コード062 完了まで残り30分
「……30分」
私は施設全体を揺らすような衝撃を背中に感じながら、小さく呟いた。
解析完了までの予測時間。……長い。あまりにも長すぎる。
背後では金属音が絶え間なく響いている。ザイラスとゼヴィの戦闘はまだ決着がつきそうにない。
「クソ……」
私は悪態をつきながら、視界を埋め尽くす解析ログを睨みつける。
アックス以外の妨害や、アイツ等の戦闘の余波の影響を考えるとチンタラしてられない。
せめて十分。いや、五分でもいい。少しでも短縮できる技術が私にあれば……。
「……授業、ちゃんと聞いとくんだった」
背後では、化け物同士が本気で殴り合っている。
「ギャハハハハハハハハハッ!!」
ザイラスの下品な笑い声。その度に天井から粉塵が降り、冷却ラインが震えた。
「……ただ突っ立てるだけじゃダメだ」
解析はチップに任せるしかない。なら、その間に別の仕事をするだけだ。
私は勢いよく振り返る。ザイラスとゼヴィの戦闘で、周囲の設備は滅茶苦茶だった。
辺りは砕けた配管や変形した設備の残骸が散乱し、冷却液が床を流れている。
「お構いなしかよ」
そんな中、使える物はないかと周囲の設備へ視線を走らせながら、腰のツールバッグに手を伸ばした。
幸い、材料には困らなそうだ。
「……コアを壊す下準備ぐらいはしとくか」
私は腰のツールバッグから改造マルチメータを取り出した。
まずは相手を知らないと話にならない。
胸糞悪いコアに近づきながら、周囲の電位差を測定する。
「……は?」
数値を見た瞬間、思わず声が漏れた。
なんだ……この異常な数値は……。
通常の施設ではあり得ないレベルの電磁ノイズを纏っている。
しかも一定じゃない。脈打つように強弱を繰り返している。
「なんだこれ……」
私は眉を顰めながら表示を確認する。
EMP手榴弾なんて比較にならない。こんなモン、まともなギアは近くにいるだけで制御系から先に死ぬ。
なのに──私は視線をコアへ向けた。
巨大な肉塊は、今も規則正しく脈打っている。
……おかしい。発生源だから平気、なんて話じゃない。
生体由来だからか? いや、関係ない。このレベルの電磁ノイズなら、まともな制御系は自分自身から焼け落ちる。それでも、コアは脈打ち続けていた。
その異常を支えているものがあるとすれば……。
私は床を流れる黒い液体へ視線を落とす。
「だからか……」
冷却ライン。神経束。制御パネル。大量のケーブル。それら全てに、あの黒い液体が絡み付いている。
「……その為のナノマシンか」
あの大量に漏れ出ていた液体。アレはこのコアを維持する為に、常に修復を繰り返す為に使われていたんだ。
「エグいことしやがる……」
私はコアを睨みつける。
ドクンと、コアが脈打った。
その度に電磁ノイズが膨れ上がり、神経束が生き物のように蠢いた。
「でも、壊せる」
修復を止める。あるいは修復が追いつかない速度で壊せばいい。
私は改造マルチメータを腰へ戻しながら、再び周囲を見渡した。
「まずは供給源をぶっ壊す」
そう決めてから、神経束と配管の流れを追う。神経束はコアを中心に広がっている。だが、冷却ラインは違った。
「……あっちか」
私は太い配管の束へ視線を向ける。
コアへ流れ込む冷却ライン。その横を這う神経束。
更にその奥には、人ひとりが入れそうな大型設備が並んでいた。
コアが脈打つ度に、配管の中を黒い液体が流れていくのが見える。
「ビンゴ」
私はツールバックのベルトを掴み直しながら駆け出した。
その直後、凄まじい衝撃音が響き、視界の端を巨大な影が横切る。
影の正体はザイラスだった。
吹き飛ばされたのか、それとも自分から突っ込んだのか。配管へ激突した衝撃で金属が悲鳴を上げた。
「もっとだぁ!!」
本人は気にも留めず、楽しそうに拳を振るっている。
ゼヴィが回避し、その一撃が壁へ叩き込まれる。設備の外装が吹き飛び、内部構造が剥き出しになった。
「あ」
私は思わず足を止める。
砕けた装甲の奥には大量のポンプと精製装置が並び、黒い液体が絶え間なく送り込まれていた。
「……ついてる」
どうやら供給源を探す手間が省けたらしい。
私はゼヴィ達が離れたタイミングで壊れた設備へ駆け寄り、その場に膝をつく。
ポンプ。圧送ライン。精製ユニット。そして主電源。全部繋がっている。
「ナノマシンの供給設備か」
なら話は早い。
腰のツールバックからドライバーを引き抜き、主電源パネルへ突き立てる。
「修理屋なめんなよ」
