヴィクに……触るなぁッ!!』──
そんな感情が、あるのなら……っ!!
「なんでリゼ婆を殺したんだよ!!」
私は肩で息をしながら、ゼヴィを睨みつける。
ただの凶器なら割りきれた。
命令に従うだけの道具なら、我慢する事ができた。
でも、コイツにも人間みたいな感情があって、自分の意思で選択できるのなら……。
「どうして、リゼ婆の時は……そうしなかったんだよ……」
思い出すのは、首だけになったリゼ婆と辺りに飛び散った肉片。その中心で、ゼヴィは笑っていた。
「クソッ!!」
思い切り床を殴る。でも、拳が痛いだけで心はちっとも晴れない。
「あああああああああああああ!!」
……落ち着け。落ち着くんだ、私。
コイツは、オリジナルを探すために必要な存在。私の戦闘力を補う為の道具。何があろうと、それだけは紛れもない事実だ。
「…………」
私は無言のまま立ち上がる。
ナノマシン供給源から黒い液体を汲み、ゼヴィの元へ戻ると、そのまま叩きつけるように浴びせた。
黒い液体が損傷部へ絡み付き、生体ギアが少しずつ修復を始める。
それを確認すると、私はゼヴィの前へ腰を下ろし、ツールバッグから工具を引き抜いた。
……今は何も考えるな。コイツを修理することだけ考えろ。
使えそうな部品を選り分けながら、残ったフレームと配線を確認していく。
カチャカチャと、いつもなら落ち着くはずの工具の音が、やけに耳につく。
それでも私は、黙々と工具を動かし続けた。
やがて、手持ちの部品が底をついた。でも、ゼヴィの修理は終わっていない。
代わりになるものはないかと顔を上げると、視界に入ったのは、ザイラスの死体。
……あぁ、使える。
私はサッと目利きをし、流用できそうな部品を見繕う。
今は動けばいい。異常があれば、後で取り替えればいいのだから。
「……死なせてなんかやらない」
楽に逝けると思うな。
「お前は私と一緒に地獄に落ちるんだ」
もっともっと苦しみながら、役に立って貰わないと困る。
「こんなところで死んだりしたら……」
だから、この流れる生温かいのは……。
「絶対に、許さない!!」
全部、怒りの涙だ!
「くそっ……うぐっ……くそぉ……」
あぁもう! 止まれ、止まれよ! こんなんじゃ、手元が見にくいだろ!
「くそ……」
……こんな筈じゃ、なかったのに。
「ちく、しょう……」
私は歯を食いしばりながら、必死に手を動かした。
◇ ◇ ◇
「ヴィク!」
「……レクス」
ゼヴィの修理がひと段落した時、不意にレクスの声が飛んできた。
「お前……いや、何かあったか?」
「別に……」
私はレクスの問いを軽く受け流しながら、立ち上がる。
「とりあえず、もうそろそろデータは抜ける」
私がコアの方を指差すと、レクスは一瞬眉を顰めた後に「そうか」と呟いた。
「なら、終わり次第ぶっ壊さねぇとな」
「あ、レクスは近づくな」
コアへ向かおうとしたレクスを制すると、怪訝そうな視線が返ってくる。
「何かあるのか?」
「あのコア、強力な電磁ノイズを纏ってるんだよ。お前のギアだと5秒も保たない」
「マジかよ……」
レクスは露骨に嫌そうな顔をした。
「じゃあどうやって壊す?」
「ナノマシン供給源は絶ってる。放置しても、いずれ機能停止はすると思うけど……」
私はザイラスの攻撃で無惨に破壊された設備へ視線を向ける。レクスもそれを追うように目を細めた後、肩をすくめた。
「それじゃ遅すぎる」
「急ぎか?」
「あぁ。このまま放置すると、ブラッドギアが暴走するとか何とか」
「……暴走?」
私はコアの前まで足早に向かうと、すぐに制御パネルへ手を伸ばした。
「まさか……」
「どうした?」
少し離れた距離で様子を伺っているレクスに視線を送ってから、表示されたログを高速で切り替えた。
「……嘘だろ」
接続先一覧。同期率。外部供給停止。自己修復系統、異常稼働。その全てが、嫌な形で繋がっていく。
「そういう事かよ!!」
あまりの最悪な結末に、制御パネルを思い切り叩いた。
「落ち着け。何が分かった?」