周囲を警戒しながらも手は止めない。
必要な配線を抜き、繋ぎ、使えそうな部品を組み込んでいく。
「どぉしたどぉした! そんなモンじゃなかったろぉ!!」
ザイラスの声が施設中に響き渡る。
「もっとギラついて壊しにこいよぉ!!」
「がぁっ!!」
「ギャハッ!」
まるで新しい玩具を与えられた子供だ。
私は作業を続けながら視線だけを向けた。
「ギャハッ! ギャハハハハッ!!」
「がああああ!!」
……やっぱりおかしい。
ゼヴィが全く笑っていない。
いつもならもっと嬉しそうに暴れている。壊すことを心底楽しんでいるような顔をしていた。
なのに、今は違う。
ただ、必死に食らいついている。
電気を纏った拳をザイラスの顔面に叩き込み、吹き飛ばす。また、別の壁に大きな亀裂が走った。
そのままゼヴィは背中のスラスターを噴かし、一気に距離を詰めた。
「──あぁ。やっぱそぉだ」
だが、ザイラスがゼヴィの顔を片手で掴んで止めた。
「っ、ゼヴィ!」
気づけば名前を呼んでいた。
ゼヴィは暴れているが、振りほどけない。ザイラスの指が食い込む度に、ギアの外装が嫌な音を立てている。
「なぁ……いるんだろぉ?」
ゼヴィが殺られたら終わりだ。
加勢するべきか判断しながら、私は改造スタンガン銃を主電源パネルへ接続した。
「てめぇの中に──この俺様がよぉお!!」
「……え」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「なぁそぉだろ!? なぁ笑えよぉ!! 壊すのは楽しいだろぉ!!」
「が、う……」
ゼヴィの抵抗が目に見えて弱くなっていく。このままじゃまずい。
「今度こそてめぇの名前を教えろよぉ!! 壊す相手の名前は、ちゃんと覚えてスクラップにすんのが礼儀だろぉ!!」
「チッ!」
私は舌打ちしながら配線を引き千切る。
まだ足りない。冷却系も補強材も足りない。こんな状態で撃てば銃身の方が先に吹き飛ぶ。けど──。
「知るか!」
ゼヴィがやられたら終わりだ。
私は主電源から伸ばしたケーブルを無理やり固定すると、改造スタンガン銃を軽く補強した。
銃身を走る配線が悲鳴みたいな音を上げる。視界の端では警告表示が点滅していた。
「うるさい!」
私は問答無用で電極弾を装填した。その間にもザイラスは笑い続けている。
「教えろよぉ!!」
ゼヴィのギアが過負荷じみた音を鳴らしている。
「てめぇの名前をよぉ!!」
「おい、化け物ぉ!」
私は銃を構えた。
狙うのは頭じゃない。胸でもない。ゼヴィを掴んでいる右腕だ。
「こっちを向けぇ!!」
照準が僅かに揺れる。
出力は銃が耐えられるギリギリ。それでも主電源へ直結したせいで、メーターは危険域へ張り付いていた。
「……頼むからもってくれ!」
引き金を引く。
電極弾が一直線に飛び、青白い火花を散らしながらザイラスの腕へ突き刺さった。
「……ぁ?」
流れ込んだ電流に反応したのか、ザイラスの指が僅かに緩む。
──くそっ! 弱すぎた!
「がっ!」
けれど、その一瞬で十分だった。
ゼヴィが強引に身体を捻り、拘束を振り払うように後方へ飛び退く。
「ゼヴィ!」
脱出できた。
それだけで肺の奥に溜まっていた息が抜ける。
だが、ザイラスは追わなかった。焦げた腕を一瞥すると、そのままゆっくりと顔を上げる。
狂気に染まった瞳が、真っ直ぐこちらを向いた。
「てめぇか」
嫌な汗が背中を伝う。その視線を受け、妙な既視感が胸の奥を掠めた。
どこかで──いや、誰かに、こんな目を向けられたことがあった気がする。
「へぇ」
ザイラスの口元が吊り上がる。
けれど、それは先程までの愉快そうな笑みじゃなかった。道端のスクラップを見るような目だった。
「邪魔してんじゃねぇよ……裸身風情が」
言葉が終わるより早く床が砕ける。
「っ!」
ザイラスが一直線に突っ込んできた。
速いっ!?
私は反射的にスタンガン銃を放り捨て、その場から飛び退く。直後、さっきまで立っていた場所へ拳が叩き込まれた。
主電源パネルごと設備が吹き飛び、金属片が辺りへ飛び散る。
「ヴィク!!」
ゼヴィの声が聞こえる。けれど、振り返る余裕はない。ザイラスの視線は完全に私へ向いていた。
「ギャハッ!」
獲物を見つけたように笑いながら、再び踏み込んでくる。
「死ねぇ!!」
「っ!!」
今、レクスはいない。
私は腰に差していたEMP手榴弾を指で弾き、針を出す。そのままスイッチを押して構えた。
自分でやるしかない!!
刺し違える覚悟で振り上げた瞬間、ゼヴィがザイラスの腕を蹴り上げて攻撃の軌道を反らした。
「……ぜ、ゔぃ?」
な、んで……?
「ヴィクに近づくな」
まさか……私を庇ったのか?
ザイラスが動きを止めて、ゼヴィを睨む。
「あぁ?」
怪訝そうに眉をひそめた後、何かに気付いたように口元を歪めた。
「……あぁ」
その視線が私へ向き、背筋が冷えた。
「コレが、てめぇの壊されたくねぇモンか」
「っ……!」
……壊されたく、ない? コイツは何を言っている?
「なるほどなぁ」
私の混乱を他所に、ザイラスは楽しそうに笑っていた。
「コイツだったかぁ!」
ザイラスは、まるで私がゼヴィの大事なモノであるかの様に言う。
けど、それはあり得ない。あり得るはずがない。
だって、ゼヴィにはそんな感情はない。壊すのが楽しい。それだけだ。そんな……人間みたいな感情があるわけ……。
「じゃあよぉ」
ギアが唸り、全身の筋肉が膨張した。私でも分かるぐらいザイラスの殺気が膨れ上がる。
「壊せば、もっと面白くなるよなぁ!!」
「ヴィク!!」
ザイラスが飛ぶ。けれど、その前へゼヴィが立った。
「触るな」
──なんで。
ザイラスが目を見開くと同時に、ゼヴィの拳が腹部にめり込む。
なんでだよ……。
ザイラスの身体が吹き飛び、周囲の配管を砕きながら転がった。それでもゼヴィは止まらない。
瞬く間に追い付き、倒れたザイラスへ拳を振り下ろす。
お前は、そんなんじゃなかったろ……。
「触るな」
拳が叩き込まれる。
「ヴィクに」
白衣の男に、何度もパイプで殴り付けた私のように、何度も何度も拳を振るっていた。
「触るなぁッ!!」
そして、最後にゼヴィの重い一撃が決まった。
ザイラスの体に亀裂が入り、床に叩きつけられた。砕けた装甲が剥がれ落ち、全身を走る亀裂から火花と黒い液体が噴き出していた。
誰が見ても限界だった。絶命していてもおかしくはなかった。
ゼヴィも動かない。
肩で荒い息をしながら、倒れたザイラスを睨み続けている。
施設の奥では配管から冷却液が漏れ続けていた。
さっきまで響いていた衝撃音も止み、不気味な静寂だけが広がっている。
なのに──
「ギャハ……」
床に転がっていたザイラスの口元が僅かに吊り上がる。
嫌な予感がした。
「っ、ゼヴィ!」
叫んだ時には遅かった。砕けたはずの腕が跳ね上がる。まるで獲物へ食らいつく蛇みたいな速度だった。
その切っ先が向いたのは、ゼヴィじゃない──私だ。
「なっ!?」
反応できない。避けられない。
そう理解した瞬間、視界を黒い影が横切った。
生々しい音が響く。
肉が裂ける音。金属が砕ける音。その両方が混ざったような音だった。
「……ゼヴィ?」
目の前に立っていたのはゼヴィだった。
私を庇うように両腕を広げ、そのまま動かない。
ゆっくりと視線を下ろすと──
「っ……!」
息が詰まる。
ゼヴィの腹部に、大きな穴が空いていた。
装甲も内部フレームも貫通し、背中側まで吹き飛んでいる。
ザイラスの腕は既に崩れ始めているのに、それでも最後の一撃だけは届いていた。
「ギャハハ……」
床に倒れたまま、ザイラスが笑う。全身はもう崩壊寸前だった。腕も脚も形を保てず、亀裂は顔面にまで広がっている。
「惜しかったなぁ……」
歪んだ表情で、残念そうに呟く。
「あと、少しだったのによぉ」
血走った瞳がゼヴィを見上げた。
「壊れたてめぇを……見たかったのによぉ」
ゼヴィの肩が僅かに震える。その様子を見て、ザイラスは満足そうだった。
「ま、いいかぁ」
崩れ落ちる身体を気にもせず笑う。
「次は……本物の俺様と、やりあおうぜぇ」
そう言い残した直後、ザイラスの身体が限界を迎えた。
全身を走っていた亀裂が一気に広がり、装甲も肉も区別なく崩れ落ちる。
最後まで残っていた顔も砕け、その笑みだけを貼り付けたまま床へ散った。