「これ、ただのコアじゃない。犬小屋の端末も、ここの神経束も、ブラッドギアすらも……全部、こいつの一部だ」
「……つまり?」
「コアが管理してるんじゃない。こいつ自身が、全部を自分の身体として扱ってる」
私は表示された同期ログを睨みつける。
「犬小屋は目。神経束は神経。ブラッドギア使用者は手足……」
そして、その先にあるものを理解してしまった。
「コイツ、最初から人間を取り込む前提で作られてる」
「……何?」
「ブラッドギアは武器じゃない。人間を端末にするためのギアだ」
口にした瞬間、吐き気が込み上げた。
「同期できた奴は取り込まれる。失敗した奴はオーバースペック体になる。たぶん、そういう仕組みだ」
赤く点滅する同期ログが視界を埋める。接続先は不明。だが、外部端末の応答数だけが異常だった。
「じゃあ放置したら」
「接続範囲内のブラッドギアが一斉に暴走する」
私は震えそうになる指先を、無理やり制御パネルへ押しつけた。
「コイツは死にかけてるんじゃない」
増え続ける接続先を見ながら、私は奥歯を噛み締める。
「完成しようとしてるんだ」
「……は?」
「足りない部分を、外から補ってる。神経も、ギアも、人間も……全部」
まるで、自分の身体を作るみたいに。
「この都市のインフラを使って、育とうとしてる……!」
この施設は工場なんかじゃない。
ナニカを、孵すための場所だ。
「……クソ」
まるで、都市を苗床にした未完成新人類の胎児のようだ。
コレがレプリカってんなら、オリジナルはどんな悍ましいブツなんだよ。
この現物が頭ん中に埋まってると思うだけで、無性に頭を掻きむしりたくなる。……だが、今は構っていられない。
コアのエネルギーを逆流させて焼き切るつもりだったが、頼みの綱だったスタンガン銃は完全に壊れている。
レクスのギアじゃあコアに触れた瞬間に壊れる。あの出力に耐えられそうなゼヴィも今は使えない。だったら……。
「目には目を。歯には歯をってか……」
「……ヴィク?」
レクスの心配そうな声が聞こえる。私は一度だけ目を閉じると、そのまま振り返った。
「ごめん、レクス。後はお願い」
「お前、何考えて……まさかっ!?」
……所詮レプリカだ。本物には勝てない。
私がアクシオンギアを発動させると、レクスが何かを察したように動いた。
「待て、ヴィク──!」
だが、その前に無理やりギアを接続し、強制命令を叩き込む。すると、レクスの身体が不自然な形で止まった。
「ヴィク!!」
レクスが必死に動こうとしてるのを横目に、レプリカを見据える。
……あぁ、これだ。頭の奥が煮え立つような感覚。
「ぐっ」
あんまり、時間はかけれないな。
私はハッキング用チップを引き抜くと、そのままレプリカへ意識を潜らせた。
暴れ回るノイズを押し退けながら、制御の中心を探る。
──見つけた。
「っ、ああ!」
なんだ、これ……頭の中に、流れ込んで……。
痛い。辛い。苦しい。助けて。やめて。寒い。
まだ死にたくない。帰りたい。お父さん。お母さん。怖いよ。
どうして私が。俺が。僕が。わたし、が。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして──
だれか……殺して。
「あああああああああ!!」
「ヴィク!!」
痛い。頭が割れるように痛い。
コアにされた人たちの感情が、私の中に流れ込んでくる。
でも、止められない。止めてはいけない。
頭の中へ流れ込む悲鳴を振り切るように、私は更に深層へ潜り込んでいく。
そしてついに──
「ヴィク!!」
崩れ落ちそうになった身体を、レクスが強く支えた。
何か必死に叫んでいる。けれど、もう言葉が上手く頭に入ってこない。
「ヴィク! しっかしろ! おい!」
「れ、くす……」
痺れる腕を無理やり動かし、私はコアを指差した。
「もう、すぐ……こわれ、る……から……」
低い地鳴りと共に、建物全体が軋み始める。
「はやく、にげ……」
「おい!!」
レクスの声が、どんどん遠ざかっていく。
──もう、何も聞こえない。
そのまま、私の意識は闇の中へ沈んだ。




